第16話 VS ゴブリンマザー
「さて、どう攻めたもんかね」
「まずは、首を落とす」
即断だった。
まぁ生物を相手取るなら、この上ない弱点の一つだろう。俺としても異論はない。
「じゃあ私達は援護を――」
「必要ない。君達はリナリアを気をつけてやってくれたまえ」
そう言うな否や、ギルマスがゴブリンマザーへ向けて疾走する。
正面から近づいてくるギルマスを遠ざけようと、ゴブリンマザーが腕を横に払う。
だが、ギルマスは当然のようにその腕を潜り抜け、剣を一閃した。
ゴトッという音とともに、ゴブリンマザーの首が滑り落ちる。身体もそれにつられるかのようにうつ伏せに倒れ伏した。
それを横目に伺いつつ、ギルマスは即座にそれから距離をとっている。
「やったかね」
「いや、残念ながらまだのようだね」
直後、落ちた頭部からはゴブリンが生まれ、ゴブリンマザーの頭部が再生する。
自身に向かってくるゴブリンを、ギルマスは即座に切り伏せた。
『あれずるくないですか? きりがないじゃないですか』
『確かにな、でも愚痴ってたってしょうがない。なにか弱点とか見えたりしないのか?』
『んー。あの能力を除けば、ここにいる誰よりも弱いんですよね』
『そうか……』
本当に厄介だ。
いくら相手が弱くとも、こちらは延々と戦ってはいられない。体力もそうだが、何より武器が摩耗していく。
現にギルマスの持つ騎士剣は、徐々にその切れ味を鈍らせていた。
そんな事を思っていると、ギルマスが剣を寝かせ、剣身に指を滑らせる。
すると、剣身に炎が走り、次に振るわれた一撃は、切れ味を取り戻していた。
どうやら何らかの魔法を込めたようだ。
「切れ味、戻ってやがる……」
「便利な魔法だねぇ」
リナリアを任せる、みたいな事を言っていたが、ゴブリンマザーを相手取りながら、増殖するゴブリンを次から次に、ギルマス自身が屠っている。
俺と姉さんも警戒こそしているが、正直やることがない。
『……もうあの人に任せて私達は帰っても良いんじゃないですか?』
『いや、駄目だろ。俺も少しそんな気になるが駄目だろ』
そんなやり取りをしていると、ギルマスがこちらへ合流する。
「このままではジリ貧だね。ソルト君、フェンネル君、今から攻勢をかける。少しの間代わりに持ちこたえて貰えるだろうか」
「了解さね」
「合図をしたら離れてくれたまえ」
「……そういやぁ本職は魔道士でしたっけね」
あまりに見事に接近戦をこなすせいで失念しかかっていた。
「ソルト、行くよ」
「はいよ」
景気よく返事をしたものの、ギルマスの要望はあくまで耐える事なので、俺達の方から無闇に仕掛けることはしない。
下手に敵を増やしても仕方がないからだ。
そうして、俺達が一定の距離を保っていると、ゴブリンマザーが自らの腕を傷つけ、その腕を姉さんに向けて振るった。
姉さんがそれを盾で防ごうと身構える。
「駄目だ! 避けろ!」
俺が叫ぶが、間に合わない。
姉さんの身体にゴブリンの血しぶきが降りかかる。それらはゴブリンへと変質し、姉さんが埋もれていく。
それらを振りほどこうともがいているようだが、思うように動けないらしく、振り払えないでいる。
「くっ」
「姉さん! 息を止めろ!」
『どうするんです!?』
「こうするんだよ! 《水流陣》」
姉さんのいる位置を起点とし、地面に魔法陣が現れる。
魔法陣は光を放つと、そこから水の渦が立ち昇り、姉さん共々その渦に巻き込むことで、ゴブリンを引き剥がす。
俺は引き剥がされたゴブリンを、一体ずつ仕留めていった。
『ちょっと、大丈夫なんですか!?』
『大丈夫だよ、威力抑えてるしな。まぁ、おかげでゴブリンの方は仕留めきれなかったけどな』
「助かったよ。油断したね」
姉さんがうずくまりながら咳き込む。
「十分だ。そのまま離れているといい」
ギルマスが剣を振り下ろすと、ゴブリンマザーを囲むように無数の魔法陣が展開していく。
魔法陣一つ一つから紅炎が発生し、ゴブリンマザーを包み込んでいった。
炎がゴブリンマザーを焼き尽くしていく。その速度はゴブリンマザーの回復速度を上回っているらしく、徐々に身体が焼け落ちていった。
やがてゴブリンマザーが膝をつくと、炎は激しく渦を巻きながら立ち上り消え去った。
炎が消滅すると、その後には溶岩へと変わった地面と、ほぼ原型の残っていないゴブリンマザーが残されていた。
『ソルトさん、まだです!』
「……あれでも倒しきれないか」
タイムが叫び、ギルマスが苦い顔をする。
俺達の目の前で、僅かに残った肉塊が、溶岩の中で再びその形を取り戻し始めていた。