第145話 抵抗
アリオトが肩に触れた剣を掴み、そのまま振り回す様にあたしごと放り投げる。何かに投げつけた訳ではなかったため、あたしは瓦礫の上を勢いよく転がっていく。何度か回転し、勢いを失ったところで、あたしはようやく立ち上がった。
その間、アリオトはこちらに対し仕掛けてくるでもなく、ただただ楽しそうにこちらを見据えていた。その体からは、いつの間にか黒い煙のようなものが立ち上っていた。
「……スクロール……か」
「ご明察。少し本気を出すって言ったろ? そりゃあ魔法の補助くらい使うに決まってるじゃん。まさか自分たちと敵対した人間は魔法の補助なんて使わないとでも思ってた訳じゃないでしょ。模擬訓練じゃあるまいし……いや、訓練であっても使わないなんて滅多にないんじゃない?」
エドガーの指摘にアリオトが笑顔で応え。使い終えたらしいスクロールを懐から取り出し、こちらに見せつける様にひらひらと振ってみせる。
「……あいも変わらずよく喋ることだね。それにしてもまさか彼女の一撃すら通らないとは……」
「アルカイドにしてみれば大して効果もない失敗作らしいけど、まぁ、ちょっとしたもんでしょ? 君ら程度ならもったいないくらいさ」
「これで……失敗作……」
アンゼリカが力なく呟いた。その声音からは如実に動揺が現れている。エドガーも沈黙したまま厳しい視線を送っていた。
治療を終えたリユゼルと、それを行なったミントもまたアリオトを見据えている。
「やめときなよ。立つのがやっとなんでしょ? 僕に殺すつもりがなくてもそれ以上やったらどうなるかわかんないよ?」
「くっ」
いつの間にやら立ち上がっていた王子様が、まるでアリオトの言葉に屈したかの様に、その場で片膝をついた。
まずい、こりゃ勝てないねぇ。
まさかこれほどの差があるとは考えていなかった。この状況を覆す展望がまるで浮かばない。
「偉そうなことを言っていたそっちの人はかかってこないの? がっかりだな。こんなことならそっちの王子様の方がまだマシじゃないか」
「そんな挑発に乗るとでも思うのかね?」
「まぁそれならそれで良いけどね。こっちから仕掛けるだけだから」
アリオトがそぶりを見せた瞬間、リユゼルが駆け出す。
「驚いた。本当に驚いた!」
「私達が本命じゃないなら後から来る人が本命でしょ! なら、まだ本命を持ってるんでしょ!」
「はは! なるほどそりゃそうだ! ああ、その通りだよ! でも」
アリオトは折れて短くなった剣をリユゼルめがけて振り抜く。
しかし、ミントの張った結界がアリオトの剣を阻んだ。
「君達じゃ届かない」
アリオトはそんなことは御構い無しといった風に、その結界ごとリユゼルを弾き飛ばす。吹き飛ばされたリユゼルは、そのままミントへ衝突した。
間髪入れず、リユゼルを隠れ蓑にしていたエドガーが迫る。だが、魔法が使えないせいか、その動きはいつもの精細さを欠いていた。
「プライドがなさすぎじゃないの!? この男は!」
「私にも先達としての意地があるんですよ!」
エドガーは応えず、代わりにアンゼリカが叫ぶ。
アリオトの足元に魔法陣が展開し、二人を飲み込む炎の渦が立ち上る。だが、不完全だったのかそれは一瞬のことで、炎の渦はすぐさま霧散した。
炎の渦が晴れると、アリオトはエドガーをその場に叩き伏せ、すぐさまアンゼリカへと接近し斬りふせる。
「静かにしていると思ったら必死に思い出してたのか……これはちょっと喋りすぎたかな。まぁ良いや。いくつか持ってきてるしね。それ、使ってみなよ」
あたしの手にはエドガーが奪い取ったスクロールが手渡されていた。