第161話 品評会④
俺達は今舞台裏にいる。急遽敷設された物だからか、やたらと荷物で溢れていた。中には人が入れそうなほど大きな荷物まであり、待機スペースとしては若干狭い。
カナリアはと言えば、てっきりギリギリまで衣装を調整したりするものかと思っていたのだが、早々に関係者用のスペースへと向かってしまった。ただ、俺達以外の参加者は、調整する者が大半なようなので、カナリアが特殊なだけかもしれない。
周囲には俺達同様に、参加者が控えている。舞台の方から司会を務める人間が、開会を宣言しているのが聞こえてきた。想像とは裏腹に、大いに盛り上がっているようだ。
「結局この後はどうするんですか?」
どうもこうも、結局大したことはそんなに聞けていない。結局時間切れとなり、イグニスのやつは何処かへ行ってしまった。陰謀を張り巡らせてるくせに、どいつもこいつも俺への対応がお座なりすぎじゃないだろうか。一体どれだけ当てにされていないのか。
当然のことながら、俺達のすぐ傍にはアレインが控えている。
アレインのやつは、相変わらず不満を隠そうとすらしていない。果たしてこいつに品評会のモデルなど務まるのだろうか。
とは言え、そんなアレインの様子を、チラチラ伺っている参加者も一定数存在していた。どうやら、アレインの容姿も相まって、幾人かの参加者からライバル視されている様だ。
俺としては、不必要に苛立たせる真似をしないで貰いたい。が、そんな事を口に出して言えるわけもなく、密かにアレインの様子をうかがう。そこでアレインと視線がかち合った。口にこそしないが、「いつか殺す、話しかけても殺す」と目で訴えている。
「……さぁ?」
俺は即座に視線をそらし、問題を放り出す。
「さぁって、そんな事でいいんですか!?」
「良いとは言えないが……まぁいざとなればそこにいるしな」
俺は視線を向けず、タイムにそう促した。
「そんなに気になるなら、お前が聞き出してこい」
「あっ、私全然気にならないので。黙ってついていきますね」
予想通り、タイムも即座に意見を翻す。まぁこいつはそうだろう。アレインに関しては、ルミナも期待できない。
「良いではないですか。少なくとも為すべき指針は聞けました。それ以外は自由に動いてよいのだと考えましょう」
アレインに対して、あからさまな当てこすりはやめて貰いたい。こんな中で計画を進めるのか、あっ、駄目だ、帰りてぇ。
頭にそんな考えが過ぎった瞬間、体中に激痛が走り、俺は思わず膝をつく。
まさか、こんな軽口程度のことが反応した!? いや、落ち着け俺。この程度の考えはいつだって頭に渦巻いている。つまり、そんなことはありえない。なら一体どうして?
自分の中を直接かき回されたような不快感と、今にも気を失いかねないほどの痛みが身体を巡っている。知識として抑えていれば、多少なりとも耐えられると思っていたが、完全に甘く見ていた。こんな痛みを耐えられる人間は普通じゃない。
『ご主人さま、大丈夫ですか?』
『……トリプトの野郎が何をしたかわかるか? まさか、この痛みが間違いでしたってわけでもないだろう?』
痛みで語調が荒くなっていたらしく、ルミナが一瞬驚いたようにビクリと体を震わせた。
『……いいえ、ご主人さま。そちらではありませんわ。タイムさん本人も気付いていないようですから、私でなければ見落としていたところです。私でなければ』
……こいつもだんだん自己主張が激しくなってきたな。タイムの影響か? ……いや、気を使わせた訳か。
その程度のことで気が紛れるほど、生半可な痛みでもない。ただ、やせ我慢くらいはする気にもなる。
俺は一度息を吐きだし、努めて普段どおりに振る舞う。
『いいから早く続きを言え、一刻を争う状況だろうが』
『こほん、確かに。今働いたのは、タイムさんにかけられた呪いの方ですわ。この呪いは私達の行動を制限すると言うより、もっと違うなにか……いいえ、確証のないことは今はおいておきましょう。とにかく今は彼らが動いているということを、肝に銘じてください』
『……わかってる』
立ち上がって顔を上げると、先程まで騒いでいたタイムが、不安そうにこちらを見ていた。
そんなタイムを見て、俺はわざとらしくため息を吐いた。
