第28話 お節介
あれからしばらくして、タイムが自力で上がってきた。俺も手伝おうとしたのだが、「見えない壁と崖に挟まれる気がします」と即刻断られた。
俺もきっとそうなる気がするので、ここは素直に従っておく。
崖を上りきったタイムは、俺に遺品を渡すと腕輪へと戻っていった。
リユゼルは遠巻きにそんな俺達のことを見ていた。
俺は遺品を持ったままリユゼルに近づいていく。
「せっかく持ってきたってのに、捨てるなんてなんのつもりだ?」
「私のものなんだから、私がどうしようが勝手じゃない!」
リユゼルがまっすぐこちらを見据え、声を張り上げる。走り去らないのは俺が遺品を持ったままだからだろう。
正直、俺としては投げ捨ててくれても一向に構わないんだが……。本人が言う通り、受け取った後どうしようが自由ではないだろうか。それに干渉するのは、ただのお節介と言うものだ。そう、こんなことはただのお節介だ。
「実はな、この腕輪は爺の形見なんだ」
左手首の腕輪を見せつけながら、唐突に話し始める俺に対し、リユゼルが訝しげな表情を浮かべる。
「興味ないか。そうだな、この話は止めよう」
「……言いかけたなら続ければいいじゃない」
リユゼルが続きを促してきた。話には興味がなさそうなので、こちらに気を使ってのことだろう。
「俺も昔、この腕輪を売ろうとしたことがあってな。その時はこんなもの持ってたってしょうがない、とか思ってたのさ」
「なにが言いたいの?」
「今では持ってて、まぁ良かったと思ってるよ。受け取ってすぐには実感がわかないなんて事もあるだろう。そう言う時は家の隅にでも放り投げておけば良いのさ。捨てるなんざ後になっても出来る事だ。時間をおけば変わることもある」
俺はそう言って、遺品をもう一度リユゼルに押し付ける。リユゼルは抵抗することなく、それを受け取った。どこか複雑そうなのは、今俺が言ったことを考えているのかも知れない。だとすれば、きっと当面は捨てはしないだろう。
『たまには良いこと言うんですね』
『ふふん、そうだろう? お? 言われてみればそうかも? とか一時的に思わせとけば、その間に気持ちの整理が付いたりするもんなんだよ』
『……台無しですよ』
なんとでも言うが良い。考えた挙げ句に捨てるのならば、それは当人の判断だ。仕方がない。だが、一時の感情で捨てて後悔するなんて言うのは、一番愚かな選択だ。例え詭弁だろうが、その時間が稼げるなら十分だ。
『お前には言っておこう。実はこの腕輪、売れなかったんだよ。誰も買い取っちゃくれなかった。遠くに捨てても何故か翌日には、親切な人が届けてくれるしな。しかも今は外せないと来た。……この腕輪は呪われている』
俺の家を知らないはずの人間まで、家へ届けてくるのだから本当に驚く。なんでも、何となくそんな気がしたのだそうだ。仕組みがまるでわからない。
『どうしてそんな事言うんです!? この腕輪は私の家みたいなものなのに! 私に言うってただの嫌がらせじゃないですか!』
タイムの怒鳴り声が頭に響く。
『まぁ最後まで話を聞け、爺の形見だからな。それに関してはそう言う魔法でも仕込んでたんだろうさ。だが、それだけじゃないかも知れない。お前の方でしか判らないこともあるかも知れないだろう?』
『なるほど、暇な時に調べておけってことですね』
『まぁそう言うことだな』
こんな依頼を受けなければ、すぐにはそんな事を考えなかったかも知れない。
「姉の、クラリスの最期はどうだった?」
「勇敢な最期だったよ。彼女がいなければ、きっと俺もギルマスも死んでいたはずだ」
そう、彼女が死力を尽くしてくれていなければ、俺達はここにはいなかっただろう。彼女だけじゃない、きっと誰が欠けていてもダメだったはずだ。
「そうですか」
リユゼルはそれだけ言うと、口を閉じた。
俺は何も言わず、ただその場にずっと立っていた。
◆◇
『帰る機会を逃しましたね』
俺達は今高台から《静寂の囁き亭》へと向かっている。
タイムの言う通り、帰る機会を逸した俺は、あのままダラダラとリユゼルに付き合ってしまった。
その所為で、辺りはすっかり暗くなってしまっている。
あそこは気を使って立ち去るべきだったのではないだろうか。おかげで黙々と歩く俺達の空気は、とても気まずい。
唯一の救いは、大きな街であるためか、大通りを歩く人はまだそれなりに多いことだ。これが人一人いない状況であれば、より悲惨なことになっていたかも知れない。
俺はタイムの言葉は黙殺し、所在なく視線を巡らせる。すると、路地を入った所にいた人間と、視線が交わった。色白で線が細く、どこか不健康そうな青年だ。
「どうかした?」
その時、それまで口を開かなかったリユゼルが俺に声をかけてくる。一瞬、リユゼルの方へ目を向けた後には、青年の姿は消えていた。
「いや、なんでもない。気のせいだ」
俺はすぐにその青年を記憶の彼方へ追いやり、大通りを歩き続けた。




