第136話 信奉者
「……なんですか? 私は何も持ってませんよ?」
先程までのことを引きずっているようで、タイムが身構えたまま返事をした。
「違う。悪いがちょっと結界を張って見てくれないか」
「結界ですか? 良いですけど……こうですか?」
タイムが言われるまま、目の前に結界を展開させる。俺はまじまじとその結界を観察するが、取り立ててなにかがありそうもない。
試しに小突いてみるが、やはり何の変哲もないただの結界だ。強いて通常と違う点を上げるとすれば、幾重もの小さな結界が組み上げられたものという事だろうか。
「ご主人様、この子の結界がどうかされたのですか?」
「んー、いや……」
ルミナの問いかけに、俺は答えに窮する。夢で見たことが気になって、というのが理由ではあるが、逆に言えばそれだけだ。一笑に付されても仕方がない。
「二人は笑うかもしれないが、夢でちょっとな。爺さんが何やらやろうとしてたのを見たんだよ。もしかすると何か秘密でもあるんじゃないかって思ったんだが……」
「なるほど、それで先程……それならそうだと仰ってくだされば良いですのに」
「……それこそ良い歳してだろ。たかが夢のことで良い所で起こされた、なんて怒鳴り散らすとかみっともないだろうが」
俺は自嘲気味にそう言ったが、ルミナにはそれが信じられないと言った様子である。
「普通ならそうかもしれませんけれど、グランドマスターの夢だったのでしょう? ならば、たかが、はありえませんわ」
「……俺も大概だけどちょっと爺さんを神聖視しすぎじゃないか?」
「そうでしょうか。私からすれば普段を知っているせいで、ご主人様の中での評価が下がっているだけのように思いますけれど」
そうなのだろうか、確かにだらしない面や良い加減な面もあるにはあったが、それを差し引いても爺さんは飛び抜けていた。それこそそんな面など些事に過ぎないほどにだ。そんな考えの俺ですら評価を下げていると……まぁ深くは問わないでおこう。
「それより私は私の能力の方が気になるんですけど……これは結界じゃないってことですか?」
「それよりってあなた……いえ、まぁいいです。あなたの力に関してですけど、グランドマスターがそう仰ったのであればそれは結界ではないのでしょう」
タイムの問いに、ルミナはそう断言した。
おかしい。いつの間にかルミナの中で、俺が見た夢が事実となっている。助けを求めるようにタイムが俺に視線を向けてきた。俺はそんなタイムからそっと視線をそらす。
「今この時にご主人様がグランドマスターの夢を見たのは偶然ではあり得ません。私たちはそれを知らなければいけません」
じりじりとタイムににじり寄っていくルミナと、それから逃れようと部屋の隅へ追いやられていくタイムをよそに、俺は再度タイムが張ったままの結界に目を向ける。
やっぱり結界にしか見えないんだが……ふむ、試しに魔力を通して見るか。
俺は結界の上に魔法陣を描くように、魔力の手を伸ばして見る。すると、タイムの結界が淡く輝き始めたのだった。