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第34話 地下へ

『……なんかヌルヌルします……臭いです……気持ち悪いです』


 伝わってくる声の中が、涙声になり始めている。

 

『いやーーー背中に何かが!』

『途中で戻ってきても、また行かせるからな』

『人でなし!』

『わかったわかった。ちゃんとやりとげたら、今日はお前の好きなものを食べて良いぞ』

『ふふん、そんな物では釣られませんよ』


 生唾を飲み込んだ音が聞こえてくる。実にちょろくて何よりだ。


 その後、タイムからの返事は来なくなった。息づかいは届いているので、無事ではあるのだろう。


「何かわかったかい?」

「いや、まだだ」


 姉さんの問いかけに、俺は首を横に振る。


『ソルトさん、ソルトさん、何か広い遺跡みたいな場所に出ました』

『遺跡? 地下にか?』

『はい。石造りですし、人が造った場所じゃないでしょうか』


 人が造った場所? 地下に遺跡? どう言うことだ?


『俺たちが降りられそうな道はあるか?』

『んー、それっぽい道は見えますけど、範囲外ですね。多分屋敷の入り口の方に向かってると思います』

『わかった。助かったよ。帰ってきて――』

『このまま道を進みたいです』


 被せてきた。どうやら余程穴を通るのが嫌だったらしい。範囲内からだったら、直接腕輪に戻っていたはずだが、混乱して失念しているのだろうか。

 だが、都合がいいので黙っておく。


『本当に良いんだな? 俺達は入口の方へ移動すれば良いんのか?』

『はい、できるだけゆっくりお願いします』

『わかった』


 俺は、姉さんとリナリアにこの事を伝え、ゆっくり屋敷の入り口へと戻っていく。

 途中、コウモリに絡まれた叫び声が聞こえてきたが、結界を張ってやり過ごしたようだ。


 入口へと戻ってくると、タイムが声をかけてくる。


『ソルトさん、やっぱり階段がありますよ。見えますか?』

『見えないから行かせたんだからな?』

『……そうでした。でもこっちからも蓋がされてるみたいで見えないんですよね』

『ふむ、蓋のすぐ下で待っててくれ』

『はい』


 俺はタイムに聞き取りをしながら、その場を適当に歩く。射程を利用すれば、どの辺りにいるかは分かるはずだ。

 程なくして、タイムがいる凡その位置が判明する。


「この辺かな?」

『今ソルトさんの声が聞こえましたよ』

「なるほど、この下か」


 入口奥から少し左寄りの場所。よくよく見ると、長年何かを置いていたような形跡がある。ただ、地下へ降りる階段があるかと問われると、正直良くわからないのが本音だった。

 床を叩いてみれば、僅かに周囲と音が異なる。確かに、この下は空洞になっているようだ。だが、特に継ぎ目などは見当たらず、どう開いたものかがわからない。タイムがいなければこの場に何かあるとは思わなかっただろう。

