第158話 品評会①
『ソルトさん、気をつけてください。ここなんだか変です』
『変?』
馬車を降りて、開口一番にタイムがそう告げてきた。俺はすぐさまあたりを確認する。ここはグロリオーサの西門に近い広場だ。その一角には品評会様となる舞台が敷設されている。広場の内周には所狭しと屋台が立ち並んでおり、多くの民衆で賑わっていた。
一通りぐるっと見回してみたが、人の多さに圧倒されこそするものの、特に目立っておかしな点は見られない。強いて挙げるなら、品評会だと言うのに展示物が影も形も見られないことだろうか。
『確かに変といえば変だが、カナリアもモデルを探していた訳だし、あの敷設された壇上で何か競う様なことをやるんだろう』
『ご主人さま、そうではありませんわ。タイムさんが言っているのは腕輪に反応があると言うことです』
俺の返事はまるで見当違いだったらしく、すかさずルミナがそれを訂正する。
『つまり、ここにもいるかもしれないのか……幾ら何でも出来すぎじゃないのか』
この大陸は広い。いくら爺のやることとはいえ、そう順調に事が運ぶとは考えていなかった。だがこのまま行けばそう遠くないうちに、爺の用意した使い魔は揃ってしまいそうだ。それが悪いと言うことではないが、あまり上手くいきすぎるのもかえって不安になってくる。
負担がとんでもないことになりそうだな……いや、まだそうと決まった訳じゃないか。
タイムやルミナが何かを感じ取ったところで、今の所参考にできる前例は一件しかない。今回もそうと決めつけて動くのは流石に早計だ。とはいえ、可能性があるならば調べない訳にもいかない。
だがトリプトを利用してる奴がいそうなんだよな。姉さん達と合流してから……難しいな。
俺はトリプトが見せた光景のその先を知らない。エドガーも一緒なのだ。そうそう遅れをとりはしないだろうが、それでも当てにできるかどうかは微妙なところだろう。
俺は隣にいるエリオを一瞥する。
いやいや、今更頼れないだろ。そもそもこいつは前衛じゃない。下手をすればそれが永久の別れにもなりかねない。こいつなら死にそうにないしまぁいいかとも思えるんだが。
エリオからタイムへと視線を移し、そんなことを考えていると、タイムが何かを感じたのか身震いしながら、こちらへ視線を向けてきた。
「何かよからぬことを考えてますね!? 言わなくてもわかりますよ!?」
「……射程制限が問題だな」
「何をさせる気なんです!?」
「いや、なんでもない」
そんなやりとりをする俺たちを、エリオがじっと見つめてくる。
「な、なんだよ」
「呪いに揺らぎが感じられます。もしかしたらここにその呪いを仕掛けた人物がいるかもしれませんよ」
「お、おう」
そりゃいるだろうよ、とも言えず俺は曖昧な返事を返す。そもそもエリオにはなんら詳細を話していないのだ。無駄話で完全に機会を逸してしまった。まぁ、そも巻き込まないと決めたのだから、別にそのこと自体に後悔はない。
ただ、早速役に立ちましたよとでも言わんばかりに、少し得意げなエリオの様子は、こちらからは少し哀れに見える。
「ん? いや、待て。そんなことまでわかるのか?」
「はい、と言いたいところですが、あくまでも可能性です。術者がそばにいる時、もしくは術者から離れた時、その影響を受け呪いに揺らぎを感じ取れることがあるのです。ただ、呪いに影響を与える要因、例えば呪いがある者を殺害しろなどの場合、呪いの対象に近づいた時にも揺らぐため、絶対とは言えません」
「なるほどな、そこまでは知らなかった」
言われてみればもっともだと思える。とは言え、神官でもなければそこまで緻密に感じ取ることはできないので、俺がそれを役立てられる日は来ないかもしれない。
「それは、どちらのですの?」
俺がそんな事を考えていると、ルミナがエリオへ問いかける。エリオはルミナを正面から見据えると、一呼吸してから、
「どちらも、ですよ」
神妙な面持ちでそう答えた。その言葉を聞いた瞬間、背筋に冷たいものが走り、俺は慌てて確認する。
