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第140話 呪術巻物

 俺は自分の感覚と、国王の認識が一致したことでこの男をどこかで軽んじていたのだろう。だが、今更それを悔いたところで、目の前に提示されたカードが裏返ることはない。


 結局はいつも通りだな。


 このままではまずいと思いつつも、結局はいつも相手に上をいかれてしまっている。今の俺では相手を出し抜くことは難しいのだと、まずは現実を直視するところからはじめよう。


『ねぇソルトさん、あれは今実際に起こっている映像なんでしょうか?』

『アンゼリカさんの影の動きを見ている限り、疑うまでもないだろうな』


 太陽が動けば影も連れ立って動く、それにいくら廃墟と化しているとはいえ、それなりに長く住んでいた場所だ。どの方角からの映像かくらいはわかる。それらを照らし合わせれば今起こっている出来事なのは。間違いない。


『でもおかしいですよ。あの後すぐにエニシダへ向かったなら半日以上経っていることになります』

『ギルマスが時の牢獄って言ってたろ? 確か爺が持っていたアイテムの中にそんなのがあったはずだ。正しい手順で脱出しなければ囚われたものの時間を奪い取る、だったか。あれならギルマスが出し抜かれたのも分からないでもない。あれの厄介なところはな、使いようによって相手に悟らせることなく時間を狂わせるところだ。まぁもちろん婆さんやギルマスレベルになると知覚したり防いだりは出来るんだろうが、そんなのは特殊な例だな』

『それはつまり……』


 タイムが言葉尻を濁した。大方盗んだのはトリプトではないか、と言いたいのだろう。


『それだけはない。絶対にな』


 もしそうであったなら、こいつは爺を出し抜いたことになる。この後にを及んでトリプトを軽んじるつもりもないが、必要以上に大きく見積もろうなどとは思わない。そんな事をすれば帰って足元を掬われかねない。何しろあのエドガーもそれでやらかしている真っ最中である。


『じゃあトリプトはなんでそんな道具を持ってるって言うんです?』

『さぁな、だが少なくともそれだけはないと断言してやる。そもそもトリプトが時の牢獄の使い方を発見したってのすら信じられないくらいだからな』


 もしかするとこの男が国を裏切っている、ないし、それと気付かず敵側に誘導されている。不意に首をもたげたその疑問が、信憑性を帯びたと言ってもいい。それくらい俺にとっては信じられない事だ。


『そんなに扱いが難しいんですか?』

『むしろあの爺がそんな簡単に誰でも使えるようにすると思うか?』

『私は覚えてないのでわかりません』


 やけに堂々とタイムが返事をしてくる。まぁ実際そうなのだから仕方ないとも思うが、一切悪びれた様子がないのもどうかと思う。

 とりあえずタイムには「そうなんだよ」と適当に言葉を返しておく。


「もう密談は良いかね? もし時間稼ぎをしようと言う腹づもりならば、こちらも相応の手段に訴えることになるが」


 トリプトがこちらに話しかけてくる。どうやら俺とタイムが会話している事をおおよそ察しているらしい。まぁパスを通して使い魔と会話するなんて事は魔導師にとって珍しい事じゃないので、特に驚くこともないか。


「こんな手段に訴えておいて気を使って貰えるとは思ってもみなかったな」

「私としてもそれだけ君の力を欲していると言うことだ」

「……これで従うと思われるのは甚だ心外だ」

「ではどうする。状況が変化するまで待つとでも言うつもりかな?」


 トリプトのその言葉からは自信のほどがうかがえる。少なくとも眼前の状態は易々と覆されない、そう思っているようだ。


 引き伸ばしを嫌がっているように見せてはいるが、釣り餌にしか見えん。まだ何かあるとみたほうがよさそうだな。いや、そもそも状況が動いたとしても俺に知らせなきゃ良いのか。俺にはそれを知るすべがないんだからな。