『ばか。お前の存在は爺の仕込みだ。お前に呪いがかけられてるってことは、いわば相手が爺を上回ったに等しいんだ。今のお前の実力で気に病むこと自体、思い上がりも甚だしいんだよ』
そう言って、俺はタイムを何度も小突く。
「いたっ、いたっ! 無言で小突くのやめてください!」
一瞬呆けた後、タイムは頭を抱えながら、俺から逃げるように離れていく。
「ちっ」
俺達のやり取りを見て、アレインが小さく舌打ちした。
不意に懐かしさを覚え、俺は思わずアレインに視線を向ける。すると、殺意のこもった視線で睨み返され、俺は慌てて視線をそらす。
『どうかしたんですか?』
『……いや、なんでもない』
そう言えば、昔いた孤児院にもあんな感じで、俺に対してよく舌打ちするやつがいたっけな。もっとも、あいつは男だったけどな。
そうこうしているうちに、参加者が少しずつ舞台に進み始める。
「おっ、どうやら始まったようだな。ところでうちの出番はいつなんだ?」
「タイムさんが知ってるのでは?」
「えっ? ソルトさんが聞いてるんですよね?」
俺達三人は、無言で互いの顔を見合わせる。
『……よし、タイムはアレインについていけ。遅れるなよ』
『あっ、これ絶対後で叱られるやつですね』
タイムは悟りを開いたような表情を浮かべ、アレインの後方で待機する。
そんな平和的に終わるなら、それが一番だろ。
俺は心の中でそうぼやいた。
◆◇
ここは広場の側に有る、舞台が一望できる部屋の一室。窓から広場を見下ろすトリプトの傍には、イグニスが控えている。
「あちらは動くでしょうか」
「動くとも、あちらの手駒は極僅か。素直に降れば良いものを、未だに玉座にしがみつく愚物共だ。これが最後の機会ともなれば、動かぬ道理はない」
イグニスの疑問に、トリプトは確信を持って答えた。
トリプトは、すでに王国の権力の大半を手中に納めている。だが、それまでがあまりに順調に行きすぎたがために、派閥内の貴族達に、いつでも王家を排除できると言う考えを植え付けてしまった。その結果、派閥の中に、このままで良いのでは、と言い出す者が現れ始めた。あろうことか、瞬く間にその考えは一定の支持を得てしまっていた。
実際に手が届く、その段階になって彼らは思い至ったのだろう。
このまま千年にも渡り栄えた王家を、自分たちが排除して良いのだろうか、と。
千年という歳月を、軽くみていたつもりはなかった。しかし、それはまだまだ足りていなかったのだと思い知らされている。
派閥を作る際、ことを急ぎすぎたために、そう言った覚悟の足りないものに、力を持たせすぎてしまったことが原因だった。迂闊に国王に手を伸ばせば、派閥の瓦解を招きかねず、膠着状態が続いている。
ただ、これらの事は別に偶然に起こった訳ではない。そうなる様に手引きした者が居たためだ。今国王から重用されている、カイエルとエドガーの二人である。
「この忌々しい膠着状態にも、ようやく終止符が打てると言う訳だ。しかし、エドガーめが動けないと言うのはともかく、その理由が理由とあっては、手放しでは喜べんな。いよいよ持って今日を逃す訳にはいかなくなった」
長期戦を視野に入れていた双方の派閥に、短期決着を決意させた原因だ。ジキスさえ敗北したと言うのだから、その脅威度は計り知れない。
「あれはどうしている」
「予定通り品評会に参加しております。ご命令通り、伝える情報も最低限に留めております。ですが、本当に宜しかったのですか?」
「構わん。仮にもジルクニフの後継よ。聞けば適正に欠けておっただけで、条件さえ整えばジルクニフの秘術さえ操ってみせたそうではないか。あまり欲を見せては、虎の尾を踏むことになる。エドガーの手札を、一枚弱めた。それで良しとすべきであろうよ」
未知数である本人もさることながら、一番の問題はサリッサだ。この王都であれを良いように利用すれば、サリッサの介入を招く。トリプトにとってそれは、何としても避けねばならないことだ。
今でさえラインを踏み越えている自覚があるのだ。この上何かを強要すれば、サリッサも黙っていまい。
「それに、あれはこちらの障害とはなり得ぬよ」
そう言って、トリプトは広場を見下ろしながら、薄い笑みを浮かべた。