第129話 夜の訪問者
「ソ……ん、ソ……トさん。起きてください。ソルトさん」
呼び声と共に体を揺さぶられ、閉じていた意識が徐々に覚醒していく。まだ思考はぼんやりとしているが、その声が誰のものかくらいは分かる。ご主人様の至福の時間を邪魔しようとは万死に値するな。
「やめろっ!」
「……かつて無いほどの本気の拒絶ですよ。そんなに気持ちいいんですかね」
少しの沈黙の後、何かが俺の頭の横に降り立ち、布団に潜り込もうとする気配が感じられた。
「お待ちなさい。何故あなたも潜り込もうとしているんですの。ご主人様、起きてくださいまし。誰かが来たようですわ」
その声に従い扉のある方へと意識を傾けると、確かに扉がノックされる音が聞こえてくる。俺は不承不承ながら布団から這い出るとベッドから身を起こす。まだ意識がぼんやりとしている。ドアをノックする音から相手が徐々に苛立ち始めていることが感じられるが、もう少し意識がはっきりするまで待ってもらおう。
意識の覚醒と共に周囲を見回すと、周囲は辺りは既に真っ暗だった。
明かりは……見当たらないな。
そんな事を考えていると、気を利かせたルミナが魔法で部屋を照らす。魔法の灯りはルミナの頭上で四方に散り、部屋全体を優しく照らす。その灯りはランプなどとは比較にならないほど明るい。
「人の使う魔法じゃないな」
「これでも精霊の端くれです。この程度造作もありませんわ」
便利そうなんだが残念なことだ。
「ソルトさん、そろそろ外の方が扉を壊しかねない勢いなので返事くらいしませんか」
「誰だ一体。名前くらい名乗れば良いのにな」
それとも名乗れない理由でもあるんだろうか。平時ならそんな腹に一物抱えてそうな人間には居留守を使うんだが、現状ではそうも行かない。俺は最大限警戒しながら扉に近づく。
「あんなに無警戒に眠りこけておいて今更手遅れでは?」
「……うるさい」
無粋なツッコミを入れてくるタイムを黙らせ、俺は扉に手をかける。扉を開くとその向こうには名前も知らない男の姿が会った。歳はエドガーよりさらに十は上だろうか。既に肉体は衰え始め、老人と言っても過言ではあるまい。
男は俺が扉を開くと、一瞬呆けた後手を伸ばしてくる。
「ああ良かった。何事もなかったんだね。本当に良かった」
俺は咄嗟に男が伸ばしてきた手を躱す。男は驚いたようにこちらの様子を窺ってくる。
「ああ、驚かせてしまったかい? すまないね。そんなつもりじゃなかったんだ。私は、ああいや、私のことは今はいいんだ。実は会ってもらいたい人がいてね? 今時間は良いかい?」
「……別に構いませんよ。ええっと……あなたの事はなんとお呼びすれば」
「ああ、そうだね。私はカイエル・ビベッジ。いつも娘が迷惑をかけているようで申し訳ない」
その名前には聞き覚えがある。そうか、リナリアの父親か。それを聞いただけで俺の中に目の前の男に対して忌避感が芽生えるのだった。