第22話 エドガーの依頼
「何も驚くことはあるまい? 君達はそれだけのことをしたのだ」
エドガーがまるでこちらを諭すような口調でそう言った。
正直なにか裏があるように思えて仕方がない。
そんな事を考えていると、エドガーが薄く笑う。
「その顔は何か裏があるとでも考えているようだね。安心したまえ、私は信賞必罰を心がけている人間だ。例え相手が誰であろうと功績には報いるとも」
エドガーの背後で、リナリアがガタガタ震えている。どうやらリナリアは罰の比重が重かったらしい。
蒼白になった顔を必死に取り繕い、姿勢を崩すまいと堪える姿はどこか哀れを誘う。
と言うかこいつ、そんな怯えるほどなのになんであんな事やらかしたんだよ。
そんな事を考えていると、タイムのやつが俺の方を軽くつついてくる。
俺が気づいたのを見ると、耳元に顔を近づけ耳打ちをしてきた。
「リナリアさん真っ青ですよ。ちょっと何があったのか気になりますね」
「何なら頼んでみたらどうだ? きっとエドガーは喜んで応えてくれるぞ」
「うむ、ご要望とあらば応えるのも吝かではない」
珍しくエドガーが楽しげにそういった。当人も本気ではないという証左のように、表情は穏やかだ。
耳打ちがエドガーにも届いていたことで、タイムが驚いている。
バレるのが嫌なら何故わざわざ耳打ちしたのか。
「あんたそんな事言ってて良いのかい? 一定距離以上は離れられないんだろう?」
「予定は空けておこう」
エドガーから笑みが消えた。こいつ……。
「ソルトさんがやられるところなら見に行きたいです」
「誰が行くか」
タイムはタイムで良い度胸をしている。こいつは後で吊るそう。
「とっとと話を戻してくれ。俺達は別にあんたの説教の話を聞きに来たわけじゃない」
「そうだね。こちらも忙しい身の上だ。話を進めるとしよう。そう、昇格の話だ。君達を昇格させようと考えている。だが如何せん、君達の功績はまだ些か弱い。これは私がその場に同行していたことが原因なのだろうね」
なるほど、俺達はエドガーにおんぶにだっこだったと思われているわけか。
俺は洞窟でのことを思い返す。
エドガーに先導され、エドガーに主力を抑えてもらい、エドガーの結界で助かった。
ふむ、概ねその通りではないだろうか。否定する余地が見当たらない。
「そもそも決定するのはギルマスの仕事のはずさね」
「確かにその通りだ。だが、今の私の立場は微妙でね。一存で押し切ればその弊害が生じるだろうね。そうなれば、主戦力を失ったばかりのこのギルドは非常に危ういのだよ」
主戦力を失ったのはエドガーの出した依頼が原因だ。その遠因は俺達にもある。そんな連中が出世したとあっては、ギルド内に不和が生じるのは免れまい。
実際に眼にしていない奴らには、あれらの厄介さは伝わらないだろうしな。
俺だって冒険者だ、一剣という称号に興味が無いわけじゃないが、状況は弁えているつもりだ。
『目立ちたくないんですね。判ります。殺すって言われましたしね』
『お前は何なの? 心まで読めるの?』
『私も気持ちは同じです』
後ろ向きのコンビだった。
「まだ何かが起こるって思ってるのかい?」
「当然だね。あれは始まり、いや、すでに各所で何かが起こり、通過点かも知れない。何かが暗躍しているのは間違いあるまい。このセンティッド、ともすれば世界中にね。君達にもいずれ協力して貰うことになるだろう。もっとも、ソルト君はまず硬貨に含まれている成分とやらを突き止めるべきだね。国の硬貨とて無限ではない。君達の力のために注ぎ込んでは、この国の経済活動は破綻してしまう」
「……わかってるよ」
両替所の前を通ると、奇異の目で見られ始めている。
