第131話 秘事
「そのような所はやはりジルクニフ殿の縁者だな。目上に対しての振る舞いがまるでなっていない」
俺たちを見て、陛下が苦々しく呟いた。まぁ俺やタイムだけでなく、ルミナもなんら反応を見せていない。王族からしてみれば眉をひそめて当然だ。
『どどどどうしましょう。今からでも間に合いますか!?』
『落ち着け。どうせ今からやったところで更に悪印象を持たれるだけだ。とりあえず、いつでも土下座に入れる心構えだけはしておけ』
『……どうして二人ともそんなに後ろ向きなんですの。心配なさらずともこの方は怒ってはおられませんわ』
陛下の言葉を聞いたカイエルがオロオロしながら、俺達と陛下とで視線を巡らせている。それにつられ、視線だけで室内を確認していく。そんな俺に対し、ルミナが「そう言うところですわ」などと、呆れたように呟いている。
ここはどこだ? 隠し部屋……か?
俺があてがわれた部屋と比較してもずいぶん狭く、到底国王の自室だとは思えない。流石に三人入っただけで息苦しくなると言うほどでもないが……いや、よくみれば寝台すらない。どう考えても国王の部屋ってことはなさそうだ。特に椅子なんて一つしかない。それが不敬であるとはわかっていても、自分のしかないのかよ、などと思ってしまう。
「あの、陛下――」
「よいよい、別にこの者たちを咎めようとは思っておらぬ。むしろジルクニフ殿の縁者であればこうでなくては、とさえ思うのだ。あの方も我らのことを王城の中でふんぞり返っている若造、くらいにしか思っておらなんだからな」
爺さんならばさもありなん。婆さんならばもっと酷い。ただ、今日のところはそれに助けられた訳ではあるが、同列に並べられるのはやはり納得がいかない。
「まずは詫びておこう。あやつ……トリプトの思惑もあろうが、それだけではない。お主らが今こうしているのは私の要望でもある。折角の機会ゆえ、一度会って話をしたいと思っていたのだ」
ということは必然的にエドガーの野郎もグルか。あいつ俺を騙すことになんの躊躇いも抱かなくなってそうだな。
『普通に言えば協力出来たのでは……』
『宰相に悟られたくないと言う判断だったのでしょうね』
タイムの質問に答えるルミナは、呆れ半分、悔しさ半分といった様子である。自身も騙される側だったのが納得いかないのだろう。
「ソルト君、どうかしたのかい?」
「ああ、いえ、先ほど賜っ他お言葉を考えると、どのように対応するのが正しいのかと思案しておりました」
それを聞いた陛下が一瞬の沈黙の後、快活に笑い始めた。
「なるほど、確かにその通りよ。よい、今宵に限り全てを許そう。好きなように話すが良い」
「感謝します」そう答えながら、俺は陛下にお辞儀する。
「さて、本日そなたを招いた理由はいくつかある。まずはこれだ」
陛下がそう言うと、側に控えていたカイエルが、俺に何かが一杯に詰まった布袋を渡してくる。促されるまま袋の口を開くと、中には見たこともない煌めく黒い砂が詰められていた。
「それは《紛い物の粉》と呼ばれるものだ。魔力を秘めた粉でな。金属と混ぜ込むことで寸分違わず嵩増しが行える。そなたが求めて止まぬものの一つであろう? 独力で突き止めおった愚か者がそう言っておったわ」
その愚か者ってのはエドガーだな。
『エドガーさんですね』
『間違いありませんわね』
俺と同じ事を考えたらしく、タイムとルミナも続く。
『ただ用途がわからないな。俺が求めて止まなかったものってなんだ?』
『何言ってるんです!? どうやって生成したのかわかりませんけど、これ魔素の塊ですよ!? これだけで硬化数万枚分になるはずです』
『なんだと!?』
そう言えば以前エドガーの奴が、何がタイムに作用しているのかを知るべきだと言っていた。色々あって後回しになっていたが、エドガーはきっちり調べていたらしい。
「二十年ほど前よりイベリス王国よりもたらされたものだ。言うまでもない事だが、それは国家の秘事である。もしそれを欲するならば心して当たるが良い」
「は、承知しました。陛下の心遣いに感謝します」
イベリス王国か……これから行くとするとマトリカリア法国経由か? いや、そう言えばロウレルが二国間に緊張が走ってるとか言っていたっけな。
『つまり、どう言う事です?』
『……はぁ。良いですか? 貨幣に含まれる鉱物の含有量、多くは金ですが、それは国力の指標の一つとなります。それを実は誤魔化していたとなれば国家の威信は失墜しかねません。そんな物を世に送り出しているイベリス王国の狙いはわかりませんが、それを取り入れている各国は輸入量と含有量に虚実を織り交ぜているはずです。その虚実を丸裸にしてしまいかねないあなたは、各国の為政者にとって今すぐにでも抹殺したい対象でしょうね』
『……最後の必要ですかね』
ルミナの最後の一言は注意半分、悪意半分と言ったところだろう。
『もう一つは、あまり表立って探るような真似をするなってことだろうな』
爺さんや婆さんの威光が届くうちは良いが、下手をすれば消されかねない。陛下の様子からエドガーは知らなかったようだが、よく探り当てたものである。
「品評会の件の褒美としてそれは袋ごとそなたに与えよう。この部屋を出る前に使っておくが良い」
「ありがとうございます」
褒美の先渡し? どう言うことだ?
国王を救う。そんな手柄を立てれば相応の場が設けられるはずだ。だと言うのに、先渡しというのはそんな場は設けられないと言っているようじゃないか。
「さて、次は今話した品評会の件についてだが」
陛下のその言葉に、俺はどこか不安を覚えるのだった。