第19話 エドガー・セイバリー
「おい、やばいんじゃないか!?」
リナリアのその叫びで、俺は当面の問題へと引き戻される。
暴れ狂う風が岩肌を削り取り、風とともに瓦礫が飛び交っていた。
確かにこの中心点から来る風の威力が最も高い。だが、周囲を巡る風と瓦礫もけして蔑ろにして良いものではなかった。
正面に絞ったのは失敗だった……ギルマスが結界はらなきゃ詰んでたな。
「反省は後にしたまえ。そんな事より結界は持ちそうかね? こちらは周囲を支えるだけで精一杯でね。君の状況を知っておきたい」
恐らく表情に出ていたのだろう。ギルマスの注意が飛んできた。
消耗が激しいのか、その額には汗が滲んでおり、苦悶の表情を浮かべている。
「タイム、どうだ?」
「――っ!」
返事らしい返事はなく、代わりに、三重に展開されていた結界の一枚が砕け散った。
このままでは魔法が収束する前にタイムが力尽きる。状況は芳しくない。
「おい、貴様も魔法が使えるのだろう? 結界は使えないのか?」
「俺とタイムじゃ力の源泉は一緒だからな。俺が使った所で、タイムの力を奪うだけだ。今の状況はどうにもならない」
《葬送の嵐》を使ったことで、俺達は疲弊してしまっている。
タイムの結界に回すだけで精一杯だ。
「ソルト君、この事態を打開した後、私の言うことを聞くつもりはあるかね?」
「は? こんな時に何を――」
「どうなんだね?」
俺の言葉を遮り、ギルマスが問い返してくる。その表情はまるで変わっておらず、考えが全く読めない。
姉さんの方に視線を向けるが、姉さんは呆れたように、こちらを見つめていた。
「ふざけてる場合か! あんただってただじゃすまないんだぞ!?」
「時間がないぞ、決断したまえ」
俺の言葉にギルマスは取り合うつもりは無いようだ。
正気か!? 自分の命がかかってるんだぞ!? そうまでして一体何をさせるつもりだ?
こんな嫌な予感しかしない条件なんて誰が飲むか!
「姉さん、何かないか!?」
俺の問いかけに、姉さんは何も言わず首横に振った。
「ここで終わるかね?」
「ぐっ……」
正気の沙汰とは思えない。だが、その眼の力強さから、それが本気なのだと言うことだけは伝わってくる。
その時、結界の二枚目が砕け散った。
こいつ、有利にことが進むならこんな事もするのか。
「……ソルトさん……もう……」
タイムが消え入りそうな声で、こちらへ呼びかけてきた。
「一つだ! 一つだけだ!」
「契約成立だ。先程預かったコンフリー君達の財布がある。これで足りるはずだ。使いたまえ」
エドガーが俺に財布を放ってくる。俺はそれを受け取ると、すぐさま財布の中身を腕輪に取り込んだ。
完全に頭から抜け落ちていた。よくよく考えれば冒険者の財布がジールばかりである訳がない。
という事はあれはエドガーの財布だったってことか。
「くそっ! 最悪だ! これは姉さんの手柄じゃないのかよ!」
俺は悪態を付きながら、結界を展開した。




