第160話 品評会③
「つまり、私たちのどちらかが、彼女と一緒に出場するというわけですわね。良いでしょう、私は別に構いませんわ」
乗り気……ってわけじゃないな、これ。まさかこいつ、壇上で仕返しする気じゃないだろうな。
やっても精々足を引っ張るくらいだろうが、それでも壇上に立たせる訳にはいくまい。
『タイム』
分かってるな、と言う意味を込め、俺はタイムに声をかける。
『ええ、分かってます。だから、そろそろ手を離してもらえませんか?』
『……逃げるなよ?』
『……と、当然じゃないですか』
既に挙動不審である。
まぁいい、どうせその気になれば、いつだって腕輪へ逃げ込めるんだから、掴んでるだけ無駄だ。
俺はタイムと、ついでにルミナのやつも解放してやる。
「あいたー!」
俺の手から解放された途端、タイムは光の檻に阻まれていた。どうやらそこに頭をぶつけたらしい。ぶつけた額を抑えながら、光の檻の中でのたうちまわっている。
「ご主人様、この子を簡単に信じてはいけませんわよ?」
「……タイム……お前」
「先に忠告しておきますけれど、腕輪に戻ったら引きずり出しますわ」
「いーやーでーすー。見せ物になるのはいーやーでーすー」
「安心しろ、既に十分見せ物だ」
ここは舞台の傍であって、控室でもなんでもない。当然、周囲は見物客で賑わっており、大騒ぎするタイムは注目の的だ。
カナリアと、軍服のイグニスの姿がある為か、立ち止まって、あからさまにこちらの様子を伺っているものはいない。とは言え、この状況が周囲の関心を十二分に買っていることは間違いなかった。
ついでに言えば、アレインのやつが周囲には見えない様にしつつも、今にも殺しかかってきそうな目で、こちらを睨んでいる。
試す気はさらさらないが、あれはもう一押しだと思う。俺と同様の視線を浴びせられながら、普段通りのタイムは、存外大物かもしれない。
「ちょっと!? 考え事しながら引き渡さないでください! せめて檻から出して貰えません!?」
「約束していた手前申し訳ないんだが、今回はこいつだけで勘弁してもらいたい」
カナリアは俺の言葉を聞くと、アレインとルミナを見比べ、ため息をついた。
「仕方ないわね。今回は勘弁してあげる。でもこれは貸しよ? 今度ちゃんと返してちょうだい」
「あー、そいつはエドガーのやつに、つけておいてくれ」
「あら、そう言うズルはダメよ。エドガーちゃんにだって、ちゃんと返してもらうんだから」
「……まぁ、考えとくよ」
「ええ、期待してるわ。じゃあ控え室へ行きましょうか。そこで品評会の流れを説明してあげる」
カナリアはそう言うと、舞台の左脇の方へと歩き始めた。そちらに控室があるのだろう。その後に従って、アレインとイグニスの二人も歩き出す。
「と言う訳だ。ルミナは俺と一緒に待機だな」
「別に足を引っ張ったりなど致しませんでしたのに。ですが、結構です。ご主人様の意向に従いますわ」
ルミナが不満そうに唇を尖らせながら、了承する。
そんなやりとりをしている俺たちの元へ、射程に差し掛かったタイムの「あっ、待って、待ってください、ソルトさん!? ソルトさん!?」などと言う悲鳴が聞こえてきた。
♦︎♢
カナリアの後を追ったそこには、大きな天幕が張られていた。その辺にある民家程度なら2、3軒はすっぽりと収まりそうだ。どうやらこの天幕を控え室の代わりにしているらしい。
よくもまぁこんな場所に、天幕なんか張ったもんだ。しかも、これが片隅に建てられるっていのがまたバカげてる。この広場を縦断するだけで、半刻は必要なんじゃないか?
