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第146話 鬼

 幼い頃、体の弱かった僕は、当然の様に近所の子供達に目をつけられた。その蛮行に対し僕はなすすべがなく、次第に家から出ない様になっていった。


 だけど、貴族の子でもない貧しい農村の子に、そんな凶行は許されない。そう、いかに病弱とはいえ、それほど支障のない子供が、なんの労働もしないというのは凶行だ。はじめのうちは両親も僕に対し同情的だったが、徐々にその態度が硬化していったのは、ある種当然の帰結だろう。ある日僕は嫌が応なく、家から叩き出される結果となった。そんな時、僕は冒険者の魔導師と出会ったのだ。

 

 その魔導師はしばらくの間僕の面倒を見てくれるとともに、僕に魔法の使い方を教えてくれた。ある日、どうしてこんなによくしてくれるのかと尋ねたら、「まるで子供の頃の自分を見ている様だったから」と言っていた。


 僕がそれなりになってきた頃、彼は帰ってこなくなった。冒険者とはそう言うものだ。そう聞かされたのは誰にだっただろう。積もりに積もった債権の受取手がいなくなった。だからこそ、僕は冒険者となって多くの人にこの債権を還元していきたい、そう強く願ったのだ。


 でもそううまくはいかなかった。食べていくには困らなかったが、多くを返せるほどに稼げはしない。この先体が衰えていけば、食べていくのにも困るかもしれない。それでは僕の目的は果たされない。


 そんな時、僕は彼女と出会った。いや、元々同じパーティーメンバーだったのだから、出会ったと言うのは少々違う。僕は彼女を識った(しった)のだ。僕は彼女が喩えられる《聖母》と言う言葉の意味を理解した。


 彼女は誰にでも優しい。時に厳しいことも言うがそれは相手を思ってのことだ。甘やかすだけが優しさではない。先に待つ不幸を取り除いてやれる行為こそが優しさだ。だがそれだけなら普通《聖女》と呼ばれるはずである。

 僕の様な過去の清算のために行われる行為ではない。人々の幸せをただただ願う彼女のその行為は、人の愛を呼び覚ますのだ。彼女に愛を呼び覚まされた人間は、少しずつ《聖女》や《聖人》と噂される様になっていく。だからこそ彼女は《聖母》なのだ。


 僕と彼女の共通の友人は「新しい宗教でも興す気かよ」などとぼやいていた。誰もが幸せになれるのならそれも良いかもしれない。

 そんな彼女に頼られた時の僕の興奮は計り知れない……閑話休題。


 まぁ僕は欲望を捨てきれないただの人間だって言うのはおいておいて、そんな彼女がある日こう言った。


「確かに魔物の被害に苦しんでいる人は多いですが、飢えに苦しむ人の方がずっと多いんですよ?」


 目が覚めた気分だった。


「魔法が捨てきれないと言うのなら魔法を活用すれば良いじゃないですか」


 天啓を得た思いだった。


 幸い魔法はそれなりに得意だった。そして僕のそばにはあり得ないほど高次元にまとまった魔導術式が、手本として存在した。

 初めて見た時、どうしてこんなものをと思った。でも自分だけの魔法と言うのはとても甘美な響でもあった。

 当然、僕はそれを模倣し調べ、実践する。始めた当初は酷い出来だったけど、それも徐々に洗練され一定の結果もみれる様になってきた。だが、これは友人にも秘密である。まだまだ見劣りするものでしかなく、知らせるにしても何らかの成果が欲しかったからだ。


「だけど、それも今日で終わりだ」


 僕は触媒を広げ、術式を展開した。

 風によって巻き上げられた触媒が、徐々に固まりとなり、適度に寸断され炎に包まれる。

 やがて、炎がかき消え、熱された触媒がテーブルへと落下した。


 長い研鑽の末、今ここに一つの叡智が結実する。


「よし、《パニカム・ブレッド》完成だ。手製のものより少し出来がいい気がする。なんだろう、手の温度が伝わらないのがいいのかな?」


 出来上がったパンを味見しながら、口に広がっていく味について思考する。


「……それにしても王都か。やっぱり強引にでもついていくべきだったかなぁ。誰も帰ってこないし……はぁ」


 完成を一番に知らせたい彼女は今旅の空の下だ。身重だと言うのに、自重することのない彼女に対して僕の方が焦ってしまう。協会の仕事だと言っていたけど、それ以上のことは聞けていない。それが余計に心配だった。


 彼女のことを思いながら、僕は来るべき開店の日に向けて着々と準備を進めていくのだった。


 後に《叡智の恵》と呼ばれるこの魔法が完成した日を、魔法の開発者であるセインは生涯語ることはなかったと言う。


◆◇


「……」

「ソルトさん、どうかしました?」

「今偉大なバカが誕生した気がする」

「言ってる場合ですか。今の状況わかってますよね?」

「言われなくてもわかってるよ」


 すでにこの場にトリプトの姿はない。やらかした部下の後始末をしにいくのだそうだ。暫くして意識のないルミナが連れてこられた。連れてきた男はトリプトの私兵の一つである部隊の副隊長なのだそうだ。正直そんな情報はどうでもいい。むしろやらかした奴が連れてこいよ、とさえ思う。


 まぁ、実際言ったんだけどな。と言うかあなたは会わない方が良いってのはどう言うことだ? 俺とはそりが合わないとかそう言うことか?


