第151話 第二王子
目が覚めると目の前にはミントの顔があった。私は不安げに顔を覗き込んでくるミントの頰に、そっと手を伸ばす。しかし、私の手はそこに到達する前に、ミントの両手で優しく握り込まれた。ぬぅ。
「良かった! お姉ちゃん気が付いたんだね」
ぼんやりとした意識が徐々に鮮明になっていく。そして、意識を失う前に起こっていたことを思い出し、あたしは飛び起きた。その瞬間、体が予想だにしなかったほどの悲鳴をあげる。
「だ、大丈夫!?」
「……ああ、大丈夫さね。そんな事よりあれからどうなったんだい?」
あたしがこれまでの経緯を尋ねると、ミントは少し言いにくそうにしながら、あたしが気を失った後に起こったことをポツポツと話してくれた。
「なるほど、じゃあ他の連中はパニカムへ向かったんだね?」
「うん、ジキスさんとアンゼリカさんが目を覚まさなくて……特にジキスさんはここじゃどうしようもないからって……ごめんね」
「別に気にしちゃいないさね。誰も彼も満身創痍だったんだろう? あたしを連れていくには人手が足りないっていうんじゃしょうがないさね」
ロウレルとリナリアがそれぞれ背負って、ギルドを動かすならエドガーもいた方がいい。リユゼルにしたって戦力が整っている向こうに着いて行った方がいい。幸いここからパニカムまでなら急げば一日かからない。何も間違ってない。
「それで、そこにいるやつは誰なんだい?」
あたしは近くで縛られたまま座っている男を見て、ミントに尋ねる。だが、その言葉を聞いた男の方は何やら口をパクパクさせた後、あたしを睨みつけてきた。
「ふ、ふざけるな! 自分達で縛り上げておいてなんて言い草だ!」
「ああ、誰かと思えば散々魔法を打ち込んでくれた魔導師かい。そう言えばいたね。色々あってすっかり忘れてたよ。なんでまだいるんだい?」
「ふざけるな! 本当にふざけるなよ!」
あたしは当たり前の疑問を口にしたつもりだったけど、何やら逆鱗に触れたらしい。男は顔を真っ赤にして叫び始めた。
縛り上げたと言ってもただのロープだ。何かを封じる様なものでもない。魔法が使えるなら簡単に抜け出せる様な代物だ。おとなしく捕まったままでいる方がおかしい。
「ライネさんはアリオトとの戦いを見せられて怖くなっちゃったんだって。ほら、このまま宰相様に従ってるとあの人達とことを構えることになるからって」
ミントが私の疑問に答える形でその男、ライネの事情を説明する。
まぁ、そう言うこともあるんだろう。この男は魔導師だった。アンゼリカでさえあの有様だったのだ。そんじょそこらの魔導師では一般人となんら変わりはしない。まだ抜け出せるうちに逃げ出したいと言う気持ちはわからないでもない。
「それならそれで逃げ出せば良いんじゃないのかい?」
「それが、なんでも呪われてるらしくて、明確な敵対行動も取れないみたいだよ」
「ん? どういうことさね」
そう言うのはソルトやセインの領分だ。正直あたしはそれほど詳しくない。
「完全に敵に回ると呪いが発動するんだよ。わかるだろうが」
「……それを信じろってのかい?」
「それが、嘘でもないみたいだよ。私にそのことを話してる時とても苦しそうだったから」
ライネに疑いの眼差しを向けるあたしに対し、ミントが横から助け船を出してきた。
「……なるほど、信じようじゃないか。それで捕まったままの状態でいたいってわけだね。でもいつまでも、そのままでいる訳にはいかないだろ? どうするつもりさね」
「ああ、だから取引したい。実は撤退用に転移のスクロールを持ってるんだ。お前達は王都へ戻らなきゃいけないんだろ? なら必要になるはずだ」
確かに、話に聞いた通りならジキスはもうあてにできそうにない。ここから王都までの日数を考えれば転移のスクロールは必要だ。しかし、
「なんでそれをあたしらに言うんだい?」
取引ならエドガーに持ちかけても良かったはずだ。
「エドガーなんぞに持ちかけたら無理やり奪われておしまいだからな。それに知ってるぜ。あんたあのバーネット教の聖母と知り合いだろ? そいつならこのくらいの呪い訳ないはずだからな」
「確かにエリオなら大抵の呪いはなんでもないだろうけど、そりゃなにかい? あたしになら勝てるって遠回しに言ってんのかい?」
「少なくとも、今のあんた相手なら俺が勝つ」
「なるほど」
確かにその通りだ。今のあたしじゃ逆立ちしたってこいつには勝てそうにない。でもこいつは勘違いしている。ミントと二人でなら負けることもないはずだ。
もっとも、あたしもミントを戦力に組み込もうとは思わないから、間違ってもいないんだけどね。
「良いだろう。あたしらはあんたをエリオのところへ連れていく。あんたはあたしらに転移のスクロールを渡す」
「ああ、交渉成立だ」
「じゃああたしらもパニカムへ帰るとするかね」
あたし達はそうしてパニカムへの道を歩き出した。
◇◆
「次から次へと、なんなんだ一体」
「話には聞いていましたけど、本当に遠慮のない方ですね」
昨日から国の重鎮とやらに立て続けに会っている気がする。この上まだとなれば愚痴の一つも言いたくなるだろう。ましてや目の前に座っている少年はまだ物心ついたばかりと言った風体だ。不敬と言われようとも敬語を使おうと言う気も失せてくる。
「失礼、心の声が少々」
「構いません。ジルクニフ様とサリッサ様のお身内の方であれば、若輩者の私などより余程位の高いお方ですから」
「やめてください、イルタリア殿下」
「タリアで結構ですよ?」
そう言って、タリア殿下は子供らしい無邪気な笑顔を向けてくる。探りたいとは思っていたが、こんな不意打ちをされるとは考えてもいなかった。
俺は心中でどうしてこうなったと、ただただ嘆いていた。




