表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/162

第33話 廃屋

 俺達は行き掛けにギルドと両替商へ立ち寄ったあと、廃屋へとやって来た。

 

『ここが例の廃屋ですか』

「お前はまず外へ出てこい。一人だけ腕輪のなかに逃げ込みやがって」

『お断りします』


 話には聞いていたが、酷い臭いだった。おぼろげながら遠くに廃屋が見えてきたと思ったら、異臭も同時に届いてきた。

 それは近づくほどに凶悪なものとなり、屋敷を目の前にした今となっては目が痛いほどだ。

 口許に薄手の布を巻いては見たものの、さしたる効果を発揮できないでいる。

 タイムは早々に腕輪のなかに逃げ込むと、以降出てこようとしない。


 近隣住民も異臭が耐えられないようで、人通りはおろか、近所の住民も逃げ出したのか、人の気配は皆無といっても良い。


 俺は改めて屋敷を見上げる。目の前にそびえ立つ屋敷は、流石に侯爵家のかつての陪臣の家とあって、かなりの大きさだった。手入れが滞ったためだろう、所々破損が見られたり、庭も荒れ果てている。ただ、荒れ果てた中に、人が踏みいった痕跡が見られる。これは恐らく先に立ち入った衛兵の物だろう。


 この規模の屋敷が買い手もつかないまま、こうして朽ちていくのは資源の無駄としか言いようがない。買い手がつかなかったことには、なにか裏があるのではないだろうか。


 うちより立派なのに廃屋とは。


 俺は大きく息を吐き、二人の方へ体を向ける。

 姉さんもリナリアも余りの酷さに顔をしかめている。


「ここで立っててもしょうがない。とっとと調べようか」

「そうだな。仕事を終わらせて早く立ち去りたい」


 リナリアが泣き言を良い始めた。


「絶対バニカムへ帰ったらエドガーに苦情を入れてやる」

「ぐっ、ここへ来るまでに謝ったではないか」


 ここへ来るまでに、館の件に関して散々文句を言った。だがなかなか腹の虫は収まらない。


 まぁ良い、こいつの教育はエドガーの仕事だ。せいぜいあいつに苦労してもらおう。


「ほら、さっさと入るさね」


 姉さんが、警戒しながら屋敷のドアを開ける。すると、中に籠っていた臭気が解放され辺りに広がっていく。それをまともに吸い込んだのか、リナリアが後ろでえずいていた。


「……おい、大丈夫か?」

「だ、大丈夫だ」

『……そ、そんなに酷いんです?』

「知りたければそこからでてこい」

『お断りします』


 こいつ。こっちから強制的に出せたりしないものだろうか。


『不穏な空気を感じましたよ!? 出ませんからね!?』

「中に臭気が籠ってたってことは、この屋敷の中からでているもので間違いなさそうだね」

「すきま風は無いだろうが。完全に閉ざされてる訳じゃない。そうとも限らないと思うぞ?」


 一旦タイムは置いておくとして、俺は姉さんに返事をする。

 確かに臭気は充満していたようだが、だからといってすぐに判断を下すのは軽率だろう。


「それにしても、本当にこれが廃屋か?」


 埃こそ積もっているが、外と比べても中は全くと言って良いほど荒れていない。家財道具一式が見られないのは、きっと借金の形として持っていかれたのだろう。


 このまま朽ち果てさせるくらいなら貰えないだろうか。


「一先ず屋敷の部屋を片っ端から見てみるさね」


 俺達はそうして、部屋を一つ一つ確認していく。厨房に浴室、それに個室と、そのどこにも荷物一つ置かれておらず、原因と思われるものは何一つ存在しない。


 何の成果も得られないまま、俺達は中央階段のあるエントランスへと戻ってきていた。


「個室が八つ、厨房、浴室、応接室、そして倉庫。ざっと確認したけど特に原因は見当たらないな」

「そもそもこの臭いの原因はなんなのだろうな」

「そうさね。臭いからして生ゴミが近いんじゃないかい?」

「となるともう一度部屋を調べても原因は見つからないかもな」


 何しろ荷物一つなかったのだ。生ゴミなど隠しようもない。


「地上にないとなると、怪しいのは隠し部屋か? 浴室の排水ってどうしてるんだろうな? あんなに広いのにいちいち汲み上げてる訳じゃないだろう?」

「あの作りなら前に一度見たことがある。水を排出するための穴がどこかにあるはずだ」


 俺の疑問にリナリアが答える。自宅の浴室など俺達のような庶民には縁がない。せいぜい大きな桶があれば良い方だ。さすがは子爵令嬢と言うところか。


 それにしても排出用の穴か。


「よし、浴室に行こう」


 その言葉を図りかねたようで、姉さんとリナリアが顔を見合わせる。


「言っておくが人が通れるようなものではないぞ?」

『……なんとなく先が見えましたよ。私は行きたくないです』


 タイムの言葉を無視し、俺達は浴室へ向かう。


 浴室に来るとリナリアの言った穴はすぐに見つかった。普段は石蓋で閉じているらしく、それを持ち上げると、どこかに繋がった穴が姿を現した。聞いた通り、その穴は人が通れるほどには大きくはなかった。


 穴から、より酷い臭気が立ち上っているのが分かる。どうやら原因はこの先で間違いないようだ。

 

「ほら、タイム出番だぞ」

『断固拒否します!』

「安心しろ、意外と慣れる」


 正直少し臭いがわからなくなり始めている。ここから出た後、無事ですむのか少し不安だ。


『安心出来る要素ありませんけど!?』

「ならどうするんだ? 言っておくが確認しないことには帰れないからな?」

『……わかりました』


 そう言って、渋々タイムが姿を現した。


「じゃあ頼んだぞ」

「範囲外なら知りませんよ?」

「ああ、分かってる」


 タイムがいやいや穴のなかへと潜っていった。


「屋敷の見取り図を見れば別の入り口が見つかったんじゃないのか?」

「……無駄足だったら面倒だからな」


 そもそも見取り図が残っているかどうかすら怪しい。

 一先ず、俺達はタイムの報告を待つことにするのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