第1話 北の洞窟
「白の冒険者……ねぇ」
俺と姉さんは拠点としているパニカムの近くにある、北の洞窟へと向かっていた。目的は洞窟に魔物が住み着いていないか調査するためだ。
その道すがら俺は自分のギルドカードを取り出す。
手のひらサイズのそのカードには自分の名前と所属ギルド、そして年齢といった最低限の情報しか載っていない。魔法が込められているため、本人確認もでき身分証としては問題ないが、至って簡素なものである。
だがこれは三流冒険者の話だ。
これが一流冒険者となれば話は変わる。
カードに込められた魔法は、各ギルドのマスター、そして国王に認められれば紋章を浮かび上がらせるという。そうなると大層綺羅びやかになるそうだ。
話によればこのセンティッド王国では国から認められた紋章は翡翠に輝くらしい。
そして全ての国で認められた紋章は白く輝く。まだ到達した者のいないそれは、まさに冒険者の頂点と言えるだろう。
まぁ多くの冒険者は紋章の一部が浮かび上がるのがせいぜいで、その見目の悪さに不平をこぼすばかりである。
「なれるわきゃねぇ」
「なるんだよバカタレが」
姉さんが思い切り俺の頭を叩く。
「ただでさえ人数が少ないんだ。そんな油断してちゃ足元を掬われるよ」
「あーすまねぇ。それで最後の調査はいつだって?」
「十日前だ。そのときに魔力溜まりを排除したらしいから、まぁおそらく今回はなにもないだろうね」
「そりゃいい、楽な仕事で何よりだ」
この世界では大気中に魔力が満ちている。その魔力は濃くなると実体を持つ。それが魔物と呼ばれる存在だ。
洞窟や遺跡などではこの魔力が滞留し、吹き溜まりとなることがままある。その為、街や村の近くにある洞窟では、魔散石と呼ばれるアイテムを使って、定期的にこれを散らす必要があるわけだ。
この魔散石が消耗品で、運が悪いと割に合わなかったりする。最低報酬は保証されてるとはいえ、そんな事態になると、新米では手に負えなかったりするので、割と洒落にならない。
今向かっている洞窟なら、魔力溜まりが発生する頻度は大体月一回くらいだ。姉さんの言う通り楽な仕事だろう。
◆◇
「俺を騙しやがったなァァァァ!」
「つべこべ言わず集中しな! 死にたいのかい」
姉さんは盾でゴブリンの攻撃をはねのけ、生じた隙に剣を振り下ろす。
俺はその傍ら、時折、背後を取ろうとするゴブリンを確実に処理していく。
「あと何匹だ!?」
「四匹、いや三匹さね」
言いながら、転ばせたゴブリンの頭部を踏み砕いていた。
ドン引きだよ。
普通の人間が横に二人並ぶのがせいぜいの洞窟だ。いかに小柄なゴブリンと言えど、三匹並ぶのは難しい。そして二匹程度なら姉さんの敵ではない。
俺達は大過なく残りのゴブリンも仕留めきる。
「九匹か、それにしちゃあ手応えなかったね。普段のやつ一匹の方が強いんじゃないかい?」
「姉さんいくらなんでもそりゃ言い過ぎだ。三匹くらいは必要だろう」
周囲の警戒を続けながら、後始末を続けていく。剥ぎ取り用のナイフを取り出し、ゴブリンの死体にあてがった。
「元は魔力のくせに霧散しないんだから不思議なもんだよな」
「お偉い学者さんの話じゃ、一度生じた結果は不可逆なんだとか言ってたかね」
「……なんだそりゃ。まぁ俺達はその御蔭でこうして素材にありつけるんだから構いやしないがね」
「さて、終ったかい?」
「ああ」
剥ぎ取った素材を持ち前の袋にしまい、ナイフについた脂を綺麗に拭き取る。
「それで、奥へ進むのかい?」
「それが仕事さね。このゴブリンといいどこか妙だ。注意して進むよ」
「了解、それにしても魔物の姿はあれど宝はなしか」
「そりゃあ探索しつくされた、ただの洞窟だからね。目ぼしいものなんて残ってないさね」
「割に合わねぇ……」
「連携の確認も兼ねてるんだ、必要経費ってもんさ」
「そういうのは人数揃えてからにしようや」
「うるさい男だねぇ、元々はあんたが金が無いって言うから受けたんだろう?」
「姉さんがさんざん飲み喰いしたせいだからな!?」
酔いつぶれた姉さんを送り届けた先で、姉さんの妹であるミントちゃんに説教された。
自分の半分も生きていない子に正座させられた俺の身になって欲しい。
「ちょっとお待ち」
「どうかしたかい?」
「道が別れてるね」
「この道は一本道のはずだろ? 別の道が発見されたなんて報告は聞いてないぜ?」
「あたしもさね」
「どうすんだい?」
「出直したいところだけど、ここは新米もよくくる洞窟だからね。奥を確認するよ」
「そりゃ死亡フラグってやつだ。ここは穴を塞いで一旦出直そう」
「あんたのその度胸のなさは今度どうにかしようかね。つべこべ言わず奥を確認するよ」
サラッと死刑宣告が混じっているが華麗にスルーだ。あれは虎の出てくる藪だ。下手につついてはいけない。
「過信は禁物だ。俺だって……って、わかった、行くから剣をおろしてくれ」
無言で剣を突きつけられ、俺はわざとらしく両の手をあげ降参する。
俺達は更に狭い、人が一人通れるかどうかと言った道を、松明の明かりを頼りに警戒しながら進んでいく。
あっ、姉さんが引っかかった。
……洞窟広げてやがる、まじか。
俺も同じことを試みるが当然びくともしない。
「どうかしたかい?」
「なんでもないですよ?」
「なんで敬語だい。そこ、瓦礫が多いから注意しな」
さっきまでなかったけどな? それ壁だったやつだけどな?
道を抜けると、そこには家一軒が丸ごと収まりそうなほど広い空間が広がっていた。俺と姉さんは魔物が潜んでいないことを確認したあと、手分けしてこの半球状の空間を検めるが、特に変わったところは見つからなかった。
自然にできたとは思えない場所ではあるが、なにもないのであれば仕方がない。
俺達は警戒を緩め、中央付近で合流する。
「警戒してみたものの、拍子抜けだな」
「どうやら何もないようだね」
『ふっふっふ、ようやく来ましたね! 私の自由への道標! 絶対に逃しませんよ!』
突然の姿なき声とともに、俺と姉さんの体は閃光に包まれた。