第17話 乱戦
「おいおい、燃え尽きるより再生する方が早いのかよ」
「魔法で燃やされてる間も再生してたみたいだしね。あれくらいじゃ効果がないんだろうさ」
話していると、リナリアがこちへ戻ってきた。
ある程度回復したようで、その足取りは軽快だ。ただ、それと反比例するように表情は暗い。
ギルマスの目配せにリナリアは首を横に振る。
「そうか、残念だ」
ギルマスは祈る捧げるかの様に、僅かの間、目を閉じた。
「眼の前のあれを、どうにかしなければな」
ゴブリンマザーはその身を再生しながら、溶岩の中をゆっくりと進んでいる。
「先程はあと一息のようでした。それならばもう一度エドガー様に魔法を唱えて頂けば、良いのではないでしょうか」
「悪いが却下だ」
リナリアの提案を俺は即座に却下する。
「それともギルマスはもっと強力な魔法を持ってるんですかね?」
「残念ながら、先の魔法が私が使える中で最も強力なものだ。私はどちらかと言うと継戦能力を評価された人間なのでね」
それは分かる。あんた一日中戦ってられそうだしな。
現に今も全く疲れた様子がない。
「だそうだ。今ギルマスに無駄撃ちして貰っては困る」
「何故だ! 理由を言え」
「一剣と二剣をやった奴が潜んでるかもしれないからね。こっちの最高戦力のギルマスに、力を無駄に使わせる訳にはいかないだろう?」
俺の代わりに、姉さんがその問いに答える。
リナリアが縋るようにギルマスに目を向けるが、ギルマスも黙ってうなずいた。
「ならばどうすると言うのだ。貴様がどうにか出来るとでも言うつもりか?」
「ああ、そうだ。だから有り金全部出して貰おう」
一瞬の間の後、リナリアが肩を震わせ激昴する。
「ふざけるな! 金を強請ろうと言うのか。浅ましいにも程がある!」
「今のはソルトが悪いね」
『これはリナリアさんは悪くありませんよね』
あんたらうるさいよ。確かに今のは俺が悪かったさ。
ただ一人、ギルマスだけが真剣な目で俺を見据えている。
「なるほど、それで得心した。私もギルドマスターだ。町に居て、それなりによく名を聞く人間の実力くらい把握しているのだよ。能力を金で買ったのかね?」
「薬物……ですか」
「いや、違うだろうね。そんなものは聞いたことがない。それをやった者がそこにいるのだろう? 出てきたまえ。時間もない、誤魔化そうとは思わないことだ」
ギルマスが俺にはっきりと告げてきた。
『バレてますよ!?』
『……さっき魔法使った時か。しょうがない、タイム』
確かに、魔法を使う時、つい声を出してタイムに答えてしまった。
あれで確信したってことか? 本当にやりにくいな。
偶然手に入れた魔法道具で押し切ろうと思ってたんだが、完全に予定を崩されてしまった。
『良いんですか!?』
『時間がない。そろそろあちらさんも溶岩を抜けそうだ』
俺の言葉にタイムも観念して、腕輪から飛び出した。
「初めまして。タイムと言います」
「くっ――」
リナリアがすぐさまタイムへ剣を突きつける。
タイムは「ひっ」と小さく声を漏らし、体を震わせる。
「リナリア。止めたまえ」
「ですが!」
「時間がないのだ。二度は言わせないで欲しい」
「……はい」
「それでどうすれば良い?」
そう言ってギルマスが懐から財布を取り出した。
「それは――」
俺が最後まで言い終える前に、ギルマスはタイムに財布を放り駆け出した。
次の瞬間、それまで鳴る事のなかった剣戟が、洞窟内に鳴り響く。
「ありゃ、取れたと思ったんだけど、おじさん結構やるじゃん」
ギルマスが剣を向けるその先には一人の少年の姿があった。
上背は今の姉さんと同じくらいだろうか。白い短髪の少年だ。
「いやぁ、参った参った。逃げ出した一人が本当に面倒でさぁ。馬を方方に放ってまで逃げようとするなんて、ほんと困っちゃうよね。おかげで随分遠くまで追いかける羽目になっちゃったよ。ああ、そうそう、これは返しておくよ」
そう言って笑いながら、何かをこちらへ放った。
それは既に事切れた、一剣の最後の一人だ。
「そうか、君かね」
まるで感情が消え失せたかのような、ギルマスの冷たい声が響く。
「何? わざわざ口にしないと駄目? しょうがないなぁ。そうさ、僕が殺った。つまんない仕事だったよ。ああ、言っとくけど名乗らないよ? 怒られちゃうからね。僕怒られるの好きじゃないんだよ。あいつねちっこいからさぁ」
「目的は何かね」
「名前も名乗っちゃ駄目なのに、そんなの言う訳無いじゃん。わざと言ってる? そういうの苛つくからやめてくんない?」
本人の気性故か、随分とガードが緩い。あのまま話を続けていけば、ギルマスによって丸裸にされるのではないだろうか。
「向こうはギルマスに任せな! こっちも来るよ!」
「言われずとも分かっている!」
姉さんが叫びリナリアが応える。見ればゴブリンマザーが溶岩を抜け、今にも走り出そうとしていた。
姉さんとリナリアが剣を構える。
タイムは受け取った財布の口を開けている。
「ソルトさん……ジールばかりですよ」
「言ってる場合か! 急げ!」
「は、はい!」
腕輪のすぐ真上に飛び上がると、そこで財布をひっくり返した。
降り注ぐ金色の輝きが、腕輪に吸い込まれていく。
やばい、動悸がやばい。吐きそうだ。30ジール? もっと行った?
「ソルトさん?」
「お、おう、大丈夫だ」
最後の一枚が腕輪に吸い込まれ、俺の中で確信が生まれる。
――届いた――




