第35話 ソーワート家
姉さんが宿の惨状を見て、すぐさま飛び出していった。
「姉さん! くそ、聞こえてねぇ。リナリア、お前はここに残れ。ソーワート家とやりあう訳にはいかないだろ」
「馬鹿を言うな! この有り様を見て口をつぐむなど出来るものか!」
「……人が気を使ってやってんのに。なら勝手にしろ」
俺達は姉さんに少し遅れて宿を飛び出した。すでに姉さんの姿は見えない。
馬にも乗らずに、あの人どれだけ飛ばしてんだ。
『行くのは良いんですけど、どうやってなかに入るつもりなんです?』
「例え勘違いだとしても、依頼の達成報告といえば、無下にはされないだろ」
馬を走らせる最中、タイムの問いに答える。そのためにも急がなければならない。先についた姉さんに暴れられてはどうにもならない。
日が徐々に傾き始めている。屋敷につく頃には日が沈んでいるかもしれない。
「見えたっ!」
前方に姉さんの姿を見つける。
「止まっている? どう言うことだ?」
リナリアの言う通り、姉さんはどの足を止めている。俺達はそんな姉さんへと馬を寄せた。
「姉さん、どうした」
「あれを見な」
姉さんの言う方向へ視線をやると、衛兵が倒れていた。それも一人ではない。道を歩いていたであろう者が全員だ。近づいて確認してみると、どうやら死んでいるわけではないらしい。
「どう言うことだ?」
「さてな。ただ、俺たちにとっては都合が良い。この間に先を急ごう」
俺達は姉さんを馬にのせ、再び屋敷を目指す。
◇◆
今朝方、俺達を対応した衛兵も、屋敷の前で眠ったように倒れていた。周囲にも起きている人間の気配はなく、屋敷は静まり返っている。
「ここもか」
倒れている衛兵を確認しながら、リナリアが呟く。
「ここまで来る間も騒ぎになっていませんでしたし、もしかすると起きてる人いないんじゃないですか?」
「かもな、ただ中までそうとは限らない。注意していこう」
俺達が屋敷へと進もうとした時、
「ようこそ、おいでくださいました」
と、俺達の背後から声を掛ける物がいた。俺達が振り返ると、そこには目深にフードを被った人間が一人立っている。
声から察すれば、恐らくそのものは若い男だろう。だが、彼の纏う厚手の黒いフードのせいで、体格や人相の詳細までは伺えない。
「誰だ!」
「これは失礼。私はアルカイドと申します。どうぞお見知りおきを」
アルカイドと名乗ったその男は、そう言って恭しく礼をする。身に纏っている衣服と相まって、それはどこか歪さを感じさせた。
「ミントはどこだ!」
姉さんが男の前に出て、問答無用で剣を突きつける。だが、男に一切動揺している様子は見えない。
「私は主よりあなた方を案内する様申し付けられているだけです。全ては主よりお話があるでしょう。どうぞこちらへ」
そう言って、男は屋敷の方へと歩き出した。俺達もその後に従う。
男の進む方向から、向かう先は今朝案内された部屋ではないようだ。男は俺達を書斎のような場所へと案内する。男はそこで「少々お待ちを」と言って、壁に設置された仕掛けを動かした。
すると、石が引きずられる様な音が鳴り響き、壁が動き出す。その奥から下へと続く階段が現れた。
「さて、行きましょうか」
「どこまで行くつもりだい?」
「なに、もう少しです」
階段を降りた先は、つい先程目にしたような場所だ。遺跡が続く先は、先程の館の方へ続いている様に見える。
「ここは……」
「どこかで見たことある作りさね」
「それはそうでしょう。ここはその昔、侯爵家に作られた脱出路です。だからこそ出口の一つである館に家臣を住まわせていたのですが、其の者は既にあなた方がお聞きしている通り、という訳です」
「なるほど、屋敷に買い手がつかないわけだ」
そうなるよう手を回していたという訳だ。脱出路を失伝していようと、配下ならともかく、それ以外の者をおいそれと住まわせるわけにもいかなかったのだろう。
「つまり、あのお嬢様は原因になりそうな場所をある程度察していたって訳か? ならなんで教えなかったんだ?」
「いつまでもソーワート家で屋敷を抱えておいても仕方ありませんので、それならばいっそ、と発見した者を召し上げるつもりだったのですよ。ですが、結果はご存知の有様です」
「誰も眼鏡には叶わなかったと言うわけだな」
誰一人達成できないばかりか、腰が引けてしまった、と。
「さて、ご案内はここまでです。どうぞ先へとお進みください」
男が示す通路の突き当りには、石造りのドアがある。
俺達は警戒しながら、そのドアを開く。ドアの向こうには二十段ほどの階段があり、その上にはスペースが広がっている。
階段を登ると、そこではミントとリユゼルが倒れ伏している。そしてそれを見下ろすネリネの姿があった。




