第139話 トリプト・ロードリーフ
「それで、王子様はどうするつもりなんですか?」
「……」
「ジキス殿とエドガーが一緒なんだ。むしろ王都に残るほうが危ない」とか言ってついてきた結果がこれとか。この人が本当に次の王様になって良いのかな。とても不安。
「ジキスさんやエドガーさんどころか、アンゼリカさんも、フェンネルさんも、ミントも、リナリアさんもいませんけど」
「……君の中の序列が垣間見える……いやつまり、今は君と二人きりというわけだ」
「ええ、確認するまでもなく」
この場所へとやってきた直後、私たちは魔法の攻撃を受けた。突然のこともあってそれはエドガーさんでもそらす事が精一杯だったらしく、私達は散り散りになってしまった。
廃墟の瓦礫に生じた隙間に隠れたことで、奇跡的に今は見つかってないみたい。でも、離れたところで魔法の攻撃が続いてて、それがこっちにくる前にここを離れないときっと崩れる。
そんなこんなで私リユゼルは王子と二人きり。普通なら憧れ嫉妬されるような状態なんだろうけど、こんな状態では不安でしかない。そもそもこの王子と二人きりになってもちっとも嬉しくない。
「それは君もだろう。いや、別にそんな事が言いたいわけじゃないんだ。こう……どうしようか」
「……もしかして、計画が破綻すると何もできなくなる人ですか?」
いよいよもってこの国はダメかもしれない。
「待ってほしい。僕を安く見積もらないでくれ。合流……そう、まずは合流だ。こちらへやってきた時すでにジキス殿の姿はなかった。つまり僕達が安全を勝ち取るにはエドガーと合流するべきだ」
「隠れてたほうが良くないですか? 私、戦力にはならないですよ?」
お姉ちゃんは確かに冒険者だったけど、私はからっきしなのだ。王都へ来るまでの間、少しは稽古をつけてもらったけど、当然まだ自衛ですらままならない。素人が戦っても邪魔にしかならないから、まずは逃げることを覚えるべきだ、と稽古をつけてくれたソルトが言っていた。
「……君は冒険者志望なのだろう?」
「今はまだってだけです。そのうちバーンと強くなる予定なんですから」
「……そんな方法あるなら僕が知りたいよ」
「王子様は戦えないんですか?」
「そりゃあ僕だって多少の心得はある。でも誰かを守れる戦えるかと問われれば、それほどでもない」
この人は一体何ができるんだろう……。ただ、この王子の事情はともかく、王子の提案が現実的ではないことは私にだってわかる。
「延々と魔法が打ち込まれている場所へ王子はいけるんですか? 今一番誰かがいる可能性が高いのは、そこですよ?」
「……敬称がなくなったね。僕はそこにいる可能性は低いと考えている。ここもそうだが、魔法を打ち込まれれば今にも崩れかねない、そんな場所にいつまでも止まるだろうか?」
「……そう言われると」
どうにかしてその場を離れようとすると思う。ただそれは私たちの場合であって、他の人もそうなのだと言われるとどうなんだろう。うまく言えないけど何か納得できない。
「僕たちの目的は教会跡だろう? だからそこへ行けば誰かいるんじゃないかと思うんだ」
「それって敵もそこにいるってことなんじゃ……」
「……よし、じゃあまずは遠くから教会跡の様子が見えるところへ移動しようか」
私の意見で少し気弱になった王子様になんとも言えない気持ちになる。意見を取り入れてくれるといえばよく聞こえてしまうけど、この人の場合は単に自分に自信がないだけな気がする。
「……そうだね、ロウレル」
「……ついに呼び捨てになったね、まぁ良いけど」
私達は連れ立って教会跡地に向かって移動を始めた。
◆◇
散り散りになってしまった跡、私とアンゼリカさんは改めて教会跡までやってきた。リユゼルを探しに行きたいと言う私の希望は、すげなく却下されてしまった。下手に動いてしまうと、すれ違ってしまう可能性が高いのだそうだ。
教会には宰相様の私兵が待ち構えていたけど、アンゼリカさんが難なく対処してしまった。結構な人数さがあったのに、一切それを感じさせない辺り、この人も常人の枠から飛び出した一人のようだ。
