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第27話 高台へ

 リユゼルは宿の一階にある酒場で忙しなく働いていた。尻尾のように束ねられた黒髪が、彼女が動く度にゆらゆらと揺れている。

 その表情には陰りがあり、忙しなく働くその様は、なにかを忘れようとしているように見えた。いや、実際にクラリスのことを頭から追い出そうとしているのだろう。


 年の頃はミントちゃんと同じくらいか。


 そんな子に今から追い討ちをかけようと言うのだから気が滅入る。


「どどどどどうするんですか」

「慌て過ぎだ。良いか、こう言うのは可能な限り事務的に渡すんだ。俺達はあの子のことを何も知らない。下手に同情しようなんて考えるな。そういうのが返って相手を苛つかせたりするんだ」

「確かにね。じゃあソルト、あんたに任せるよ」


 姉さんが俺の後ろへ回り、背中をぽんと叩いた。他の連中も一歩引いている。


 汚ない……いや、でも他の連中に任せると大事になりそうだな。


 俺は荷物から、依頼の品を取り出し、残りを姉さんに預ける。覚悟を決め、一歩一歩リユゼルへ近づいて行く。

 リユゼルがテーブルの後片付けをする為に、立ち止まったのに合わせリユゼルに声を掛けた。


「リユゼルだな?」


 リユゼルは手を止め、俺の方へ向いて姿勢を正す。緊張しているらしく、盆を胸元に寄せ、その端をぎゅっと握りしめた。


「そう……ですけど。どちら様でしょうか」

「俺はソルト、バニカムの冒険者ギルドのものだ」

「……帰って下さい」


 リユゼルは目を伏せながらそう言った。それだけで、どんな用事かあらかた察したのかも知れない。


「君に届け物だ。受け取って欲しい」

「帰って下さい!」


 俺が差し出した遺品を、リユゼルがお盆を持った手で払いのけようと振り抜く。俺は、品物が傷つかないようとっさに手を引っ込めた。

 お盆が俺に掠り、コメカミから薄っすらと血が滲んだ。それを見たリユゼルがお盆を取り落とす。


「あっ……ごめんなさい」

「確かに渡したぞ」


 俺は力の弱まったリユゼルの手に、遺品をしっかりと握らせた。


「――っ」


 リユゼルは遺品を胸に掻き抱くと、そのまま店を飛び出していった。


 依頼をやり遂げた俺は少し得意げに振り返ると、周囲の視線が冷たい、極寒である。


「流石に今のは私もどうかと」

「あれはないだろう」

「あんた今わざとお盆に当たったね?」

「ソルト君……最低です」


 言いたい放題か。追いかければ良いんだろう!?


 俺が駆け出そうとすると、


「きっとあの子は高台です」


 と、宿の主人のものと思しき声が聞こえてくる。


 俺は泣きそうになりながら、そのまま宿を飛び出した。

 後方からゴッ!という鈍い音が聞こえてくる。油断していたタイムが射程外に差し掛かり、見えない壁にぶつかったらしい。


 馬鹿め!


◆◇


「すっかりやってしまいましたね……」

「なんで高台の手前でちょっと道が入り組んでるんだ……」


 てっきり上る為の階段があるものと思い、高台の手前まで行くと、切り立った崖しかなかった。どうやら少し手前から、緩やかに坂を登っていくのが正しい道らしい。

 すぐに追いつくと思っていた俺は、慌てて来た道を引き返し、高台への道を進んだ。


 俺が高台へ辿り着くと、海側の手すりのそばにリユゼルの姿があった。まだまだ上に上れるらしく、途中であるこの場所には、どうやらあまり人が寄り付かないようだ。その為、上の方から賑わう声が届いてくるものの、今この場に他の人間の姿はない。


 なにやら思い悩んでいるのか、リユゼルはこちらに気づいていなかった。俺達はそのまま気取られないよう、ゆっくりとリユゼルに近づいていく。


 あともう少しと言ったところで、リユゼルが持っていた遺品を振りかぶる。


「タイム!」

「へ?」


 リユゼルが遺品を海に向かって投げ捨てるのと同時に、俺はタイムを遺品に向かって投げつけた。


「いーーーーーーーやーーーーーーーーー」


 ジャラ!と言う金属音をさせながらタイムが遺品に衝突する。タイムは遺品にしがみつき、きりもみしながら落下していく。その後、手すりの少し下辺りで何かにぶつかり、空中に静止した。


 俺は慌ててタイムの方へと駆け寄る。


「ちょっと!? 何で近寄ってくるんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーー」


 遠ざかっていく叫び声と共にタイムが落下していく。とぷん、と言う音がしたかと思うと、タイムが水中に消えた。


 正直少しは悪いと思っている。

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