第132話 気の重い提案
「概要は伺っています。なんでも品評会でお命を狙われているとか」
「その通りである。君にはその場でロウレルの身を守ってもらいたい」
「殿下を、ですか?」
俺は首をかしげる。聞いた話では陛下の身を守ると言った話だったはずだ。
「少しすり合わせをした方が良さそうだ。エドガーから聞いたことはそれで全てかね?」
少し考えてから「ええ、そうです」と返事をする。それを聞いた陛下とカイエルは、一度顔を見合わせた後深々とため息を付いた。
「……あやつには苦労をかけておるな」
平時であれば難なくこなせていると言う、信頼の現れと言うことなんだろうか。まぁ城外での仕込みを全部やらされてそうだもんな。流石のエドガーでも手が回らないわけか。
『まぁお二人とも子供の面倒を丸投げしている訳ですしね』
『お前それ絶対声に出すなよ。それにカイエルの方はどちらかと言うと取り上げられたんだろうぜ』
それにしても、だ。いかに権勢が衰えたとは言え、傍に控えているのが男爵と子爵だけってのはどう言うことだ? それだけ追い詰められてるって言うならトリプトを追い落としたところでどうにかなる物なのか?
俺が訝しみながら目を向けると、カイエルがまるでそれを見透かした様に笑いかけてきた。
やばい、俺としたことがなんて迂闊な真似を。
「君はトリプトをどう思う」
「……宰相をですか……そうですね」
初めて見たときの印象は、思っていたより若い、なんて言う益体もない感想だった。だが聞かれていることはそんなことじゃない。そのくらいのことは俺にだってわかる。
恨みがないかと問われれば、それも今ひとつ結びつかない。それはきっと俺がその惨状を目にしていないからだ。俺が目を覚まし村へたどり着いた頃には、全てが終わっていた。かつて住んでいた教会は瓦礫となり、近所の家々は火をかけられ跡形もなかった。今にして思えば不自然極まりない。村を襲撃した盗賊があれほど徹底するはずもないからな。
その盗賊も程なくして駆けつけた騎士団に討伐されたと聞いた。それらが全て証拠を隠匿するためだと言うのなら、
「随分と慎重な……いえ、臆病な人間でしょうか」
どう考えたってやりすぎだ。そのせいで、招き入れなくて良いものまで招き入れている気さえする。
「そう、あれは臆病者だ。奴の派閥は近親者や政略結婚によって得た縁者からなる物だ。その上それ以外の諸侯は徹底的に力をそぎ落とす様な真似をする。安定している国であればそれでも手にすることはできよう。だが動乱の兆しのある今はダメだ。それでは国は立ち行かぬ」
「トリプトを追いおとすいことで、権勢を取り戻せるのでしょうか」
派閥が親族からなるのなら、死んだ後のことも定めていてもおかしくない。陛下も同じ結論に至っている様で、静かに首を横に振った。
「幸いあれが従えておる諸侯は数段劣る。しかし、あやつを排除するだけでは到底無理であろう。それは頭をすげ替えることにしかなるまい。もうひと押し必要であろう。そう言う意味ではあれと私の見解は一致しておると言っても良い」
「……どう言う……事でしょうか」
言わんとすることを薄っすらと察しながらも、俺は言葉を続ける。
「この身はもはや枯れ果てたものなれど、私の……余の命はそれに足るであろう」
案の定、気の重い提案が陛下の口よりもたらされた。