第31話 激情
「お初にお目にかかる。カイエル・ビベッジの子。リナリア・ビベッジと申します。本日はお目通り感謝致します」
「ネリネ・ソーワートです。お見知りおきを」
お辞儀をするリナリアに、ネリネがカーテシーで応える。俺達も、同様に自己紹介とお辞儀をするが、やり慣れないせいもあって、やはりどこかぎこちない。
「どうぞ楽にしてくださいませ。不慣れな会話をさせてしまうのは、大変心苦しいですから」
「ありがとうございます」
そのままネリネに座るよう促され、俺達はソファーへと腰を下ろす。
「それで本日はどの様な御用件でしょうか」
テーブルを挟んだ向かい側で、ネリネが恭しく、こちらに問うてくる。
本来であれば、ここで渡すものをさっさと渡して帰るところなのだが、リユゼルとリナリアの話を聞いた今、若干不安を覚える。
このまま渡して大丈夫だよな? 拘束されたりしないよな?
『ソルトさん、どうしたんですか? 事務的に渡せばいいって言ってたじゃないですか』
『いや、やらかすともう二度と屋敷から出れなさそうだなってな』
『相当変なことしなければ大丈夫ですよ』
タイムがそう、背中を押してくる。俺も覚悟を決め、エドガーより預かった品をテーブルに乗せる。
「あーえっと、ギルドの依頼でお届け物っすね」
「確認させて頂いてよろしいでしょうか?」
「どうぞ」と俺は頷いた。だが、ネリネは包に触れようとしない。
「(お前が包を取るんだ)」
俺の隣りに座っていたリナリアが、小さな声で教えてくる。
なるほど、そりゃそうか。暗殺とか気をつけないといけない立場だしな。
俺は包をはぎ、改めて中身をテーブルの上へ置く。実際に目にするのは初めてだが、中にはリユゼルがつけていた首飾りと、人形が入っていた。
エドガーは大差ないと言っていた事から、どちらも同じ物なのだろう。
『遺品と言うよりはお土産みたいですね』
『土産だったのかもな』
もしかするとクラリスは、仕事を終えたあと一度帰郷する予定だったのかもしれない。
逆かな、帰郷するところに、エドガーがあの仕事を押し込んだのかもな。土産が汚れるのを嫌がったクラリスが受付で預けていった、なんてのは十分にあり得るのではないだろうか。
ネリネがテーブルの上に置かれた首飾りをその手にとる。優しく撫でるように、それを丁寧に確認していく。
貴族から見ればそれは安物であることに間違いはない。だが、ネリネはけして粗雑に扱うことなく、まるで高価な貴金属かそれ以上の物を扱うような手つきだ。
「これはどなたより送られたものなのでしょうか」
聞くまでもなく、きっとネリネはその答えを知っている。だが、それでもネリネは尋ねてきた。
「ご友人であったクラリスさんの形見の品となります」
リナリアが俺の代わりにネリネに告げた。
「……そう……でしたか」
ネリネはか細い声でそう答え、顔を伏せる。
俺の目にはその仕草が妙に芝居がかっているように映った。
仲が良かったと聞いていたが、案外そうでもなかったのか?
いや、さっき遺品に触れた時の仕草は演技とは思えない。
仲の良さに関しては、疑問を挟む余地はないはずだ。俺の考え過ぎか?
「ご心痛お察し致します」
「ありがとうございます。リナリア様はお優しいのですね。ですがご心配には及びません。実は既に父のご友人という方から、この事は伺っておりました。とても悲しいことですが、ある程度気持ちの整理も付いているつもりです」
弱々しく悲しげな声で、ネリネが心情を吐露していく。
「そうでしたか……」
リナリアがネリネに同情するように相槌を打つ。その影で、姉さんが何やら警戒心を強めているように見えた。
もしかすると、野生の勘の様なもので何かを感じ取ったのかもしれない。
『聞いたってのは一体何をどこまで聞いたんだろうな?』
『突然どうしたんですか?』
『例えばクラリスが死んだ原因の一端が俺達にあると吹き込まれれば、彼女はどう思うんだろうな』
『……止めてください。考えたくないです』
『さっきから妙に悲しんでる姿が嘘くさい。この子、もしかして悲しむ以上に俺たちに対して怒り狂ってるんじゃないか?』
『……』
思えば侯爵令嬢が屋敷の中で側仕えも付けず一人で入ってきたのも、妙な話だ。
この子、何か狙ってるんじゃないだろうな?
そんな考えが脳裏を掠め、俺は身をこわばらせた。