その天幕の入り口傍には、先に向かったイグニスの姿があった。タイムの悲鳴も聞こえてこない様なので、俺達はとりあえずイグニスに話を伺うことに決めた。
俺達がイグニスへ近くと、何やらほっとした様子で、向こうから声をかけてきた。
「ああ良かった、てっきり姿を消されたのかと思いましたよ。使い魔も何やら自信がなさそうでしたし」
なるほど、実際に一人で取り残されると心細いらしい。
自身の射程のことを理解しつつも、「もしかして私の知らない何かが」などと勘繰っているタイムが容易に想像できる。
「まさか。そんな事はしませんよ。それよりなんでこんな所に?」
「なぜも何も、中ではご婦人方が着替えておられる訳ですからね。男の私はここで居残りという訳です」
一瞬、そりゃそうだと思いかけたが、よくよく考えれば、入れないという事はないはずだ。カナリアの口ぶりからすれば、参加者には男もいるはずだし、何よりカナリア自身男である。
それに、それならばイグニスと同じ立場の者がいてもおかしくないはずだが、周囲には警備くらいしかいない。
「逆にお尋ねしますが、ソルトさんは団長殿がいる天幕へ入りたいと思いますか?」
いかにも腑に落ちないと言った様子の俺に対し、イグニスが問いかけてくる。その質問で、俺はようやく得心がいった。
なるほど、そりゃそうだ。たとえそれが許されていたとしても、後々を考えれば俺だってそれは避ける。
「ご理解頂けた様で何よりです。任務でもなければ、私としても避けたいのですよ」
「じゃあ俺もそうしますかね」
本来なら中に入って、大まかな流れをカナリヤに確認しておきたかったが、俺としてもイグニスと同様の懸念がある。
「ところで、イグニスさんは品評会の流れをご存知ですの?」
イグニスに確認しようと思ったところ、先にルミナがイグニスへ問いかけた。
「ええ一通り存じています。そうですね。この時間を使って私からご説明しましょう」
ルミナの質問を受け、イグニスが品評会の説明をしていく。
その説明によると、審査には一次審査と二次審査があるらしい。一次審査は縫製や、意匠と言った、服の良し悪しを競う。二次審査は実際に衣装を身に纏って人間が舞台上で競い、一次と二次の合計点で優秀者を決めるのだそうだ。
一次はすでに終えているらしく、実際に観客が目にするのは二次審査だけらしい。
「競うとは何を競うんですの?」
「大した事ではありません。演者が舞台を歩き、選ばれた観客が良かったものに対して投票する。それだけです」
「それは……なんと言うか……」
とてもつまらなさそうだ、と言いそうにったが、かろうじて俺はその言葉を飲み込む。俺がそう感じたからと言って、誰もがそうとは限らない。刺さる人間には刺さるのだろう。
まぁそうは言っても、民衆の不安を取り除くほどとは思えないが。
「おっしゃりたい事はわかります。あまり大衆受けはしないでしょうね。何分陛下をはじめとした国賓の方々がいらっしゃいますから、あまり下世話な事はできないのです。でも良いのですよ。おそらく大半の民衆の目的は陛下を間近で見ようと言うものでしょうからね」
「なるほど……いくら権勢が衰えようが、民衆にとっては雲の上の存在だもんな」
俺の不敬な言葉に、イグニスは曖昧な笑みを浮かべ、「まぁそう言う事です」とうなずいた。
「今はそのようなことどうでも良いのです!」
「いや、そもそもお前が聞いたんだよ。難癖つけるのもいいかげんにしろ。さては落ち着いたように見えて、まだ頭に血が上ってんな?」
俺はルミナを抑えつけながら、イグニスに詫びを入れる。
「でもまぁ、俺としても本題に入りたいね。あんたが着たのはそのためなんだろう?」
「そうですね。ここではなんですから、少し移動しましょうか」
イグニスが警備を一瞥すると、俺達に付いてくるよう促す。俺もそれに応え、歩き始めようとしたその時、
「あっ、今何やら悪寒がしました! 動かないでくださいよ!?」
おっと忘れてた。それにしても、勘のいいヤツ。