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第155話 朝食会

「これは詰みましたわ、まさかなんの連絡もないなんて」

「一応お聞きしますけど、それは一体誰の真似ですの?」


 品評会の朝、いつものようにタイムとルミナがじゃれあっている。なんだかんだ言いながらも、少しは期待していたカナリアからの接触は未だもって何もない。だというのに、タイムもルミナもどこか余裕がありそうだ。


 バカな、まさか内心慌てふためいているのは俺だけだというのか。タイムはもう少し取り乱しててもいいはずだろ!?


 あれからエリオの件での連絡や、俺の服を手ずから持ってくるなど、ちょくちょくタリア殿下が俺の部屋を訪れはしたものの、逆転に繋がる様な成果は一切得られなかった。

 唯一聞き出せたことといえば、ルミナを襲った相手に関して、


 ――……ソルトさんはお会いにならない方がいいと思いますよ。これは私見ですが、お互いに出会わない方が幸福でいられると思います――


 などという、不吉な発言だけである。


 タイムは、「ソルトさんの知り合いじゃないですか?」と言っていたが、あいにくルミナも認める様な美人の獣人に知り合いはいない。俺の知っている獣人と言えば孤児院にいたクソガキくらいなものだ。当然そいつは男だった。それなりの期間一緒に暮らしていたのだ、流石に性別を間違えるほどバカでもない。


 いや、今はそんなことを考えている場合じゃないな。目の前のことに集中するんだ。


 俺はかぶりを振って余計な考えを頭から追い出す。


「さて、もう一度確認するぞ。まずはタリア殿下とともにエリオと面会。その後、俺はエリオを引き連れて品評会へ向かう。……あいつ殿下に招かれたんだろ? なんで品評会へ行くんだよ」

「逆ですよ、品評会へ招かれたついでに殿下に会うんですよ」

「二人とも、どちらへ転んでも不敬に当たる様な発言は控えてくださいまし。いつ誰が聞き耳を立て散るかわかりませんのよ?」


 今俺達のいる場所は、この城へやってきてからというもの、ずっと過ごしている一室だ。はじめのうちは感動していたベッドも、数日も過ごせば持ち帰る方法を検討する程度のものでしか無い。


「今不穏な感じがしましたわ。まさかベッドを持って帰ろうなどと思ってませんわよね?」

「……はは、まさかまさか」

「隅っこを少しもらう程度ですよ!」

「やらせませんわよ!?」


 その時、部屋のドアが静かにノックされる。このノックの仕方はおそらくタリア殿下が俺たちを呼びに来たんおだろう。いくら城内とは言え、どいつもこいつももっと部下を使うべきではないのか。なんで率先して自分で呼びにくるんだ。


 「どうぞ」と声をかけると、案の定というか、その向こうからタリア殿下が姿を現した。


「……参加しない僕ですら緊張しているというのに、皆さんは普段と変わりませんね」


 タリア殿下が苦笑いを浮かべた。いつの間にやらタイムの姿がなくなっていたが、別にこれにはもう驚かない。


「もう時間ですか?」

「ええ、何分メインは品評会の方ですから、僕のわがままは早々に終わらせておく様言い聞かされました。そこで普段は取らないのですが、折角なので朝食をご一緒しようかと思いまして」


