第38話 ゲーム
「ああ、ご心配なさらずとも大丈夫ですよ。お仲間は今のところ無事ですから。少しこれから始めるゲームのルール説明に御協力頂くだけです」
リナリアとネリネ気の状態はとても生きている人間のそれではない。それどころか、徐々に体が腐り始めている。
これで生きていると言われてもにわかには信じられない。
……まさかアンデッド化してるのか?
「ゲーム……だと?」
「そう、ゲームです。これからこのアカンサスでゲームを行います。今この街にはあなた方のような者と、お嬢様の様な者、そしてあなた方のお仲間の様な者が存在しています。そうですね。それぞれ、冒険者、グール、疑似グールとでも仮称しましょうか」
「違いがわからないね」
「簡単ですよ」
そう言ってアルカイドは指をならす。するとリナリアとネリネが拘束された動物の様に空中で暴れ始めた。
もう一度アルカイドが指をならすと、二人の体は床に叩きつけられる。
二人の口から苦悶の声がこぼれ落ちた。すると、リナリアの状態がみるみる元へ戻っていく。だが、ネリネの方は戻らない。
「この様に疑似グールは強い衝撃を受けることで、冒険者へと戻ります」
咳き込むリナリアをよそに、アルカイドは淡々と続けていく。
もう必要なくなったと言うように、ネリネはあっさりと消滅させられる。
「気を付けてください。疑似グールなら襲われることはありませんが、冒険者は襲われますよ」
下手に無力化すれば格好の餌食って訳か。かと言って手加減すればグールにやられる。
実にふざけたルールだ。
「さて、肝心のゲームのクリア条件ですが、夜明けまでに街の何処かにいるグールの本体を打ち倒すことです」
「倒せなかったらどうなるさね」
姉さんの問に、アルカイドは満足そうに嗤う。俺達が話に乗ってきたことを素直に喜んでいるらしい。
「一度でも疑似グールとなった者が本物のグールに成り果てる、ただそれだけのことです。お仲間を助けたければ是非クリアを目指してください」
「……お前を倒してもクリアなんだろう?」
「残念ですが、準備にそれなりに時間をかけてますから、私を殺した所で意味はありません」
それなりに時間をかけた? 一体いつからだ?
『――っ! ソルトさん、きっとさっきの魔法陣です!』
「……あれかっ」
「おやその様子では気づいていませんでしたか? そう、先程あなた方が打ち消した魔法陣ですよ。あれが発している臭気はけして無害ではないのですよ。一週間もすればこの街全域を覆うには十分でしょう。そして、魔法陣が消えた時が開幕の合図となります」
お嬢様のあの様子なら、操られたのは昨日今日じゃないはずだ。
「あの依頼の狙いはそれか……外道が」
「少し違いますね。お嬢様は純粋に問題の解決が目的だったはずです。そこに他意はありません。たまたま私の目的と合致していただけです。それに外道とは心外ですね。私は私の道を正しく歩んでいるのです。言わばこれは私にとっての正道ですよ」
倒れていたリナリアが、自身の剣を杖代わりにし立ち上がる。アルカイドを睨みつけ、剣を構えた。
「貴様ァァっ!」
「リナリア! 止めろ!」
俺はリナリアがアルカイドに斬りかかる前に、接近しダガーでその剣を押さえつける。
「何故止める! こんな者を野放しになどしていられるものか!」
「こんな奴に構ってる余裕が無いからだ、俺も、お前も」
アルカイドはそんな俺達を、つまらなさそうに見ている。
「少々物足りない反応ですね。あなた方にはお嬢様で楽しめなかった分、私を楽しませて貰いたいのですが」
「クラリスを殺ったクソガキはあんたのお仲間かい?」
「クソガキ……ああ、アリオトの事でしょうか。ええ、そうです。こちらにとって都合が良かったので、可能だったらと、彼に始末を頼んでいたのですよ。それにしても、やはり惜しまれますね。お嬢様には是非親友の妹を手にかけ更に深く絶望して欲しかったものです。せっかく一剣の彼女を殺して貰ったと言うのに、楽しみが半減してしまうとは」
アルカイドは「実に残念です」と言葉を括る。
あれもこいつの差金か。そしてこの街も。
思考がクリアになっていく。
心の中でチリついていた何かは失われ、実に穏やかなものだ。
ただただ、フードが外れた目の前の男の顔を、この瞳に焼き付ける。
忘れぬように、間違えないように。
「あのお嬢様も、一剣や二剣の連中だって大して仲が良かったわけでもない。この街にしたって大して思い入れがあるわけでもない。だが、そいつらの借りも纏めて俺が返してやる。どんな手を使ってもだ」
「まるで負け犬のセリフだね。まぁでもあたしも一口噛ませて貰うさね」
「楽しみにしていますよ。そうそう、一つ忘れていました。ルールを知っているのはあなた方だけです。さぁ、どうぞゲームを楽しんでください。次に会った時に感想を楽しみにしていますよ」
アルカイドは空中に浮かび上がり、この場から消え去った。




