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第154話 タリアの所在

 タリア殿下は俺の申し出に対し、口元に手を当て何やら考え込む。その後、俺へと視線を戻すと、


「一応、誰を招くのか伺いましょう」

「カナリア、カナリア・クロッカスを呼んでもらいたいんですよ。実は品評会に参加するよう頼まれてまして、それに、俺もいつまでもこんな格好じゃ肩が凝りそうですからね」


 俺は未だ、エドガーに借りた衣装のままである。こんな所に軟禁しているのだから責めて衣服くらい寄越せとは思うが、そんな気遣いは全くない様だ。


「カナリア? クロッカス商会の人間ですか? あの商会でクロッカスを名乗る者は、確か今一人しかいないはずですが」

『ソルトさん、それ確かエドガーさんが本名じゃないって言ってましたよ』

「ぬあ……」


 そう言えばそんなことを言っていた気がする。カナリアの名前が通じないってことは、もしかするとタリア殿下はカナリアと会ったことがないのかもしれない。もしくは、流石に王族に対しては本名を名乗っているかだろう。


 ……意外だ。あれは王族に対してでもカナリアで通しそうなものなのにな。


「ぬあ?」

「あっ……いえ、タリア殿下はクロッカス商会の人間とは会ったことないんですか?」

「そうですね。兄上が懇意にしている商会を、僕が懇意にするわけには行きませんから。ただ直接の面識はありませんけど、場内で見かけたことならありますよ。がっしりとした体つきの方ですよね?」

「ええ、そうです。ちょっと特殊な感じの人間です」

「特殊……ああ、なるほど、どうやら間違いなさそうですね。まぁ届けにさえ不備がなければ、どう名乗ろうとも個人の裁量次第ですから」


 タリア殿下はどう見ても、間違いなく瞳が輝いている。信じたくないことだが、どうやら偽名というのが琴線に触れたらしい。

 あいにくと殿下が考える様な格好の良い物ではないと言うのに。いや、本人に語らせればそれなりに熱く語るのかもしれないが。


 もしかすると、引き合わせてはダメな組み合わせなんじゃないだろうか。いや、日和ってどうする。カナリアだってそう無茶はしないさ。


「それで、その男を呼んでもらえませんかね」


 その俺の申し出に対し、タリア殿下はゆっくりと首を横に振る。


「お断りします。僕の柄ではありません。正しくは僕が言い出すべきことではないと言うべきでしょうか。それをしてしまっては僕の立場が危うくなりますから。いけませんよ、僕の様な子供をあてにしては。大人は大人で頑張ってください」

「そこをーー」

「……いけませんわ。殿下は……殿下の立場が……おありなのです」


 なんとか、と言いかけた時、ベッドの方から小さな声が聞こえてきた。それは気を失っていたルミナの声である。ルミナは一度腕輪を介して俺と殿下の傍へとやってくる。


「目を覚ましたのはいいが大人しくしてろ。別に無理をする場面じゃないだろ」

「いいえ、そう言うわけには参りませんわ」


 答えるルミナの声が徐々にはっきりしたものになっていく。


 もしかして自分で傷を癒してるのか? 器用な。普通そんな事できないんだぞ?


「これが噂に聞いた使い魔ですか? 先ほどの件もあって言いだせませんでしたけど、実は少し気になっていたのです。初めまして、ルミナさん、イルタリア・センティッドです。どうぞよろしくお願いします」

「お初にお目にかかります。ルミナと申します。本日はお目にかかれて光栄ですわ」


 ルミナが貴族の礼儀作法に則り恭しく挨拶をした。先の一件で所々痛んでいた衣装も、ルミナが回復するとともに修繕されており、衣装もルミナの一部であるのだと実感させられる。


「あともう一人いるのですよね?」

「あの子はご主人様以上に礼儀が行き届いていない者ですから、控えさせているのです」

「僕なら別に気にしませんが」

「いつの日かあの子が後悔してしまわない様、今はお慈悲をお与えくださいませ」


 それを聞き、殿下は少し残念そうにするも、そうですか、と納得してくれた。起き抜けによくもまぁこんなスラスラ応答できるものである。もしかすると、少し前から気が付いていたんだろうか。


『……こんな言われ方をすると出て行きたくなりますね』


 タイムが不満そうにこぼしているが、きっと出てはくまい。こいつはそう言うやつだ。


『……一応言っておくけど、出てくるなよ?』

『ソルトさんがそう言うのなら仕方ありませんね。ここは我慢しておきます。私大人ですから!』


 一応念押しする俺に対し、タイムが嬉しそうに答える。


『それでルミナ、今の状況わかってるのか?』

『ええ、大凡の事情は察してますわ。実は気がついたのは少し前ですの』

『……そんなこったろうと思ったよ。それで殿下を頼らないってならどうするつもりだ?』

『大丈夫です。全て私にお任せくださいませ』


 自信を持って答えるルミナに、俺も不承不承納得する。これだけ言うのだからきっと何か考えがあるのだろう。


「先程は我が主が失礼致しました。何分状況が状況ですから少し気が早っていた様です」

「えっと、それはご理解頂けたと言うことですか?」


 問い返すタリア殿下に対し、ルミナが「はい」と返事をしている。


『……いや、はいじゃねぇよ!? 受け入れてどうすんだよ!』

『まぁまぁ、ここは私にお任せ下さいませ。それに……品評会なんて中止になれば良いのですわ』


 だめだ、こいつそもそも乗り気じゃないんだった。とはいえ一度任せてしまったのに、ここで口を挟むべきではないと言う思いもある。


 そうやって俺が決めあぐねていると、誰かがこの部屋のドアをノックする。


「何でしょうか」

「ご歓談のところ申し訳ございません。殿下、宰相がお呼びです」

「わかりました。すぐに向かうと伝えてください」


 こちらにそれを伝えてきた男は短く返事をすると、そのまま扉のそばから離れていった。


「残念ですが今日のところは失礼します。次の機会にはジルクニフ様やサリッサ様のお話が聞きたいです。ではまた」


 タリア殿下は席を立つと、あっという間に部屋を出ていってしまった。


「おい、ほんとどうすんだよ」

「心配せずとも必要ならエドガーさんは無理矢理にでもねじ込んでくるはずですわ。それまで放っておけば良いのです。第一、私はカナリアさんを通してエドガーさんと連絡を取ることに賛同致しません。お忘れですか? 陛下とご主人様は立場を異にしているのですわよ?」


 確かにルミナの言う通りだった。姉さんたちが襲撃にあっていたのを見て気が焦っていたが、エドガーが誰に与しているのかがわからないのだ。下手に連絡を取れば墓穴を掘ることにもなりかねない。


「……わかった。お前に任せるよ」


 俺は改めてもう一度、ルミナに任せることにする。ルミナも「ええ」と満足げに頷いた。


 そして、品評会の朝がやってくる。

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