目の前には事切れた人の山が築かれている。見ていてあまり気持ちのいいものではないけれど、今更取り乱すようなこともない。お姉ちゃんと付き合っていくと言うのは、そう言うことだと思っている。
宰相様の私兵と断言しながら返り討ちにしてよかったのかと尋ねれば、
「ただの暴漢ですよ。これはきっと宰相とも共通の見解です」
と言っていた。
「す、すごい……」
「この程度の相手ならどうってことはありませんよ。おそらく本命は……」
そう言って、アンゼリカさんが魔法の音が響く方へと目を向けた。その炸裂音は一向に絶えることがない。そこにお姉ちゃんがいたらと思うと、とても不安になるけど、アンゼリカさんが言うにはそこにいるのは間違い無くエドガーさんらしい。
「あちらでしょうね。ただ、あれは行けません」
「そうなんですか?」
「非効率です」ときっぱり断言した。その方が私たちにとっては良いことなのに、この人はなんでこんなに不満そうなんだろう。もしかして、敵味方問わず苦言を零すほど浪費が嫌いなんだろうか。
「あれではエドガーさんの足止めにはなりません。きっと今積極的に動かないのも、マスターがいないのだから急ぐ必要もないとかそんなことを考えてるんですよ。マスターがいらっしゃるまで私たちはここで足止めですしね」
「調査……しにきたんですよね?」
「それは私たちがいますから、それに……最初の一撃は、正面から事を構えるのを避けたい、と考えさせるには十分な一撃でした。エドガーさんなら迷わずリスクの低い方を選択されるはずです」
「それほどですか」
確かにとんでもなく強力だと言うのは私にもわかった。でも、エドガーさんとアンゼリカさんがいても、と言うのは腑に落ちない。
「マスターが間に合うようならマスターに任せてしまった方がリスクも抑えられますからね。エドガーさんにしてみれば、今焦って行動して消耗するのは愚作なんでしょう」
ここへ来た時ジキスさんとリナリアさんの姿が見当たらなかった。多分ジキスさんと一緒で、妨害のせいでこちらへ来れなかったんだと思う。
「と言うことは王子とエドガーさんは一緒にいるんですね」
「……それは」
どうでしょうか、とアンゼリカさんが首を傾げた。
「殿下であれば切り抜けられると考えて合流されていない可能性があります」
「……護衛対象なんですよね?」
「エドガーさんがそう言う以上、確かにそれは可能なのでしょうけど、その場合、殿下は常に最善を選択し続けなければ難しいでしょうね」
「……それは無理ってことですよね」
「ほとんどの人にとってはそうでしょうね。だからこそ、ここを最優先で制圧する必要がありました。ここはわかりやすい目的地ですから」
確かにここは最初の目的地だったんだから、そう言うこともあるかもしれない。でも……、
「こんな時にそんなわかりやすい目的地に向かっちゃいけないんじゃ……」
「残念ですけど、人は追い詰められると安易な選択肢を選びがちです。それが素人であればなおのことです。手ほどきを受けている殿下はともかく、リユゼルさんはその傾向が高いでしょうね」
「そっか、だからさっき」
「さて、ミントさん。結界は貼れますか?」
「は、はい。ルミナから簡単な魔法は教えてもらいましたから」
「……本来ならそうあっさり習得できるものではないんですけど、やはりあの方のなさることは異常ですね」
私が不思議そうにしていると、アンゼリカさんは、なんでもありませんと首を横に振った。
「私は少し周囲を見回ってきます、ミントさんはここに隠れていてください。大丈夫だとは思いますけど、何かあれば音を立てて頂ければすぐに帰ってきますので」
こんな所に置き去りにされても困る、と口にしたかったけど、私はその言葉を飲み込んだ。きっとこの先こんな事は何度だって起こる。
「どうかしましたか?」
「いえ、なんでもありません。気をつけてください」
「ええ、ではいってまいります」
少しずつだっていい。私だって強くならないと。
そう決心し、私はアンゼリカさんを見送った。
◆◇
「なぁエドガーあんた何が狙いだい?」
「何、とはなんだね?」
