第33話 廃屋
俺達は行き掛けにギルドと両替商へ立ち寄ったあと、廃屋へとやって来た。
『ここが例の廃屋ですか』
「お前はまず外へ出てこい。一人だけ腕輪のなかに逃げ込みやがって」
『お断りします』
話には聞いていたが、酷い臭いだった。おぼろげながら遠くに廃屋が見えてきたと思ったら、異臭も同時に届いてきた。
それは近づくほどに凶悪なものとなり、屋敷を目の前にした今となっては目が痛いほどだ。
口許に薄手の布を巻いては見たものの、さしたる効果を発揮できないでいる。
タイムは早々に腕輪のなかに逃げ込むと、以降出てこようとしない。
近隣住民も異臭が耐えられないようで、人通りはおろか、近所の住民も逃げ出したのか、人の気配は皆無といっても良い。
俺は改めて屋敷を見上げる。目の前にそびえ立つ屋敷は、流石に侯爵家のかつての陪臣の家とあって、かなりの大きさだった。手入れが滞ったためだろう、所々破損が見られたり、庭も荒れ果てている。ただ、荒れ果てた中に、人が踏みいった痕跡が見られる。これは恐らく先に立ち入った衛兵の物だろう。
この規模の屋敷が買い手もつかないまま、こうして朽ちていくのは資源の無駄としか言いようがない。買い手がつかなかったことには、なにか裏があるのではないだろうか。
うちより立派なのに廃屋とは。
俺は大きく息を吐き、二人の方へ体を向ける。
姉さんもリナリアも余りの酷さに顔をしかめている。
「ここで立っててもしょうがない。とっとと調べようか」
「そうだな。仕事を終わらせて早く立ち去りたい」
リナリアが泣き言を良い始めた。
「絶対バニカムへ帰ったらエドガーに苦情を入れてやる」
「ぐっ、ここへ来るまでに謝ったではないか」
ここへ来るまでに、館の件に関して散々文句を言った。だがなかなか腹の虫は収まらない。
まぁ良い、こいつの教育はエドガーの仕事だ。せいぜいあいつに苦労してもらおう。
「ほら、さっさと入るさね」
姉さんが、警戒しながら屋敷のドアを開ける。すると、中に籠っていた臭気が解放され辺りに広がっていく。それをまともに吸い込んだのか、リナリアが後ろでえずいていた。
「……おい、大丈夫か?」
「だ、大丈夫だ」
『……そ、そんなに酷いんです?』
「知りたければそこからでてこい」
『お断りします』
こいつ。こっちから強制的に出せたりしないものだろうか。
『不穏な空気を感じましたよ!? 出ませんからね!?』
「中に臭気が籠ってたってことは、この屋敷の中からでているもので間違いなさそうだね」
「すきま風は無いだろうが。完全に閉ざされてる訳じゃない。そうとも限らないと思うぞ?」
一旦タイムは置いておくとして、俺は姉さんに返事をする。
確かに臭気は充満していたようだが、だからといってすぐに判断を下すのは軽率だろう。
「それにしても、本当にこれが廃屋か?」
埃こそ積もっているが、外と比べても中は全くと言って良いほど荒れていない。家財道具一式が見られないのは、きっと借金の形として持っていかれたのだろう。
このまま朽ち果てさせるくらいなら貰えないだろうか。
「一先ず屋敷の部屋を片っ端から見てみるさね」
俺達はそうして、部屋を一つ一つ確認していく。厨房に浴室、それに個室と、そのどこにも荷物一つ置かれておらず、原因と思われるものは何一つ存在しない。
何の成果も得られないまま、俺達は中央階段のあるエントランスへと戻ってきていた。
「個室が八つ、厨房、浴室、応接室、そして倉庫。ざっと確認したけど特に原因は見当たらないな」
「そもそもこの臭いの原因はなんなのだろうな」
「そうさね。臭いからして生ゴミが近いんじゃないかい?」
「となるともう一度部屋を調べても原因は見つからないかもな」
何しろ荷物一つなかったのだ。生ゴミなど隠しようもない。
「地上にないとなると、怪しいのは隠し部屋か? 浴室の排水ってどうしてるんだろうな? あんなに広いのにいちいち汲み上げてる訳じゃないだろう?」
「あの作りなら前に一度見たことがある。水を排出するための穴がどこかにあるはずだ」
俺の疑問にリナリアが答える。自宅の浴室など俺達のような庶民には縁がない。せいぜい大きな桶があれば良い方だ。さすがは子爵令嬢と言うところか。
それにしても排出用の穴か。
「よし、浴室に行こう」
その言葉を図りかねたようで、姉さんとリナリアが顔を見合わせる。
「言っておくが人が通れるようなものではないぞ?」
『……なんとなく先が見えましたよ。私は行きたくないです』
タイムの言葉を無視し、俺達は浴室へ向かう。
浴室に来るとリナリアの言った穴はすぐに見つかった。普段は石蓋で閉じているらしく、それを持ち上げると、どこかに繋がった穴が姿を現した。聞いた通り、その穴は人が通れるほどには大きくはなかった。
穴から、より酷い臭気が立ち上っているのが分かる。どうやら原因はこの先で間違いないようだ。
「ほら、タイム出番だぞ」
『断固拒否します!』
「安心しろ、意外と慣れる」
正直少し臭いがわからなくなり始めている。ここから出た後、無事ですむのか少し不安だ。
『安心出来る要素ありませんけど!?』
「ならどうするんだ? 言っておくが確認しないことには帰れないからな?」
『……わかりました』
そう言って、渋々タイムが姿を現した。
「じゃあ頼んだぞ」
「範囲外なら知りませんよ?」
「ああ、分かってる」
タイムがいやいや穴のなかへと潜っていった。
「屋敷の見取り図を見れば別の入り口が見つかったんじゃないのか?」
「……無駄足だったら面倒だからな」
そもそも見取り図が残っているかどうかすら怪しい。
一先ず、俺達はタイムの報告を待つことにするのだった。