「いいや、そんなつもりはない。それで宰相様は一体何が目的なんだ?」

「単刀直入に言おう。私に協力したまえ。王家の力ではもはやこの国を維持できない」


 トリプトから出された提案は、あらかじめ予想のついていた通りのことだった。


『そもそもこの人が王家の力を削いだんですよね?』

『さぁな、元々力が弱まっていたから踏み切ったって可能性もなくはない。王宮の権力争いなんてよく知らないからな。だから、俺たちにとって問題はそこじゃあない』


 そう、そこは問題じゃない。今俺たちにとって問題なのは目の前のこの男が、明らかに敵対行動をしている点であり、その背後に何かが見え隠れしている点である。あまりピンとこない過去の因縁を捨て置いたとしても、それらは看過できる問題ではない。


「いくつか聞きたいことがある。どうしてあんたが時の牢獄を持っている」

「あれかね。あれは馴染みの承認が私の元へ持ち込んだものだ。その様子だと元はジルクニフ殿が所有していたものだったと言うわけか。ふむ、良いだろう。もし君が望むのであれば返却するのも吝かではない。だが、私もそれなりに資材と投じて手に入れたものだ。申し訳ないが相応に代価をいただくこととなる」


 盗んだ相手ならいざ知らず、それを買い戻した相手に対して所有権を主張したところで、それがまかり通らないのはわかっている。それがどれだけ正当性があろうと、世の中それほど甘くはない。ましてや相手は貴族である、平民風情が白を黒にできるわけもない。

 つまり、この男はそれができないのをわかって言っている。こちらに対し同情を見せている様なツラをしているが、その腹の内を考えればそれがかえって腹立たしい。


「いつか懐に余裕ができたら頼むとするよ、ちなみにいくらなんだ?」

「十億リジーだ。知ってのこととは思うが、その効果を考えればこの金額は破格だ。君に対する私の誠意と考えて欲しい」

「わかった。覚えておく」


 俺はなんとか言葉を絞り出す。

 聞くんじゃなかった。わかってたことだが払えるわけがない。あまりの金額に声どころか手まで震えてくる。


「時の牢獄をどこで手に入れた? ……いや違った。使い方をどこで知った?」


『……そんなに動揺するくらいならなんで金額聞いたんですか。わかってましたよね?』

『興味本位だ。トリプトがどの程度の値付けをするか知りたかった』


 タイムにそう答えた後、俺は一度大きく息を吐きだした。


「ひとえに我々の研究が結実したものだ。二十年もの時を要したが、それに見合うだけの価値はあったと自負している」


 そう話すトリプトの瞳からは誇りと自信が垣間見える。疑惑を向けたところで揺さ振れそうにもない。


「さて、聞きたいことはそれだけかな?」

「……きょ……いや、それだけだ」


 教会のみんなはどうなった? そう聞こうとしてが、その言葉を飲み込んだ。あの場所がどうなっているのかなど今しがた目にしたところだ。これ以上のことを知りたければもう実際に行くしかないだろう。それになにより、今こいつから何かを言われれば流石の俺も冷静でいられる気がしない。今冷静さを失えばどうなるかなど考えるまでもないことだ。


「では次は私の番だ」


 そう言ってトリプトは懐からスクロールを取り出すと、テーブルの上に広げてみせる。そのスクロールには魔法陣が一つ大きく描かれていた。


「《呪術巻物(カースド・スクロール)》」

「さすがよく教育を受けている。そう、君の言う通りこれは《呪術巻物(カースド・スクロール)》と呼ばれるものだ。あまり一般的なものではないが、その様子ならばどう言ったものか語るまでもないかな?」

「対象を呪いで縛るものだろ? 色々種類があるが、これは対象に自ら契約させることによって、より強力に相手を縛つけるタイプだな。契約を破った時の効果も最悪だ。これなら簡単に人は死ぬ」


 一口に呪いと言ってもその効果は様々だ。相手を徐々に弱らせるもの、対象の行動自体を制限するもの、激痛などにより目的の方向へ誘導しようとするものと言った具合だ。

 そのうちの一つである目の前のスクロールの最も厄介な点は自身で使用する点にある。それは自分自身に対し呪いをかけると言うことは、抵抗が一切働かない。そこに一切の例外はない。タイムの恩恵にあずかる俺であってもだ。自分で呪いをかけたいと思ったからこそ、このスクロールは発動するのだからある種当然と言える。


