第25話 アカンサスギルド
「なんですかね。少し面倒くさそうな予感がします」
「奇遇だな。俺もだ」
走り去る少女の後ろ姿を見ながら、タイムが呟く。
そんな少女を追いかけ、ギルドから一人の禿頭の男が飛び出してくる。その男は、少女が走り去った方向を見つめ、困ったように頭に手を置いた。
「おお、すまんすまん、邪魔した――」
男は言いかけた言葉を途中で止め、俺と姉さんとタイムに代わる代わる視線を向ける。その視線はこちらを探っているように思えた。
それはあまり気持ちの良いものではない。姉さんは少し苛立っているようだ。
まぁ、姉さんは今の格好になって、一際視線を集めているようだからな。
「あの、私達に何か御用でしょうか」
「ああ、いや何でもねぇよ」
ミントちゃんの問いかけに、男は首を横に振って否定する。
「ようこそアカンサスの冒険者ギルドへ。まぁ自由にしてくれや」
男はそう言うと、ギルドの中へと戻っていった。
俺達はそれを見届けた後、互いに顔を見合わせる。
「今のがギルマスかね」
「どうしてそう思うのだ?」
「あたし達を知ってるようだったからさね。エドガーが先触れを出したんだろう? だとすれば受け取るのは当然ギルマスさね」
俺の問いかけに、リナリアが問い返す。それを姉さんが引き継いだ。
「なるほど、だから先の人物がギルマスなのだな」
「そんなことより中へ入ろうよ。ここだと迷惑でしょ?」
「それもそうだ」と答え、俺たちはギルドの建物へと入る。
当然ながら内装や間取りはバニカムとは異なっていた。飲食できる場所はなく、クエストボードと受付と言った、ただただ手続きをする為の場所となっている。
「なんだろうな。酒場がないってのが驚きだよな」
「バニカムから来られた方ですね。バニカムの方は皆さんそうおっしゃいます」
建物の奥へと進んでいると、受付の職員が声をかけてくる。
あれに慣れてるとそう思うのは普通だろ? だから皆して恥ずかしそうに俺から距離を取るんじゃない。
「ようこそアカンサスの冒険者ギルドへ、本日のご用件はなんでしょうか」
「俺達はバニカムギルドのギルマスの依頼で来たんだけど、何か聞いてないか?」
「ああ、あなた方がそうなんですね。一応ギルドカードを見せていただけますか?」
俺達はそれぞれギルドカードを提出する。意外だったのは、リナリアも持っていたことだ。しかも、一剣である。
「なぁ、姉さん。エドガーのやつリナリアに甘くないか」
「そうだねぇ」
「ご、誤解するな。これは別のギルドで認めて貰ったものだからな! むしろエドガー様は取り上げようとしてだな……」
それはそれでどうなんだろうか。
詳しく聞けば、どうやらリナリアの親がコネを使って認めさせてしまったらしい。エドガーには取り消すことが出来なかったらしく、せめて最低限それに相応しい実力を身に付けさせようと、個人的にしご……教育しているそうだ。
俺はてっきりお抱えの騎士かなにかだと思っていた。
「待て、お前もしかしてエドガーより貴族としては上なのか?」
「私は令嬢でしかないから、貴族としての立場はエドガー様の方が上だ」
それはつまり、親の方はそうじゃないってことか。位階は聞かないでおこう。今後やりづらくなりそうだ。
「そちらの方は?」
職員が、少し後ろにいたミントちゃんに向けて尋ねる。
「私は冒険者ではないので」
「そうでしたか。何でしたらご登録されますか?」
「いいや、結構さね」
ミントちゃんではなく、姉さんが答える。ミントちゃんは少し残念そうだが、体の弱い妹に姉さんが許すはずもない。
とは言え、だ。
「いや、待ってくれ姉さん。あのエドガーの知り合いだぞ? 部外者を連れてくるとは何事だね? みたいなことはきっと言うぞ?」
「……ありえますね」
