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第20話 月明かりの夜

「空が……暗い……」


 辛うじて魔法を防ぎきった後、俺は精も根も尽き果て、仰向けに寝転がっていた。

 暴風は山を削り取り、今では真上には空が広がっている。

 巻き上げられた瓦礫により、洞窟の道はふさがっており、帰るには瓦礫を撤去するか、山を登って帰るしか無い。


 これから山登りとか冗談じゃない。


「俺……今日は帰りたくない」

「……ソルトさんが帰ってくれないと私も帰れないんですが」

「もう、ここで一晩明かそう。どうせ帰っても家壊れてるしな」

「……そうでした」

「この程度で音を上げるとは軟弱者め」


 俺とタイムがそんなやり取りをしていると、リナリアがこちらを煽ってくる。

 リナリアはまだ余力を残しているようだが、正直俺としては今リナリアの相手をするのはとても億劫だ。


 俺はリナリアから視線を外し、エドガーの方へ目を向ける。

 エドガーも俺と同様、疲労困憊のようで地面に腰を下ろしていた。よくよく見れば、ところどころに裂傷が出来ている。自ら継戦能力を誇っていた人間があそこまで疲弊するのだから、あの襲撃者がどれほどの物か垣間見える。


 うん、だから俺のせいではないはずだ。


「お前はエドガー様に命令違反の件で怒られてこいよ。見た所、裂傷があって疲労困憊のようだが、お前のためなら喜んで時間を割いてくれるよ。その後褒めてもらえ、リナリアがいなかったら危なかったかもしれない。本当に感謝してる。だからエドガー様もきっと褒めてくれるはずだ。いいな、絶対に別々に時間を使わせろよ」

「あ、ああ……」


 思いがけずリナリアが勢いをなくし、素直に頷いた。もしかしてこちらが疲れている事を察してくれたのだろうか。もしそうなら俺の中のリナリアの評価が少し上がる。俺ちょろいな。


「止めたまえ、君は実に断り辛い嫌がらせを思いつくものだね。それに説教と言うのならば、私は君にも言いたいことがある」

「俺はあんたの部下じゃないんで、お断りだ」

「私に対しての遠慮が無くなったね。まぁそれは良い。説教も今は止めておこう。どの道、残りの報酬を渡す時に話すことになるだろうからね」

「ぐっ――」


 この男、どこまでも足元を見てきやがる。実に厄介だ。……絶対にいつか仕返ししてやる。


「ただ一つだけ聞いておきたい。本来あの魔法はどのようなものなのだね?」

「あーあれは、特定の範囲内のみで全てが発動するもんでね。本来は最初にあった一番外側の箇所が消えたりしないんだよ」


 そう、山を吹き飛ばすほどの暴風(ぼうりょく)を狭い範囲内で爆発させる。爺が俺に手本として見せた時は、大岩が砂へと変わっていた。

 俺はあの襲撃者を巻き込むために、その囲いをわざと取り除いたのだ。

 もっとも、俺自身その威力がここまでとは考えていなかった。今回こうして生きながらえているのは、ただただ運が良かっただけだ。


 爺がこの場にいたら間違いなく俺はただじゃ済まないな。少なくとも足腰立たないくらいにはされる。


「なるほど」


 エドガーはそれだけ言うと、押し黙った。何か思考を巡らせているらしい。

 そう言えばあいつは爺の魔法をよく知っているようだった。


『なぁタイム。お前はあいつを知っているか?』

『あの子のことですか? いいえ、私はよく知りませんけど、ソルトさんのお爺さんの知り合いじゃないですか?』

『ありそうだ……』


 あいつの目的がわからない。爺の知り合いだというのなら、もしかしたら盗まれた物の中に関係していた物があったのだろうか。


 あいつ俺を殺すって言ったな。出来れば二度と会いたくないな。


「そう言えば姉さんはどこへ行ったんだ?」


 体を起こし周囲を見回すと、姉さんは黙々と出口の瓦礫を取り除いていた。

 俺は姉さんの元へと近づくと、その後ろ姿に声を掛ける。


「姉さんなにしてるんだ?」

「見ての通りさね。ミントに何も言わずに出てきちまったからね。あたしは早く帰らないと行けないんだよ」

「瓦礫が奥の方まで入ったなら歩いたほうが早いんじゃないか?」


 どこまで奥へと行ったのかがわからない瓦礫より、多少低くなった山を登ったほうが、遠回りになるがきっと早い。

 瓦礫の方は下手をすれば数日作業である。


「なら尚の事除かないと駄目だね。二剣とクラリスの亡骸は消えて弔ってやれなかったけど、せめて残りの一剣の連中くらい弔ってやりたいだろう? 助かったのもあいつらのおかげさね」


 確かにそうだ。エドガーの件は置いておいても、彼らの所持金が無ければきっと死んでいた。

 俺も姉さんに倣い、瓦礫に手を伸ばす。


「俺も手伝うよ。なに、金は一杯溜め込んだからな。暫くは維持費もかからないし、何日だって付き合えるさ」

「……ソルトさん。それなんですが」

「どうしたんだよ。いや待て、聞かないほうが良い気がする」

「さっきの魔法と結界で力を使い果たしたみたいでして……」


 こいつは一体何を言っているんだろう。


「一日硬貨百枚で十分だって話だったよな? 貯めて置けるって言ったよな!?」

「力を使い過ぎるとダメとも言いましたよ?」

「くっ――」


 という事はなにか? あの規模の魔法一回に付き硬貨が一万枚以上必要だって言うのか? おいふざけるなよ。どれだけ能力が上がろうとそれじゃ意味ないじゃないか。


「これは極力魔法を使わないで戦わないとダメみたいだね、ってこりゃ聞こえてないかね」


 俺は瓦礫の上に崩れ落ちた。


◇◆


「くそっ! くそっ! くそっ!」


 どことも知れない遠い場所。月明かりだけが差し込む部屋の一角で、少年が周囲の物に当たり散らしていた。

 そんな少年のもとに、暗がりから一人の青年が近づく。


「戻って来るなりなんですか。荒れていますね。まさか失敗したのではないでしょうね?」

「はぁ? 誰に言ってんの? 僕が出て失敗なんかする訳無いじゃん。ちゃんと目的は果たしたよ」


 皮肉が込もったその声音に、少年が声を荒げる。その返答に青年はにこやかに微笑むが、瞳の奥では明らかに嘲りの色が浮かんでいた。


「ではどうしたのです? 彼のいないあの辺境であなたに敵う人間はいないのでしょう?」


 腕の傷に視線を向けられ、少年は慌てて腕の傷を隠す。


「お前の方こそ下調べはちゃんとしたのかよ! あいつの魔法を使うガキがいたぞ!」

「おかしいですね、彼に弟子などいなかったはずですが」


 平然と答えるその青年の考えを、少年は読み取れない。自らを騙しているのではないか、と考えながら疑いの目を向けている。


「面倒を見ているガキがいたんだろう? そいつじゃないのか?」

「その彼はもう大人ですよ。子供ではありません。パーティーに(オーガ)と見紛う女はいましたか?」

「いや、何それ、そんなのいんの?」

「ええ、あの辺りではそれなりに有名だそうですよ。まぁそれはともかく、一緒にいなかったのならばやはり別人でしょう。ですが、そうですね。そんな者がいるのならば障害になりかねませんね」

「そんな心配はいらないよ。次にあったら僕が殺すからね」


 少年は青年に対し、はっきりと宣言する。

 月が雲に覆われ、二人の姿は闇へと消えた。

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