変な噂が広がってしまうのはできるだけ避けたい。
「話を戻そう。君達には一つ依頼をこなして貰おうと思う。アカンサスという街を知っているかね?」
「ここから南にある水の都って呼ばれてる港町だな」
バニカムから、馬車でおよそ四日ほどの距離にある。大層風光明媚な場所で、街の高台から見下ろす景色は、吟遊詩人の歌でもよく歌われている。
侯爵の治める街だったはずだ。
「そこがどうかしたのかい?」
「なに、そこへ簡単な届け物をして貰いたいだけだ」
エドガーはそう言うと、包を二つ渡してきた。丁寧な仕事をされており、外側から中を伺い知ることは出来そうにない。
「何か聞いても良いのかい?」
「クラリス君の遺品だ。本来は私が渡しに行きたいところなのだが、今は離れられなくてね。一つは彼女の妹へ、もう一つはネリネと言う者に届けて貰いたい。妹の方はギルドに行けば所在を教えるよう先触れは出している。もう一人は、なに、行けばすぐに分かるだろう」
それを聞き、俺と姉さんは目を伏せる。前の二人も沈痛な面持ちだ。
「報酬は40ジール。悪いが今回はすべて後払いだ」
「ただ届けに行くだけだってのに随分出すじゃないか。何か裏があるんじゃないだろうな」
「馬車の費用も必要だろう。それには経費も含まれていると考えてくれたまえ」
ここからアカンサスまでの馬車の費用は、高くとも往復5ジール程度だ。
経費を差し引いたってお使いにしては出し過ぎである。
「どうかね? 引き受けて貰えるだろうか」
「いいさね。引き受けよう。どちらをどちらに渡せばいいんだい?」
姉さんはそう言うと、包を受け取り、懐に仕舞い込んだ。
「いずれも大きな違いはない。君達の判断に任せよう。それでは宜しく頼む」
「了解だ」
俺達はそう言って、ギルマスの部屋を後にした。
◇◆
俺達はギルドを出て、セインの家へとやってきていた。今日も今日とてエリオの姿はない。どうやら今日も教会へ赴いているらしい。
金を返した後、セインの出してくれた蜂蜜酒を飲みながら雑談に興じている。
体がこんなになって以来、初めて姉さんと一緒に酒を飲むが、ジョッキの半分ほど飲み終えただけで姉さんの顔が赤い。
どうやら酒に対する耐性がまだ培われていないようだ。このままでは酔いつぶれるのも遠くないかも知れない。
「というかお前いつも家にいるが、何をしてるんだ?」
「また唐突だね。冒険者を止めてエリオと二人でパン屋をやるんだよ。今はその準備をしているのさ」
「それはぜひ頑張ってくれ!」
「応援してます!」
俺達の食料のために。
「切実な所悪いけど、さすがの僕でもエリオに恨まれてまで、君達に配ったりしないからね?」
『ちっ』
俺とタイムの舌打ちが綺麗にハモる。そんな俺達をセインと姉さんが呆れたように見つめていた。
「この二人は短期間でどうしてこんなに似てきてるんだろう」
「あたしに聞かれても困るさね」
「それで二人はアカンサスへ行くんだったね」
「ああ、そうさね。そうだ。セインはネリネってやつを知らないかい?」
物はついでと言わんばかりに、姉さんがセインへ問いかける。セインは、人から頼られたいなら知識をみにつけるのが一番簡単だ、などと口にしていただけあって、博識である。
「ネリネ? ネリネ・ソーワートかな? 確かあそこの侯爵のご令嬢がそんな名前だったはずだよ」
「あー、すぐに分かるとは言ってましたけど、すぐに会えるとは言ってませんでしたね」
「道理で40ジールも出すわけだ。こりゃしてやられたね」
あの野郎……わざと紹介状渡さなかったな。
俺は重くなった気を紛らわすように、残っていた蜂蜜酒を一気に飲み干した。




