第37話 博打
『ソルトさん、あの人の言ってる事って本当に出来るんですか?』
『あ? さてな、少なくとも俺は知らない』
だが、きっとそんな魔法はない。あの男はその上で愉しもうとしているのだろう。そんな奴が仕掛けるとしたら、きっとあのお嬢様が、取り返しのつかない所へ行った瞬間のはずだ。
『あの男の力はどんなもんだ?』
『聞きますか? きっと心が折れちゃいますよ?』
そんなにかよ。と言うかまたそんなやつかよ。勘弁してくれ。
『身体能力だけなら、辛うじてフェンネルさんが勝負になるかもしれません』
『姉さんでもか……』
あの人さっき馬と並んで走ってたぞ? それでやっと勝負になる程度かよ。しかも相手はどう見たって魔導師だ。
俺の周りにいる魔導師は大抵どこかがおかしい。
『仕掛けるならミントちゃんが危険にさらされる直前だ』
『なぜです?』
『姉さんが絶対に動くからだよ。合わせるならそこしかない』
下手に意思疎通を行おうとすれば直ぐにバレてしまうだろう。
さて、どうしたものか。足元は石畳。背後は階段、か。
『タイム、足の下はどうなってる?』
『え!? そんなこと判りませんよ』
『本当にか? 良いか、今から言うことをやるんだ。あいつにばれないようにな』
大博打だな。願うことなら破滅はしたくないもんだ。
◆◇
あのバカ、なんて真似するんだい。もしあれでミントが殺されてたら、今度はあたしがあいつを殺してたかも知れない。
ただ、全部が失敗だったわけでもない。眼の前のあの男できっとあちらさんは打ち止めだ。それを引っ張り出せたのは大きい。
ただ、あれはやばいね。さっきは感じなかったのに今はひしひしと感じる。あれは洞窟であったあのガキのお仲間かね?
もしそうなら尚の事下手に仕掛けられない。
まぁ、ソルトならそれでもどこかで仕掛けるんだろうがね。じゃあ、いつ……いや、ミントが何かされそうになる時か。あたしがその時仕掛けるって思ってんだろうね。まぁ……仕掛けるさね。
「人を生き返らせる儀式? そんな儀式は聞いたことねぇな。当然あんたはそれを知ってるわけだよな」
「ええ、当然でしょう? でなければどうやって実行するというのですか」
ソルトがあのお嬢様に話しかける。やや距離があるとは言え、いつもより声が大きい様な気がする。
最近あいつは、押し黙ることが増えてる気がする。きっとタイムと話してんだろうねぇ。
それで独断専行が増えるようなら、リナリアの事を怒れやしない。
今度注意しないといけないさね。
「お父上は、ソーワート卿はご存知なのですか? 如何にご息女と言えど、無断でこの様な真似は許されませんよ!」
リナリアがそこに割って入る。
「もちろんです。お父様も知っていますよ」
「馬鹿な!? ソーワート卿がこの様な真似を許したというのですか!」
ネリネの返答を聞いて、リナリアが衝撃を受けている。あたしはソーワート卿の人となりを知らないけど、その反応から常識的な人物なのだろう。
「知っているからと言って、同意したと言う訳じゃないさね。だろう? そのお父様は今どこにいるんだい?」
「どこか含みのある仰っしゃり様ですね。お父様なら自室におられるはずですよ」
「そのお父様はちゃんと息をしてのかい?」
「ええ、もちろんです。息はしていますよ」
それこそまさに含みのある物言いだ。果たしてソーワート卿はどんな状態なのやら。
娘にやられたんじゃ浮かばれないだろうね。
「まさか、夫人もですか」
「いいえ、お母様なら今は王都にいらっしゃいますわ。今回のことは存じておられません」
他人事ながら侯爵が不憫でならないさね。