「素晴らしい。一瞥しただけでそこまで見抜けるものなどそうはいない。どうやら私はまだ君を見くびっていた様だ」


 そんな世辞を言われたところで、喜べるはずもない。今この状況で広げて見せたと言うことは、俺に対して使おうとしているのに他ならない。これで喜んでいられる奴はどうかしている。頭に花畑でもあるに違いない。


『たとえ敵からでも、これだけ褒められると少し嬉しいですね!』

『お前はそう言う奴だよな』

『可哀想なものを見つけた様な声音は直ちにやめてください』


「私は臆病な人間でね。口約束は信じないことにしているのだよ。人質とて同じことだ。見限られてはどうしようもない。その点これは有用だ。何しろ叛意があればすぐにわかる」


 確かに、解呪しなければ解けることがない呪いであれば、それが解けることが何を示すのか一目瞭然だ。何しろ反感を抱かなければ解く必要もない。この男にとってそれは安心材料の一つではあるらしい。

 解呪のタイミングをこちらで測れるのならば、それも意味をなさないだろうが、目の前に広げられた魔導術式ではそれも容易な事ではなさそうだ。


『それで、どうなんだ?』

『抵抗すると言うなら防げると思いますけど、一度かかってとなると……正直わかりません。それに……もしかすると私達にも影響があるかも』


 さもありなん。正直今の俺たちにとって呪いなんてものは禁忌(タブー)に等しい。おいそれとは試すことなんて出来ないしな。意図したのかはわからないが、こちらの急所を的確についてきていると言っても良い。


 これを受け入れるってのは俺にとって敗北に等しい……いやそうなると完全に敗北だな。次エドガーに会ったら一言文句を言ってやらないと気が済まない。そのためにもどうにかして切り抜ける必要がある。何かきっかけさえあれば良いんだが……。


◆◇


「ほんとしつこいですわね! それに周りは何をしているんですの!?」


 今の攻撃で何度目でしょうか。こちらが空中にいるという理合によって、連続での攻撃こそ免れていますが、その一つ一つはとても軽視できるものではありませんね。こちらが牽制で放つ光弾をものともしません。ですがもう少し、もう少しでご主人様に届きます。


 それにしても忌々しい、慌ただしくなってはいますが、このアレインと呼ばれた衛士の暴挙を誰も止めようとしないのはどう言うことでしょうか。考えたくはありませんが、彼女がここの責任者とでもいうのですか? そうでなくては、いえ、そうであっても説明がつくとは思えませんけれど。


「……このまま戻られるのも面白くないか」


 アレインはそう言うと、魔導術式を展開します。まさかこんな所で攻撃魔法を……いえ、あれは、


「獣人の身体強化っ!」


 速度が増したその一撃は先程の比ではありませんね。その一撃をかろうじていなすと、それは壁を蹴って更に仕掛けてきます。

 威力を上げた光弾を簡単に弾かれ、アレインがこちらへ迫ります。


 せめてミントさんがいればこんな相手!


「とった!」


◆◇


 階下から鳴り響く轟音とともに、部屋に兵士が駆け込んできた。


「何事だ騒々しい」

「アレイン殿が侵入者を発見! 現在交戦中とのことです」

「交戦中だと!? あの馬鹿者め! ここをどこだと思っているんだ」


 ルミナのやつ見つかったのか!? 何をして……いや、音がしたのはすぐそこだ。なら声が届くはず。


『ルミナ! 聞こえているな! すぐに戻れ! ルミナ!』


 呼びかけるものの、ルミナから反応はない。まだ遠いのか? まさかそんなはずはない。


『ソルトさん! ルミナさんが!』


 いつの間にか飛び出していたタイムがそう俺に告げてくる。何ら要領を得ない報告では在ったが、その逼迫した様子から、一刻の猶予もないことが伝わってくる。


 俺は自分の掌をスクロールの上へと叩きつけた。


「トリプト、条件を飲む」

「これは僥倖。部下の暴走もたまには役に立つようだ」


 満足気に嗤うトリプトを睨めつけながら、俺は《呪術巻物(それ)》を発動させた。

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