「はっ!? 待て待て待て、どう言うことだ!?」
「どうもこうも、そういう事ですわ。タイムさんを呪った方もこの場にいるという事です」
「意義ありです! 不当に私の責任を増やす発言は認められませんよ!」
「意義を却下しますわ」
ルミナの発言に間髪入れずタイムが噛み付く。ルミナはタイムに取り合うことなく、あっさり切って捨てた。
元々の呪いは効果がわからないとは言え、タイムにかけられていたのだ。その対象はどうせ爺関連の事だろう。ならば、この場にある何かに反応した可能性の方がはるかに高いはずだ。ルミナがそのことに気づかないはずもない。大方誰が聞いているかもわからないこの場で、声に出したくはないといったところだろうか。たとえそれが悪あがきでしなかったとしてもである。
「止めろ、お前たちに二人揃って騒がれると目立つんだよ。あまりタイムをからかうんじゃない」
「そもそも今の話ならーー」
俺はタイムが言い終える前に口をふさぐ様にして体ごと片手で掴む。その行為がさしたる意味を持たない事を重々承知している為、即座に言葉で補足する。
『いいから黙れ』
『なんで私なんです!? 理不尽っ!』
『お黙りなさい。この場でそれを口に出すことは許しませんわよ。相手が気づいている可能性は高いとは言え、こちらから隙を増やす必要はありませんからね』
『そういう事だ』
タイムが一応の納得を見せたところで、手にしていたタイムを解放する。俺の手から解放されたタイムは、俺と距離を取り、乱れた髪や服装を整えている。
『ご主人様もです。其の者がここにある何かを狙っているのなら、入手するために動くはずです。油断は禁物ですわ』
『うぐ……おう、ちゃんとわかってるよ』
騒いでるうちに少し気を抜いていた俺へ、すかさずルミナが釘を刺してくる。
「ところでソルトさん」
「ん? どうした?」
「そろそろそちらの子達を私に紹介してもらえませんか?」
「……ああ、そうか。そう言えばまだだったな。一瞬何言ってんだって言いそうになった」
二人が普通に会話を進めているのもあって、エリオの言葉が一瞬理解できなかった。そんな俺を三人が呆れた様に見つめてくる。
「タイムです。よろしくお願いします」
「初めまして、私はルミナと申します。御高名はかねがね伺っています。本日はお会いできて光栄ですわ」
「はい、お願いします。高名のほどは後ほど詳しくお聞きしたいですね」
そう言いながら、エリオは冷え切った視線を俺の方へ向けてくる。
「良いのか? 人のそんな視線を向けてると聖母様の良からぬ噂がたっちまうぞ」
周囲の目を気にしたのか、エリオは視線を閉じ、一度大きく息を吐いた。
「どうせソルトさんのことですから、エリオは融通が効かないとかそう言った話なのでしょう? なんども言いますが、ソルトさんがいい加減なんです」
「おやおや気をつけた方が良いんじゃないか? 王室に招かれた聖母様がこんな所で大声を上げちゃ教会の威信に関わるぜ」
「……こほん」
エリオがわざとらしく咳払いをしながら、周囲の様子を窺っている。耳目を集めていなかったことを確認すると、俺の方へ向き直り仕切り直す。
「良いですか、私は王室の招待を受けた関係上、挨拶をして来なければいけません。絶対に戻ってきますから早まった真似はしないでくださいね?」
「おうおうとっとと行け。あてにしないで待ってるよ」
「絶対ですからね!」などと念を押しながら、エリオは本部があると思われる方向へさって行った。
「さて、それじゃ俺達も行くか、まずはカナリアを探さないとな」
「あぁ、やっぱり待たないんですね。わかってましたけど」
「見た所、賓客用の席もありませんし、遠からず合流できますわ」
壇上でってことか、いや良いんだけどな。
「まぁ良い、一先ずはカナリアだ、あいつは一体どこにいるんだ? 舞台の方へ行けば会える……か?」
「ご心配には及びません。それは私がご案内させていただきますよ」
「……そりゃそうだ。当然、そうなるよな」
声のした方へ振り返ると、そこには鎧を身につけた一人の騎士が立っていたのだった。