「あたしとしては、宿にいた他の人間の居場所も教えて貰いたいもんだね。後、本来この屋敷にいたはずの人間もね」
「それは私がお答え致しましょう。その方達であれば侯爵様とご一緒におられますよ」
「どこかに閉じ込めてるってことかい」
「さぁ、どうでしょうか。さて、お話はこれくらいにされてはいかがでしょうか。あちらも何かを企んでおられるようですから」
アルカイドがそう言って、ソルトの方へ視線を向けた。だがソルトは身じろぎ一つしない。
「そうですね。ではアルカイド、頼みます」
名前を呼ばれアルカイドが、前へ進み出た。そんな様子を見て「結局あいつがやるのかよ」などと、ソルトが小さな声で悪態をついている。
アルカイドが杖を構えると、石畳の上に魔法陣が紡がれていく。
こんな状況でもあの二人は目を覚まさない。きっと、アルカイドのやつが、魔法か何かで眠らせているのだろう。
隣から剣を強く握りしめる音が聞こえる。
「やらせないよ! あんたはお嬢様の方へ行きな!」
リナリアが動くより先に、あたしは行動を開始する。
一直線にアルカイドの元へ向かう。
当然、アルカイドはあたしの方へと杖を向ける。しかし、次の瞬間アルカイドは杖を下げ、後方へと飛び退いた。
よくよく目を凝らせば、細い銅線がアルカイドの手元へ伸びている。
その間にあたしが放った切り上げを、アルカイドが杖で遮った。
それにより魔法陣が飛散していく。
杖でこちらを封じながらも、アルカイドが視線をミントとリユルゼへ向けた。
「《狂える狂風》」
後方からの力ある言葉とともに、渦巻く風が、大量の瓦礫を巻き上げ、二人の姿を覆っていく。
「一体何の真似ですか。この様な魔法、何の役にも立ちませんよ」
あたしの牽制を物ともせず、アルカイドがソルトの魔法を打ち消す。だがその場所に二人の姿はなく、巻き上げられた瓦礫だけが積み上がっている。
「そんな、まさか転移、いえ、そんな時間は……まさか瓦礫に埋めたのですか」
「馬鹿が、答えるわけ無いだろうが」
アルカイドがソルトを睨みつけながら、瓦礫を吹き飛ばす。しかし、二人の姿はやはりそこにはない。
あたしの方は完全にあしらわれている。
屈辱だね……。
◇◆
タイムの金属整形を使って地面に魔法陣が刻める程度の隙間を開けてやった。
穴を掘って瓦礫を派手に巻き上げれば、絶対そこに目を向けると思っていた。
自分を賢いと思ってる連中は、目の前の物だけを見れば自分ならば答えにたどり着ける、なんて考えているんだろう。そうやって、勝手に袋小路へはまれば良い。
俺は風で目眩ましした後、背後の階段下へ放り投げただけだ。当然、ダメージを負わないよう受け止めはしているが、姉さんには黙っておこう。
後ろを取られでもしない限り、あの位置からでは見えはしないはずだ。
その点、あいつを姉さんが釘付けにしている。きっと暫くは持つ。
問題はリナリアの方だ。あの素人のお嬢様相手に何やら手間取っている。
何してるんだあいつ。
「驚きました。まさかあなた方に出し抜かれるとは考えても見ませんでした。それで、この後はどうされるおつもりですか? まさか人質がいなくなったから勝てる、などとは思っていませんよね?」
たしかにあいつの言う通りだ。俺達の力はあいつには届かない。
もはや逃げの一手しか無いな。
「ふふふ、冗談です。もう時間も無いようですから、私はここで退くとしましょう」
姉さんが弾き飛ばされる。
「そいつはありがたいね」
「さて、ではゲームを始めましょうか」
アルカイドがそう言って杖を翳す。すると、リナリアとネリネの身体が浮かび上がり、アルカイドの目の前に移動した。
目の前に浮かぶ二人の体は、生気のない土気色をしていた。