 俺が床を確認していると、姉さんが蓋のある場所の上に立つ。 


「この下だね?」

「そうだが、姉さん何を、ちょっと待っ――」

『ぎゃーーー』


 姉さんが床を踏み砕く。それと同時にその下から、女の子が上げてはいけないような悲鳴が聞こえてくる。


「……無事か?」

「……なんとか」


 咄嗟に結界を張ったらしく、瓦礫の中から結界に包まれたタイムが姿を現した。その体は埃だけでなく、何やら色々と汚れている。背中の羽などは身体に張り付いていた。


 あの穴そんなに酷かったのか……嫌がるはずだ。


「酷い、酷いです」

「……悪かったよ。お詫びになにか奢ってやるさね」

「ひゃっほー今日は豪勢ですよ!」


 手放しで喜んだ後、咳き込んでいる。どうやら思い切り臭気を吸い込んだようだ。


「とりあえず、大きく息を吸ってじっとしてろ」

「鬼ですか!」

「じゃあ、吸わなくていいから息を止めろ、洗ってやるから」


 タイムが言われるまま、息を止めるのを確認した後、


「《水流陣(ロイネル・リーヴ)》」


 威力を弱めた水流が、タイムの身体を洗い流す。タイムは身体を震わせ、身体に残った水を飛ばしている。


「所でなんで腕輪に直接戻らなかったんだ?」

「……嫌ですよ、あんな汚れてたのに」

「なるほど、そう言うことか」


 忘れていたわけじゃなかったのか。


「私はもう戻りますからね!」

「ああ、ご苦労さん」


 タイムがそう言い残して、腕輪へと戻って行った。


「さて、準備は良いかい?」

「ああ、大丈夫だ」

「問題ない」

「それじゃあ行くよ」


 俺達は姉さんを先頭に、階段を降りていく。

 その先に広がっていた場所は、タイムが言っていた通り、石造りの遺跡のような場所だった。


「こんな場所があるとはね。随分広そうじゃないか」

「どうするのだ? このまま進むのか?」

「これは出直すべきかもな」


 地下はかなり入り組んでいるように見える。本格的に探索すれば数日かかるかも知れない。

 いや、怪しいところは見つけたのだ。いっそこのまま誰かに丸投げしても良いのではないだろうか。


 意図の読めないネリネの件もある。正直あまりこの場所に長居したくはない。


『そう言えばさっきこっちに向かう途中に、一際臭いのきつい場所があった気がします』

「まじか……」


 それを聞いてしまうと、確認しないわけにもいかない。


「どうかしたのかい?」

「こっちに来る途中、臭気の強い場所があったんだとさ」

「なら向かうべきだろう」

「そうだな」


 仕方なく、俺達はタイムの案内のもと、遺跡を進んでいく。すると、思いの外あっさりと目的の場所が見つかった。


「魔法……陣?」


 遺跡の床に大規模な魔法陣が刻まれていた。魔法陣は輝きを放ち、誰が見ても起動した状態だ。

 だと言うのに、付近には術者が存在していない。

 

 魔法陣からは強い臭気が立ち昇っている。

 俺は進み出て、魔法陣を調べていく。

 あまり、魔法の知識のない姉さんとリナリアは、魔法陣から少し離れた場所で俺の様子をうかがっていた。


「どうやらこれが原因のようだな」

「そのようだね。ソルト、解除できるかい?」

「無茶言わないでくれ。なんで起動しているのかわからない。魔法を使う時の手順を知ってるか?」

「確か魔力を用いて魔法陣を刻み込み、力ある言葉で発動させるんだったな」


 予想外にもリナリアから答えが返ってきた。エドガーの薫陶の賜物だろうか。


「そうだ、魔法を維持するには魔力を供給する必要がある。魔道具にしたってこれは変わらない。でもこの魔方陣にはそれがない。わからない以上、俺には解除できない。原因は突き止めたんだ、後は丸投げするだけだな」


 俺が、左手を魔法陣に付いた瞬間。魔法陣が跡形もなく消失した。


「消えたようだが?」

「どう言うことだい?」

「……さっぱりだ」


 なにかが起こったとすれば、爺の残した腕輪以外に考えられない。だが、俺自身には特に変化を感じられない。

 魔法陣が消失したことで、臭気が徐々に消え失せていく。


『タイム、何か変わったか?』

『んー、消える瞬間何かに触れらた様な……あっ、そう言えばお屋敷でも似たような感じを受けた気がします』

『……どう言うことだ?』

『さぁ……』


 声の調子から、腕輪の中でタイムが首を傾げているのが伝わってくる。


 どう言うことだ? あの屋敷にも同じ魔方陣があるのか? だとすればこれをやったのはネリネか? なら何故俺達にバレるような依頼を持ちかけた?


 考えれば考えるほど相手の意図が読めない。


「それでどうするんだ? このままネリネ様の元へ報告へ向かうのか?」

「そうさね……」


 姉さんが俺へ問いかけるように視線を向ける。


「タイムが似たような感じを屋敷で受けたと言ってる。宿へ戻ろう。相手の意図が読めない以上、ミントちゃんが心配だ」


 俺の言葉を聞いた瞬間、姉さんの顔色が変わる。直後、入口へと向かって走り始めた。

 俺とリナリアも慌ててその後を追いかける。


 宿へと戻ると、そこには人だかりができていた。人の波をかき分け宿へと入ると、既に荒らされており、人の姿が見当たらない。

 ただ、宿の壁には赤い文字で「屋敷へ来い」とだけ書かれていた。

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