「そのままの意味さね。あんたならこの状況だって問題じゃないはずだ。なら何か狙いがあるって考えるのは当然のことさね」
「君は今のこの状況をどう思う? 奇妙だとは思わないかね?」
「そりゃ確かに……」
思うところはある。そもそもこれだけ魔法を打ち込まれて、こんな何でもない瓦礫が吹き飛ばないというのはどう言うことだろう。ただ単にこの場に釘付けにしたいだけとしか思えない。
「そう、そもそもにおいてジキス殿と分断された時点で我々は帰るすべを失っている。ここから王都へ帰ろうとすればどう足掻いても十日以上必要だからだ。ジキス殿と合流せねば為す術がない。ならば此処に秘密でもあるのかと思えばそうでもないのだろう。この程度の魔法など障害にならない。言ってしまえば多少不愉快なだけで調査をすることだって可能だろう。明らかに必死さが欠如している。なら今こうして無駄に消耗しているのは一体何のためなのだろうね?」
「……」
つまり、今この男が何もしていないのは、ただ相手の意図が知りたいだけってことかい。
「どうかしたかね?」
「……なんでもないさね」
「相手が愚かだとは思うまい。何かまだ私の知らない理由があるのだろうね」
「理由といえば、王子様は探しにいかなくていいのかい?」
「……最悪捕まって戻って頂いた方がいいのかとも考えていてね。向こうにも王子が必要だ。帰る手立てのない我々より、帰る手立てを持っているであろう彼方を利用した方が、効率が良いと言うものだ」
この男は何を言っているのだろう。まさかあの王子にそんな芸当ができると本当に信じているのだろうか。
「そんな非現実的な提案より、あの空から魔法を打ち込んでいる魔道士を捕まえて、それを吐かせた方が現実的さね」
「私としては殿下にはそのくらいの強かさを持って頂きたいのだが……まぁそれはともかく、あれを捕えるとなれば少々骨が折れる。最初の一撃を鑑みるにあれはそれなりに厄介な相手だ。相手が勝手に疲弊してくれるのならば、それを待ちたいと思うほどにね。それとも君には何か考えでもあるのかね?」
エドガーにそう問いかけられ、物陰から相手の様子を伺う。だが、空を飛んでいる相手に対し、あたしではたいしたことができそうにない。
「特に案があるわけではないようだね」
あたしの様子を見てエドガーがため息をついた。エドガーはまだ動く気は無いらしい。どうやらあたしらはもうしばらく、この場に釘付けにされることになるらしい。
◆◇
「……ここは」
「時の牢獄じゃよ。あれの怒りを買ったことといい、こちらに巻き込まれたことといい、お主はよくよく運がないのぉ」
代わる代わる状況が移り変わっていくその水晶玉には、今リナリアとギルマスの姿が映し出されている。交わされるやりとりまでこちらに聞こえてくるのだから、その魔法が優れていると言うのは俺にだってわかる。
トリプトは徐ろにこの水晶玉を取り出したかと思えば、魔法でそれぞれの状況を映し出して見せた。正直その目的がまるでわからない。
もし、これで俺を脅そうと言うのなら計画倒れもいいところだ。
『アンゼリカさん怖いですね……何ですあれ? もう二度とからかいません』
『安心しろ、お前はからかわれる側だ』
『そんなことは絶対に認めませんよ!!』
猛るタイムをよそに、俺はトリプトへと視線を戻す。
「それでこれを俺に見せて宰相様はどうしたいんだ? どうやらご自慢の私兵は一人を残してやられちまったようだけど」
この状況下で今更礼儀も何もない。なにせ相手は明らかにこちらに敵意を持って挑発してきている。
「やられた? あの程度でやられるような者を手駒として使ったりはせぬよ」
「そんな強がりを信じろと?」
「ならば試してみるといい。その代償が君にとって取るに足らぬ者であることを、私も祈るとしよう」
「……良いのか? 俺と取引しにきたんだろう?」
「残念だがその場合は出直そう。次の機会を得る為に全力を尽くすつもりだ」
何が臆病者だ。大胆にもほどがある。俺が何もかも投げ出して切りかかれば、こいつはここで終わりのはずだ。それともまだ何かあるのか?
「さて、交渉の場は整った。そう言う認識で良いだろうか?」
トリプトのその言葉に俺はほぞを噛んだ。