 運び込まれたルミナは今ベッドの中だ。早く目を覚ましてもらいたいところだが、こればかりはしょうがない。


「まぁなんにせよ。意識を奪われる類のものじゃなくて何よりだよ。中には意識を根こそぎ持って行くような悪趣味なものもあるからな」

「でもその代わりが王様を――っ!?!?!?」


 激痛に襲われたのか、それまで空を飛んでいたタイムがぽとりと落ちる。


 普通は警戒するところをあっさり越えようとするとは、愚か者め。


「使い魔に対しても影響する呪いか。なかなかに強力だな」

「……悪いのは私ですけど先に教えてくれても良いじゃないですか」

「普通は警戒するんだよ。良い勉強になったじゃないか。考えるなと言うのも無理かもしれないが極力頭から追い出せ。痛みだけならまだしも、最悪今言ったように意識を奪われるかもしれん」


 俺たちにそのことを考えさせないのも目的の一つだろう。そうでなければ呪いをかける意味もない。


「それで、解けそうか?」


 タイムが首を横に振る。


「ソルトさんが言うようになかなか強力な呪いです。特に私たちがすでにかかっていると言うのが厄介です。自分を深く探っている時に気づいたんですけど、どうも私もともと呪われていたみたいで」

「……今なんて?」

「……どうももともと呪われていたみたいで、それに干渉してしまったと言うか、互いに良い影響を与えてると言うか」


 さらに悪化していく状況に俺は無言で頭を抱えた。思えば確かにタイムとの出会いはおかしかった。ルミナの言うことを信じるのであれば、タイムは条件が噛み合ってない。


「その回答がこれってことか……」

「すみません」

「いや、お前のせいじゃない。今わかって良かったと思おう。それをかけた連中はどう考えたってあれの一派だろ?」


 あれ、と言うのはアリオト達のことだ。爺の魔法に干渉できそうな連中と言えば、あいつらくらいしか心当たりがいない。当人であるタイムは愚かルミナも気づいていなかった辺り相当な腕前だろう。


 まぁ、他にもいるにはいるが婆さんはそんなことしないしな。


「そう、だと思います」

「となると何が目的かだな……どんどん厄介ごとが増えていくな。姉さん達の方は本当に手を引いたんだろうな。これ以上の厄介ごとはいらないぞ」


 だがまぁ希望がないわけでもない。あいつらがいた時にはタイム達がいた。例え偶然でも二度続けば期待も生まれる。それに、もしかすればそれこそ目的として動いているのかもしれない。


「まずは、今できることをしていくか」

「はい」


 そう、まずはできることからだ。来たるべき時のために俺たちは準備を進めていくのだ。


◆◇


「どうしたの? 使わないの? まさか使い方を知らないってことはないよね? 間違いなくそれはアルカイドの自慢の逸品だよ。今持ってる中でも最高傑作だと言っていた逸品さ」

「バカにするんじゃないよ! そのくらい知ってるさね!」


――この世界に魔力のない人間なんて存在しないよ。魔法を使うためにはきっかけとなる才能が必要だけどね。魔法の才能っていうのは言うなれば火を起こす道具のようなものなんだ。スクロールっていうものは火を起こすための道具が揃った状態のものさ。だから使うだけで良いんだ。フェンネルだって魔力を通せば使えるんだよ――


 こいつはこれをわざと奪わせた節がある。だから躊躇いももちろんあった。でも今はそんな時じゃない。

 だから、当時は鬱陶しく思っていたセインの講義に感謝しながら、そのスクロールに魔力を通す。


「まぁ、あいつのいう最高の逸品ってのはだいたい問題があって使うことなんてないんだけどね」


 私がスクロールを使うのを見計らって、アリオトがそんなことを言ってくる。だが、もう遅い。私は使ってしまった。

 けれど、自分の体が強化されていくのが感覚でわかる。それは今まで感じたことのある比ではない。

 あたしが思うのはおかしな話ではあるが、アルカイドを信じても良いんじゃないだろうか。


 そう思っていた矢先、頭の奥の奥の方へ激痛が走る。それは時間とともに更に痛みが増していく。


「――――――――――――――――っ」


 魔法の発動が終わることを感じ取ることなく、あたしの意識は彼方へと消え失せた。


◆◇


「なるほど、こうなるわけだね。アルカイドのやつ、やっぱり失敗作じゃないか。前衛が意識をなくしちゃうようじゃお終いだね」

「おねえ……ちゃん……」


 意識を失ったリユゼルを避け、体を起こしお姉ちゃんを見る。

 そこには自分が咆哮を上げていることにすら気づいていない、お姉ちゃんの姿があった。


 もちろん見た目はこうじゃなかった。

 でも、こんなお姉ちゃんを見るのは()()()のことだ。

 お姉ちゃんが別の名前で呼ばれるようになったきっかけとなった日以来だ。


「……あれが……《(オーガ)》かね」


 《(オーガ)》と呼ばれるようになったあの日の姉の姿がそこにあった。

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