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第32話 ネリネの依頼

 迂闊だった。貴族に会うって所に重点を置きすぎていた。考えてみれば注意しておくべきだった。

 仲が良いのは判っていた。情報を集められる地位にだっている。


 近頃こんなことばっかりだ。セインやエリオが抜けた穴がそれだけ大きいってことか?


 とはいえ、今はそんなことを気にしている場合ではない。


『一つだけはっきりしていることがある』

『なんですか?』

エドガー(あいつ)の依頼はもう受けない』

『言ってる場合じゃありませんよ!?』

『判ってるよ。タイムは気配とか分かるのか?』

『まさか、無理です』

『仕方ない。いつでも結界を張れる準備だけはしておいてくれ』

『わかりました』


 落ち着こう。まだそうと決まったわけではない。こちらには曲がりなりにも子爵令嬢がいるのだ。例え侯爵令嬢にとって、吹けば飛ぶような存在であろうと、最低限の根回しくらいは必要……であって欲しい。

 下手に動けば無駄に口実を与えることにもなりかねない。後手に回っているのならせめて慎重に行きたい。


「お顔の色がすぐれないようですが、ソルト様はご気分が優れないのでしょうか」


 これだ、体調が悪いと言って帰らせて貰おう。受け入れられなくとも、相手の出方を探れるはずだ。


「ええ――」

「いや、この者は平時よりこんな物です。どうかお気になさらぬよう」


 俺が言葉を発するより先に、リナリアが返答した。


 気分が悪いと言っている人間が、元気な人間の言葉を遮った場合、それを信じて貰えるだろうか?

 否、俺なら鼻で笑う。


「そうですか、それは失礼を致しました」


 ネリネはそう言いながら、申し訳そうに軽く頭を下げる。それに対し「そんな事をされる必要はございません」と平身低頭のリナリア。

 一度疑いが脳裏をよぎると、茶番に見えて仕方がない。


『だからこいつは連れてきたくなかったんだよ!』

『ソルトさん、そちらは後にしましょう』

『……そうだな、状況を整理しよう。この場に敵は一人、不明な人間が一人、異論はないな?』

『はい、ありません』


 もちろん敵は横に座っているやつである。異論は許さない。


「もう要件も終わりましたからね。長いすんのも悪いですから、俺達はもう帰りますよ」

「お待ち下さい。実は折り入って皆様にお願いしたいことがあるのです」


 立とうとする俺を、ネリネが引き止める。


「話ですか?」

「はい。本来はギルドへ依頼しようと考えていたのですが、こうして皆様とお会い出来たのはクラリスが紡いでくれた縁かも知れません。出来ることなら私はあなた方へ依頼したいのです」

「どんな依頼かお聞きしても?」


 俺の言葉に、ネリネが内容を話し始める。


 依頼の内容はこうだ。

 アカンサスの西側にある屋敷の一つから、一週間ほど前より異臭が発生しているそうだ。

 屋敷はその昔、賭博で身持ちを崩した陪臣が所有していたものらしい。借金の形として売りに出されたものの、買い手がつかず、今では廃屋とかしているのだそうだ。


 当然のごとく、持ち主である陪臣はとうの昔に行方をくらませている。その為、今回の異臭騒ぎではソーワート家が調査することとなった。だが、衛兵に中を改めさせたものの、その原因は特定できなかった様だ。


「手柄を立てたい者なんていくらでもいるだろうに、何故わざわざ侯爵家が?」

「ソルト様は大した実害のない異臭騒ぎの原因を突き止められず、帰ってきた者をどの様に思いますか?」

「ああ、なるほど」


 真っ先に思うのは「使えないやつ」あたりだろう。だからと言って、無事解決したところで世間から得られる評価は些細なものだ。所詮は異臭騒ぎである。

 つまり、割に合わない。得られる評価に対しリスクが大きすぎる。


「いかがでしょうか。受けて頂けますか?」


 実質これ脅迫だろう。

 情報を収集できる人間が必要だ、切実に。


『どうするんですか?』

『どうもこうも選択肢なんて無いだろうが。この場で罠にかけるのか、その屋敷で罠にかけるのか。それともただ考え過ぎなのか。そもそも決定権を本当にこの子が持ってるのか。……俺達は物を知らなさ過ぎる』


 だから良いように使われれる。

 俺は姉さんに目を向ける。姉さんも同意見らしく、俺の方へ向かって頷いた。


「どうか我々にお任せください。ビベッジ家の名にかけて必ずや原因を突き止めてご覧に入れましょう」


 ただ、こいつだけはそろそろ捨てて行きたい。

 俺達の意志を確認することなく、同意するリナリアを見て、心の中で俺は毒づいた。


◆◇


 俺達はソーワート家を後にすると、一旦宿へと戻ってきていた。

 

 ろくに報酬の話もせず、ただ屋敷の場所だけ聞き、席を立った馬鹿を捨てに来た、のではない。

 効率が悪いことには間違いないが、何が起こるかわからない以上、準備をする必要があるからだ。


 少なくとも、ミントちゃんには宿で待っていて貰う必要がある。


「じゃあミントちゃん、悪いんだけど」

「うん、ちゃんと判ってるから大丈夫だよ。ちょっと、残念だけどね」

「あたしとしちゃ、ミントにはこの間に休息を取って欲しいところさね。そろそろ疲れも溜まるころだろうし、このままじゃ倒れちまうからね」


 「うん、わかった」とミントちゃんが頷く。やはり少し疲労が見え隠れしている。依頼の是非はともかく、この時間を利用して休息をとって貰うのはいい機会だろう。


「ミントはそんなに身体が弱いの?」


 働いていたリユゼルが、俺に問いかけてくる。


「ああ、あんまり無理はちょっと、な。悪いけど、良ければ暇な時に注意しておいて貰えると助かる。ちゃんと礼はさせて貰うよ」

「礼なんていらないよ。大丈夫、任せておいて」

「じゃあ頼んだ」

「私だってちゃんと留守番くらいできるんだからね? そんな心配して貰わなくても大丈夫です」


 俺とリユゼルがそんなやり取りをしていると、ミントちゃんが頬を膨らませながら抗議してきた。


『悪いけど、その点に関しては信用できない』


 俺と姉さんの声が被る。きちんと釘を差して置かなければ、昨日のように酒場で働いていることも十分にありえるのがミントちゃんだ。


「そんな……二人で言わなくても良いのに……」


 ミントちゃんは不満そうに愚痴をこぼしていた。


「お前たち、準備が終わったのなら早く行くぞ」

「判ってるよ。じゃあ行ってくる」


 俺達はミントちゃんとリユゼルに見送られ、屋敷へと向かうことにした。

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