第159話 品評会②
「一応聞くが、あんたは誰だ?」
念のためそう尋ねるも、特にその必要性は感じていなかった。
この顔は見たことある。気を失ったルミナを俺たちのところへ持ってきたやつだ。
それに何より、その騎士が現れてからと言うもの、ルミナの機嫌が一気に悪くなったと言うのもある。
話に聞く限り、完全に八つ当たりだろうとは思うのだが、ここは突っ込まないでおこう。
『……』
『無言で息遣いだけよこすのはやめろ。言っておくけど、暴れるなよ?』
『……』
何か言えよ、と言いたいところをグッと堪える。本人から自制しているのだから、俺が藪を突いてもろくな事にはなるまい。
「トリプト様が任されているルチル騎士団にて、副団長を務めております。イグニス=バウムと申します」
「証拠は? 証拠はありますの? こう言った場合は証をた――」
ルミナがそこまで口にしたところで、俺はルミナを払い除ける。払いのけられたルミナを、手早くタイムが取り押さえていた。
「やめろバカ、回りくどい責め方しやがって」
俺はイグニスへ向き直ると、なるべく低姿勢で話しかける。
「すみませんね。どうも一方的にやられたのを引きずってるみたいで」
「……はは、わかりますよ。私も団長殿にはほとほと困っておりまして……あの方は昔から……おっと、これは内密にお願いします」
その声にはやたらと実感がこもっており、どうやらこれに関しては嘘ではないらしい。よく見ると目の下には薄っすらとくまが浮かんでいる。
トリプトの小間使いとはいえ、少し同情したくなってくるな。
「さて、参りましょうか。きっとカナリアさんも今か今かとお待ちですよ」
そう言うと、イグニスは舞台の方へを歩き始める。
『なんの意外性もありませんでしたわね。案内は必要ないのではありませんか?』
『……やめろ、今こいつを撒いた所で、なんの得もないだろうが』
俺はルミナを一蹴し、大人しくイグニスの後をついていく。
『私の自尊心が癒されますわ』
『直球できたな……やるなよ?』
『おや、ほんとにカナリアさんがいましたよ。なんだかそわそわしてますね』
『……そりゃそうだろうよ』
一応連絡はいっているんだろうが、当日まで一切の接触ができなかったとなれば、向こうとて気が気ではあるまい。むしろ代役を立てていないのが不思議ですらある。
カナリアの方も俺たちに気付いたらしく、手を振りながらこちらへと駆け寄ってくる。
「圧が……圧が凄いですわ」
心底嫌そうにルミナがぼやく。
「あっらーよかったわ。このまま来ないんじゃないかて心配してたのよ。ソルトちゃんも、タイムちゃんも、それにルミナちゃんも、ちゃんと来てくれて安心したわ。ほら、リナリアちゃんと違って二人は替えが効かないでしょ? ほんと不安だったのよねぇ」
カナリアがそう声をかけてきた瞬間、何かがぶつかる鈍い音が響く。見ればタイムとルミナの二人が、腕輪の傍で頭を押さえていた。
「いたた……ちょっとタイムさん今何をしようとしてましたの!?」
「それはこっちのセリフですよ! さては逃げようとしてましたね!?」
自分のことを棚に上げる二人を俺は無言で掴む。
「ご主人様お待ちください」
「ソルトさん待ってください」
「「誤解です」」
「それで本当に言い逃れられると思ってるなら、お前らには後で話がある」
「カナリアさんお待たせしました。もう少し早くご案内できればよかったのですが……」
「いいのよ。こうしてちゃんと連れてきてくれたんだから、イグニスちゃんには感謝してるわ」
俺たちのことはお構いなしといった様子で、カナリアとイグニスが挨拶を交わしている。一切動じた様子が見られないあたり、こう言う騒がしい状況には慣れているのかもしれない。
「顔を出せなくて悪かった。俺たちの方もいろいろあってね」
「気にしないでちょうだい。国王様の頼みだもの。こっちを優先されたら私の方が困っちゃうもの」
「それでリナリアはもう来てるのか?」
俺が尋ねると、カナリアは何やらイグニスへ目配せする。それに対しイグニスは無言でうなずいた。
「リナリアちゃんなら来てないわ。その様子じゃまだ聞いてないのね。詳しい話はイグニスちゃんから聞けば良いと思うわ。きっと教えてくれるから」
カナリアはそこまで言うと、いったん言葉を切り、イグニスに対し「そうよね?」と念を押す。
「どう言うことだ?」
俺が問いかけると、イグニスは困った様な顔を浮かべ、自分の知っていることを語り始めた。イグニスが知っているのは、エドガー達がパニカムへと移動を始めたところまでらしい。
怪我人を抱えての強行軍か……そうなるとまだパニカムにさえ到着してないかもしれないな。そうなると、頼れるのは……いやいや、それだけはないな。
俺は頭に浮かんだエリオの顔を振り払う。
「我々の立場からこんなことを言っても信じて貰えないかもしれませんが、閣下は決してあなたとの約束を破ったわけではありません」
「そ――」
「それを信じろと? 本気でおっしゃられてますの?」
ルミナが俺を遮る形で割って入った。
ジキスまでやられたのだ。確証はないが、俺はイグニスの言葉を信じても良いと思っている。今の情勢でギルドマスターまで行動不能にするのは、トリプトにとってメリットがあるとは思えないからだ。ルミナとてその可能性を視野に入れていないはずもない。
『いいから、ご主人様は黙っていてくださいまし』
俺が口を出そうとしたのを感じ取ったのか、機先を制する様にルミナがそう告げてきた。
「はい、それが難しいことであることは重々承知しています。ですが、誓って嘘偽りではございません」
「申し訳ありませんが、信じられませんわ」
『何か狙いがあるんだと思いますけど、この体勢で真面目な会話ができるのって才能ですよね』
ルミナと同様、俺の手につかまれたままのタイムが、完全に諦めた様に項垂れたまま話しかけてきた。
それに関してはイグニスのやつも大概だと思う。
そんなことを考えていると、背筋に寒気を感じ、俺は思わず振り返る。するとそこには、一人の獣人の女性の姿があった。
その女性を見た瞬間、俺の手に掴まれたルミナが身を硬らせる。それによって、俺はこの女が誰であるのかを悟った。
「どうした? 何か揉め事か?」
確かアレインだったか……まぁ副団長がここにいるんだ。団長も居たって不思議じゃないか。それにしても……なるほど、会わない方が良いって言ってたのはこのせいか。
アレインは明らかに俺に対し、敵意を抱いている。こんな人通りの多い場所で、要職についた人間がそれを隠そうともしていない辺り、相当な物だろう。
「団長!」
その敵意を感じ取ったイグニスが、アレインに対し釘を刺す。
「騒ぐな、心得ている」
アレインは、一瞬の間の後、深く息を吐き出し、絞り出す様にそう告げた。
そこそこ付き合いの長そうな副団長が、わざわざ釘を刺すほどかよ。極力近づかない方が良さそうだな。
そもそも、俺には恨まれる理由にまったく心当たりがないのだ。下手に声をかければ、無用に刺激することにもなりかねない。
「ところでカナリア……まさかとは思うが……」
「ご明察、アレインちゃんにはリナリアの代役を頼んだのよ」
カナリアが欠場するのは、トリプトにとっても都合が悪かったのだろう。体のラインが色濃く出るその青のドレスは、リナリアが着るよりアレインの方がしっくりくる。結果的に、カナリアにとってはよかったのかもしれない。ただ、この先のことを考えると、非常に頭が痛い。
……まじかよ。