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第148話 帰還

 眼の前で行われる戦闘はまるでついていけるものではなかった。なるほど、確かにそれは人の動きとは思えない。空中であのように軌道を変えるなど、僕には一生かけても真似できまい。それどころか、思いつくことさえないだろう。

 ただ、惜しむらくはそれでもアリオトの方が数段上手だろうと、僕は思う。

 

「まさか理性をなくしたほうが強いなんて予想外だよ。普段余計な力が入りすぎなんじゃないの?」

 

 そう口にしたアリオトは、懐から数本ナイフを取り出した。いくらさして大きくもない投げナイフとはいえ、そう何本も懐に収まる物ではない。だとすればあれは魔法だ。先程アンゼリカがやって見せた様に、魔法で取り出しているのだろう

 それがどんな意図があるのかは分からないが、それだけ用意する方法を持っていると言うことは、あれはあの男の主要武器なのではないだろうか。


 アリオトが取り出したナイフをフェンネルに向かって投じる。フェンネルはそのナイフを時には避け、時には弾き飛ばすことで難なく躱していく。


 いや、今はそんな場合じゃない、エドガー達とともにここから離れなければ


 彼女(フェンネル)を囮にする様で心苦しいが、どのみち僕程度では戦力にならない。足手まといにしかならないのならばいない方がマシのはずだ。


 体の痛みを堪え、移動しようとした矢先、フェンネルが弾き飛ばしたナイフが、僕の頰を掠めていく。頰から血が流れ落ちるとともに、僕は体を震わせる。


 ……まずいな、早く移動しいと。彼女達の戦いに巻き込まれてしまう。


 僕が慌てて移動しようとすると、再びナイフがこちらへと飛んできた。


 ……彼女が弾いたのか? まさかそんな偶然がこうも続くものか?


 確かに二人の攻防は続いており、接近しようとする彼女を牽制するために、アリオトはナイフを投じている。だが、フェンネルもその全てを弾いているわけではない。そうそう都合よくこちらへ飛んでくるのはどう考えたっておかしい。


 まさか……僕を狙っているのか


 彼女が弾いたナイフの軌道をよくよく注視すると、僕が動いた瞬間、その軌道を変化させているものがあった。そしてそれは、狙いすました様に僕が動こうとした方向へと突き刺さる。

 それに気づいてしまえばもはや平静ではいられない。自分の体から血の気が引いていくのを感じる。


 何故だ!? 何故あの男は僕を狙う!? 僕を殺しに……いや、あれは僕を殺すつもりはないと言っていた。ならあの男は宰相と通じているのか? だとすればあいつは……トリプトはこの国を売ったのか?


 僕はすがる様にエドガーの姿を探す。視線を彷徨わせた末に見つけたエドガーは、満身創痍でリユゼルのもとへと歩いていた。


 だめだ、あれでは戦えるはずもない。アンゼリカの方もミントが治療している最中だ。到底頼れるものではない。今の自分は完全に寄る辺を失っている。その事実がじわじわと僕の中の均衡を侵していく。


 もう彼女に……フェンネルに頼るしかない。


 一縷の望みを託しながら僕は二人の戦闘に目を向ける。だが、眼に映る光景は徐々に追い詰められていくフェンネルの姿だった。


 フェンネルが距離を詰めようとすれば、アリオトもまたナイフで牽制しつつ距離を取る。初めのうちはナイフを退けながら距離を詰め、アリオトを掠めていた彼女の攻撃は、今や距離を詰めることさえままならない。


 アリオトの投じるナイフの中に軌道の変わるものが織り込まれている。不用意に飛び込めば確実に急所を捉えるであろうその一撃は、的確にフェンネルの出鼻をくじいていた。脚力や膂力など肉体の性能はフェンネルが上回っているようだが、完全に遊ばれている。遠距離からの攻撃を持たないフェンネルとアリオトでは、どう考えても分が悪い。そもそもアリオトはあれからスクロールを使用していない。まだあれは大きく余力を残している。


 勝てない。何なのだあれは、あんな者たちがこの国へ巣食っているのか。ジキス殿なら勝てる? サリッサ殿なら? 馬鹿な。あの方々がいかに強くとも、その手を無限に広げられるわけではない。現に二人ともアカンサスへは介入していない。


 冒険者とてそうだ。いかにギルドから信任を得ているものであっても、基本的に国に所属しているわけではない。いざとなれば国を捨てることさえありうる連中だ。信頼を預けられる者たちではない。

 父上はこの様な連中を開いて取ろうとしているのか。


「冗談じゃ……ない……」


 自分の中で決定的にないかが砕けるのを感じる。すると、


「……これ以上の邪魔立てはしないで貰えるかな。そろそろ殺さずにというのは難しくなる」


 先程までの様に人を小馬鹿にした声ではない。こちらに向かって心が凍てつきそうなほど冷たい声でアリオトが告げる。

 それは僕に向かって告げたものではない。いつの間にかこちらへと向かってきていたリユゼルへ向かってのものだ。


「ちっ」


 小さな舌打ちの後、アリオトがナイフをリユゼルに向かって投擲した。

 かつてない速度でナイフがリユゼルに迫る。

 ナイフがリユゼルを捉えたかと思った瞬間、魔力の障壁がリユゼルを包み込み、そのナイフをはねのけた。


「やぁ、待ってたんだ。そろそろ来る頃だと思ってたよ」


 アリオトが笑みを浮かべながら、使い終えたスクロールを放り投げる。アリオトが視線を向けるその先、そこにはセンティッドのギルドマスター、ジキスの姿があった。

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