第143話 一千年
「なぁエドガー。こんなにおおっぴらに行動して構わないのかい? そりゃああたしとしちゃ願ったり叶ったりだけど」
あたし達は今教会に向かって移動している。最低限の警戒はしているものの、先程までに比べ、エドガーの行動はずいぶん大胆になっていた。
そのかいあってすでに教会はもう目と鼻の先なんだから不満はないとはいえ、やっぱりその理由は気になるさね。
「その担いでいる男がどうしようとしたか思い出したまえ。目的を完遂したのなら他にいたとしても、すでに撤退している可能性が高い。絶対ではないがね。今何より重要な点は接触した人間が素直に帰ったかどうかだ。素直に帰ったのならばそれで良い。もしそうでないのであれば誰かしら重症を負っている可能性がある。なるべく急いだほうが良い。君だってそれを反対はしないだろう?」
「……そりゃあ急いだほうが良いね」
あたしが歩調を上げようとしたところ、エドガーがそれを制する。
「待ちたまえ、なるべくと言ったはずだ。我々が不意をつかれるなど在ってはならない。それでは助けられるものも助けられなくなってしまうのだからね」
「……ああ、わかってるさね」
口ではそう言ったものの、どうしても気がはやってしまう。それだけミントの行方がわからないことが、あたしには問題だった。
別に縛りつけようっていうんじゃないんだ、でももっと安全な……。
そこまで考えた所で思考を止める。
この考えは堂々巡りにしかならないね。今は目の前のことに集中するさね。
そんなことを考えていると、東の空で光弾が打ち上がり強烈な光が瞬いた。
「あれはアンゼリカ君のものだね。状況が状況だ。打ち上げねばならない事態が発生したと言うことだろうね。向かわなければなるまい」
「待ちな。まさか教会は放っとけってことかい?」
「いや、今いる場所が場所だ。確認してから行くべきだろう。その程度の時間の上乗せは彼女が稼ぐはずだ」
エドガーのその言葉からはアンゼリカへの信頼が窺える。同じギルドに所属するもの同士、感じるものがあるかもしれない。
あたし達がそんな話をしていると、教会から何者かが飛び出してくる。その姿を見間違えるはずもない。その人影はあたしの妹であるミントだった。
「ミント!」
「お姉ちゃん!?」
あたしが呼びかけると向こうも気づいたようで、こちらへ駆け寄ってくる。あたしの方もそんなミントへ駆け寄り、そのままとびついた。担いでいた男を投げつけられたエドガーが、小さく呻いたがそんなの構やしない。
「再開を喜び合うのは後にしたまえ、今はアンゼリカ君の……いや、その前に念の為確認しておこう。あの教会には他に誰かいたかね?」
「えっと……ちょっと前までは、あっ、アンゼリカさんは宰相の手のものだって言ってましたけど、その人達も消えてしまって今は誰もいません。さっき見た光がもしかしたらアンゼリカさんが呼んでるんじゃって思って飛び出してきたんですけど……」
慌ててるのか今ひとつ要領を得ない物言いだったけど、そんなミントも可愛い……いやいや、今はそんなことを考えてる場合じゃないね。
「そうか、ならばいい。今はアンゼリカ君のいる場所へ向かうとしよう」
あたし達は互いに頷くと、先ほど光が打ち上がった場所へ向かって走り出した。
◆◇
「ほら、いくよ」
動いた!私がそう思った瞬間に、もうアリオトはアンゼリカさんの目の前にいた。
はやっ! 何あれ?!
でもアンゼリカさんも負けてはいないみたいだった。その速度から振り下ろされるアリオトの一撃は、気づけばアンゼリカさんの横をすり抜け地面を抉る。あまりの速さでよく見えなかったけど、多分結界か何かで軌道をそらしたんだと思う。
その剣をアンゼリカさんの魔法陣により隆起した土塊が飲み込んでいく。
バギィン!と言う金属が砕け散る音がしたかと思うと、アリオトはすでにアンゼリカさんから距離を取っていた。
「あー、折れちゃったよ。これ結構気に入ってたんだけどなぁ」
「投降してください。もしあなたがその企みを全て話してくれるのであれば、罪も軽くなるはずです」
「なにそれ。もしかして勝ったつもり? この程度で勝ち誇られるのはイラつくんだけど」
「そうですか、なら仕方ありませんね」
アンゼリカさんはそう言って息を吐き出すと、アリオトの周囲に無数の魔法陣を展開させていく。
「それで?」
それを見てもアリオトには一切動じた様子がない。
そんなアリオトを地面から伸びた蔦が拘束する。
幾重にも展開された魔法陣から光弾が放たれ、次々にアリオトを捉えていった。
「やった!?」
土煙で姿は見えないけど、あれが人に耐えられるとは思えない。余裕を見せていたようだけど、ざまーみろだ。
だが土煙が晴れていくに従って、それは間違いだったことがわかる。そこには障壁に守られ無傷のアリオトの姿があった。
「やっぱりね。この程度でしょ? こんな奴が僕を見下すなんて許されないんだよ」
「次は手加減しません」
「手加減? 違う。その程度の認識だから君は僕の脅威にはならないんだよ。言葉で言ったくらいじゃわからないかな? なら証拠を見せてあげるよ」
アリオトが懐から投げナイフを取り出した。アンゼリカさんに向けて投擲する。それは私でさえはたき落とせそうなスピードで、放物線を描きながら緩やかにアンゼリカさんに迫っていく。
アンゼリカさんはそのナイフを持っていた杖ではたき落した。
「どう? 理解してくれた?」
私には何を言っているのかわからなかった。でも、そう問いかけられたアンゼリカさんの表情は真っ青だ。
「魔法が……発動しない?」
「ああ良かった。ちゃんと分かったみたいだね。そう、そう言う事さ。魔法を使えない魔導師なんて笑っちゃうよね。でもそれが現実ってやつさ」
アンゼリカさんはすぐに気を持ち直し、杖を身構える。
「やめときなよ。君じゃ接近戦で僕の相手になんかならないから、こっちもつまんないんだよ。それよりなんでか教えてあげようかな。そっちの方が僕らの目的に叶いそうだ」
「……あなた達の目的?」
「君たちが使う魔法は未熟すぎる。僕程度でも発動前に潰し切れるんだよ。普通はこうされないように対策するものなんだけど、まぁそう言う技術ってほら、継承されないことがほとんどなんだよね。考えた人間の癖が出やすいらしくって、下手に広めると潰されやすくなっちゃうから秘匿したいんだってさ。まぁそりゃ廃れるよね。継承もされない、普通に使うだけなら必要のない技術なんてさ」
「そんな……」
「まぁそれでもたまに気づく奴がいるんだけど――なかなか埋まらないんだよ。一千年の差ってやつは」
それを目の当たりしたことで、私はソルト達が言っていた、別格の敵がいる、その言葉を本当の意味で理解した。