第23話 アカンサスへ
「ダメ元でもう一度エドガーの所へ行ってみるか」
恐らく紹介状など期待するべくもないだろうが、何事も決めつけは良くない。
もしかすると、あいつだって魔が差すこともあるかもしれない。
紹介状があるのとないのじゃ大違いだからな。
俺が椅子から立ち上がろうとすると、セインが声をかけてくる。
「それは良いけど、こっちはどうするの?」
完全に酔いが回った姉さんの目が座っていた。
いつの間にかジョッキが乾いている。きっと俺と同じ様に飲み干して、一気に酔いが回ったのだろう。
時折「みんとー、みんとはかわいいなー」などと、呟いている。
今の姉さんの視界には一体何が映っているんだろう。
「蜂蜜酒一杯だぞ。ここまで酔っ払うとは思わないじゃないか」
「ソルトと違って、フェンネルは十二歳くらいだししょうがないよ」
「ソルトさん見た目変わりませんもんね」
これでも変わってるんだけどな。
「……はぁ、しょうがない。背負っていくか」
「おー、そるとーどこかいくのかー? あたしもいくぞー」
「これ明日死にたくなるやつですよ」
酔っ払っている姉さんを見てタイムが断言する。
「生まれて十日そこらのお前に何が分かるのか」
「いや、僕でもそう思うよ」
セインのやつも、妙に優しい目をしてそう言った。
「まぁ……本人には黙っておくよ」
俺は姉さんを背負うと、セインの家を後にした。
◆◇
「そろそろ来る頃だと思っていた」
俺がギルドに入ると、すぐにリナリアがこちらへとやって来た。
何やら得意げに腕を組んで仁王立ちしている。
「ん、そちらはどうかしたのか?」
「ちょっと酔い潰れただけだ。そうだ、丁度いい、少しの間姉さんを見ててくれないか」
姉さんはここへ来るまでの間に、眠りこけていた。耳の側で寝息を立てているのが聞こえてくる。
「何故私が……いや、そうではない。どうせお前たちは紹介状を目当てにやって来たのだろう? ならばエドガー様より言伝を預かっている」
やはり、エドガーはお見通しのようだ。どうせ俺達を教育しているつもりなんだろう。
これだから才能のあるやつは。そんな事で今更おっさんが成長すると思うなよ。
「それはここで口にしても大丈夫なんだな?」
今にも話しだそうとするリナリアに、念の為確認を入れる。酒場でもあるため周囲には食事をとっている人間や、昼間から酒を飲んでいる連中で溢れかえっている。中にはこちらに聞き耳を立てるやつだっているのだ。事によってはここで口にして良いことではない。
リナリアはビクリと体を震わせ、周囲を確認する。
「大丈夫だ。聞かれて困ることではない」
「そうか、なら良いんだ」
「こほん、では伝える。『紹介状を受け取りに来たのだろうが時間切れだね。だが気づいてここへ来たことは評価しても良い。だから紹介状の代わりにリナリアを供につけよう』と仰せだ。光栄に思え、エドガー様の命令により私も貴様たちに同行しよう」
正しく言伝が出来て満足したのか、リナリアがふんぞり返っている。
『ねぇ、ソルトさん、どうしてこの人得意げなんです? 紹介状より軽く見られてるってことですよね?』
『待て、こんな奴だからこそエドガーは同行させようとしているのかも知れない』
『ソルトさんはエドガーさんを、もう少し素直な目で見てあげても、いいと思います』
無理言うな。ここ数日であいつへの好感度はだだ下がりだよ。
こちらが何も反応しないため、徐々に不安になってきたのか、リナリアがちらちらと、こちらの様子を伺っている。
「そうか、遠慮しておく。邪魔したな」
「待て待て、何故だ! 私はこれでも貴族だぞ? 平民のお前たちが行くより話が通りやすくなるぞ?」
即座に踵を返した俺の腕を、リナリアが掴んできた。
狼狽しており、実に必死である。だが、こちらとておいそれと引く訳にはいかない。こんなやつを連れていけば、余計な敵を増やしかねない。
「離せ! お前に頼るくらいなら、向こうのギルマスに話し通したほうが、早いんだよ! なんだったら妹の方だって良い、多少でも繋がりくらいはあるだろうからな!」
「そこを! そこを曲げて頼む! ここで汚名を挽回しなければ! 私にも立場があるんだ! なんだったらお前の言うことをなんでも一つ聞いたって良い! 後生だ!」
「わかった、わかったからその手を離せ! 姉さんが落ちるだろうが!」
俺が同意したことで、やっとリナリアがその手を離した。
姉さんは「んー」などと呟き、一瞬目を覚ましたかと思ったが、また寝息を立て始めている。
『今のでリナリアさんは目的をほぼ達成しましたよね』
『そうだな、きっとこの後また説教だろうよ』
ホッとしているようだが、お前この後エドガーの説教待ってるからな。そう思うとこいつにも少し優しくなれる。
「今日は準備があるから、出発は明日だ。良いな?」
「ああ、分かっている」
俺はリナリアにそう告げると、ギルドを出て、姉さんを家に送り届けた。
◇◆
翌日、アカンサスへ向かう乗合馬車乗り場へ行くと、案の定リナリアが疲れたような様子で、先に待っていた。とりあえず、そっとしておこう。
「ソルト君、おはようございます」
今日は体調が良いらしく、元気よく挨拶してくるミントちゃんの姿を確認した俺は、こちらを見ようとしない姉さんに視線を向けるのだった。