俺の言葉にタイムが続く。リナリアの奴も強く否定できないらしく、微妙に視線を外している。
「しかしだねぇ」
「ちょっと手数料が掛かる程度だ。依頼なんざ受けなきゃ良いんだし登録だけしとこうぜ」
「……しょうがないね」
「ご、ごめんね」
姉さんが渋々同意する。登録できると聞き、ミントちゃんは申し訳なさそうではあるが、やはりどこか嬉しそうだ。
「文字は大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
「では、こちらの申請用紙にお名前をお願いします。その後にこちらの二枚のカードに指を置いて下さい」
「こ、こうですか?」
「はい、アカンサスギルド、アンゼリカの名前を持って承認します」
アンゼリカの言葉とともに、ギルドカードが薄く輝く。その後、ミントちゃんの名前がギルドカードに表示され、カードへの登録は完了する。その後、アンゼリカがそのうちの一枚をミントちゃんに渡す。
もう一枚はギルド側で保管される物だ。セインの話ではギルド側で保管するものは、個人の物と若干形式が異なるそうだ。あいつは本当に色々知っている。
「はい、お疲れ様でした。こちら、再発行には数日かかりますので、紛失なされませんよう。万一紛失された場合、センティッド国内のどこの支部でも再発行可能ですのでご安心ください」
「他の国ではダメなんですか?」
「駄目ではないのですが、その場合、一月位かかってしまいますね」
国ごとで浮かび上がる紋章が異なる弊害の一つである。
「あと、こちらも皆さんにお返ししますね」
並行して、俺達のカードも確認していたようで、アンゼリカはそれぞれにカードを返却してきた。
「問題ありません。ではマスターの部屋までご案内させて頂きます。どうぞこちらへ」
俺達は職員の人に案内されるまま奥の部屋へと通される。
ここは本当にギルドマスターの部屋だろうか。猛獣の毛皮で作った絨毯なんて初めて見たぞ。ギルマスの肉食獣の様な体躯もあって、裏稼業と言われたほうがしっくり来る。
「よう、よく来たな」
『ああ、やっぱり』
室内のソファーに座る、禿頭の男を見て、俺とタイムと姉さんの三人が口を揃えていった。
「揃いも揃って言うじゃねぇか。お前らエドガーのところから来た割には礼儀がなってねぇな」
「す、すみません」
「嬢ちゃんが一番礼儀正しそうだな」
男はそう言って、豪快に笑う。ミントちゃんは少し困った様子で笑みを浮かべている。
「まぁ座れや。一人用と二人用だが、小さい嬢ちゃん達なら三人座れんだろ」
俺達は促されるままソファーへと座る。一人用に座るリナリアの視線が痛い。
仕方ないだろ、俺よりがたいが良いんだから。
「冒険者ギルドアカンサス支部のマスターオレガノだ。ああ自己紹介なら……いや、そっちの嬢ちゃんだけは聞かせてもらおうか」
「ミント·パプキンです。宜しくお願いします」
「嬢ちゃんは冒険者じゃねぇな」
「いえ、冒険者ですよ?」
「いや、通したうちのが悪い。嬢ちゃんは気にすんな。だがそっちの……冒険者なのか?」
案の定だよ。と言うかこの人、待ってる間淡々とこれを狙ってたんだろうか。
「ちっ、入口で会った時違うと思ったんだが。せっかくエドガーを真似て説教してやろうかと思ってたってのに、やっぱり人の真似なんてするもんじゃねぇな」
「趣味が悪いっすね」
「すまんすまん。もうやらんよ。それで、クラリスの遺品を持ってきたから、俺に仲介してくれって話だったな?」
「ええ、そうです」
「仲介は構わんが……」
オレガノは姉さんとミントちゃんを交互に見る。
「お前ら姉妹だろ? 止めとけ止めとけ、今お前らが行けば余計意固地になりかねん。ここに入る時見なかったか? あの女の子がお前たちが会いたがってる内の一人だ」
『ああ、やっぱり』
俺とタイムが声を揃えてそう言った。