 初耳である。

 まだ日が昇って然程経ってはいない。朝食まではまだ少し時間はあるだろう。

 とはいえ、繰り返すが初耳である。


『昨日のお昼はそんなこと言ってませんでしたよ。各所に対して強権振り切りましたね』

『本気でわがまま言ってるだけなのか、演じているのか判断がつかないな』


 殿下の話を聞く前ならば、子供だからと軽く受け流せていたかもしれないが、聞いてしまった今となっては、ただただ不気味に思える。


「実はすでに到着されているんですよ」


 そう話すタリア殿下はどこか落ち着かない様子だ。もしかすると緊張しているのかもしれない。


『どうもこれは本気みたいですね』

『いいことじゃないか。いろいろ振り回されてそうだし、ただの興味本位じゃないならエリオのやつも報われるってもんだ』

『本心は?』

『振り回されるのが俺じゃなくてよかった』

『……冗談ですわよね? 私達これからそれに付き合わされるんだって、ちゃんとわかってますわよね?』


 まるで他人事の様に語る俺に対し、ルミナが不安げに声をかけてきた。まぁ確かに俺も巻き込まれているわけではあるが、当事者じゃないだけでも幾分か気分は楽なものだ。もっとも、俺は俺でのんきに構えてもいられないわけだが。


「こんな場所で待たせても申し訳ないですから、早速向かいましょうか」

「……こんな場所って……まぁ殿下が言われる分には構わないんですがね」

「さぁ早く!」

「うぃっす」


 はやる殿下に引きずられる様に、俺達は数日滞在した部屋を出て食堂へと向かう。


『思えばまともにあの部屋を出たのは初日以来だな』

『トイレの時くらいしか出してもらえませんでしたからね』

『あれをまともと言って良いのかは疑問ですけれど』


 食事は常に部屋に運ばれてきた。自力で食料を確保しようと言う考えは、トリプトがスクロールを持ち出して以降は気にしないことにした。あいつが利用しようと考えているうちは毒殺などしないだろう。そんなことより、いざというとき動けなくなっているというのを避けたかったからだ。


『それにしても、気分がいいな!』


 前をゆくタリア殿下に道を譲る為、出くわす衛兵だろうが貴族だろうが、こちらを優先して道を開けてくる。まるで自分が偉くなったような思いだ。


『何を馬鹿なことを……そんな事より着いたようですわよ』


 タリア殿下が足を止め、部屋の扉を開ける。その扉の先は王宮と言うには簡素な作りな部屋だった。用意されている食事も然程豪勢なものではなく、軽くつまめる程度の簡単なものである。もしかすると、あまりに急すぎてこれが精一杯だったのかもしれない。そう思えばこの簡素なメニューから料理人の苦労が窺い知れる。


『ご主人様、駄目です。それはあまりに意地汚いですわ。せめてエリオさんに目を向けましょう?』


 先に食事に目が行っていたことが、あっさりルミナに露見した。注意を受け、俺は食事が用意されたテーブルのそばに立つエリオへと目を向ける。


 エリオが身にまとっているのはバーネット教の司祭が身にまとう正装だ。だが、それは以前俺が目にしたことのある物とは細部が少し異なっている。よく見ると、それはどこか急ごしらえのものに見えた。どう考えても急な召喚が原因に違いない。


 エリオもか。大変だな。


「お初にお目にかかります。タリア殿下。バーネット教の司祭を務めるエリオと申します。本日はお招き頂きありがとうございます」


 そんなエリオが恭しく一礼する。俺とは違いその仕草は実に堂に行ったものだ。


「こちらこそお会いできて光栄です。本日は招待に応じてくれて感謝します。バーネット教の聖母の噂はこのセンティッドにも轟いていますよ」


 タリア殿下の方もそれに応じ、自己紹介をすませる。一瞬エリオの視線とぶつかったが、エリオはすぐに俺から視線を外す。どうやら主賓を優先すると決めたらしい。それに関して俺としても否はない。むしろ望むところだ。俺はこのまま朝食だけを頂いてとっとと退場したい。


「お恥ずかしことです」

「とんでもない。耳に届く噂はどれも素晴らしいものばかりです。だからこそ私は常々あなたにお会いしたいと思っていたのです」


 興奮気味に話す殿下は、俺のことを思い出したのか、一度こちらに目を向けると、こほんと咳払いをした。


「そうそう、たまたま本日こちらへ滞在して頂いていたソルトさんもお招きしました。良ければこれまで経験した冒険のお話をお聞かせください」


 取ってつけた様にそう付け加えると、俺たちに席へ着く様促す。こうして朝食会は始まった。

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