第12話 再び北の洞窟へ
俺達は両替商で手に入れたリジーを、全額タイムへ引き渡した。
何かが起こっているのは間違いないのだ。明日の保険のために今日死んでは意味がない。
ここまでの道中で俺が気づいたことも含め、姉さんには共有済みだ。タイムの力を使った後、盾も姉さんに既に返した。
その後、傷薬などを元々持っていたリジーで購入し、今俺達は待ち合わせの西門へと向かっている。
「姉さん、問題発生だ」
「奇遇だね、私もだ」
タイムに能力を見せてもらった所、確かに数値は跳ね上がっていた。
でもそんなものは所詮数値でしか無い。
10上がりました? 1上がればどれだけ強くなるって言うんだ。
少なくともこれを使いこなすためには、圧倒的に情報が不足している。
要するにだ。今の俺達の力が、どれほどのものかまるでわからない。
「逃げ出したい」
「腹をくくりな、ほら、西門が見えてきたよ」
西門には既にギルマスの姿がある。
『知らない人も居ますよ。一緒に行く人ですかね』
「そりゃそうか、一剣と二剣のパーティーが帰ってこないってのに、少数で挑む訳ないよな」
「どうだかね、この町じゃあいつらは別格だ。事実ギルマスは及び腰になってるって言ってたんだろう?」
「それはそうなんだが……まぁ、行ってみりゃ分かるか」
西門へとやってきた俺達を見て、ギルマスの表情が少し曇る。
『なんか感じ悪いですね』
『そりゃな。準備してこいって念を押されて何もしてこないやつとか、俺なら張り倒すね』
『違いますよ。隣にいる女の人です。今にも切りかかってきそうですよ?」
俺はタイムに言われ、ギルマスの隣に並ぶ人物へ目を向ける。
年の頃は二十歳前後と言ったところだろうか。
重鎧を纏った騎士風の女。いや、ギルマスの家柄を考えれば、お抱えの騎士なのかもしれない。
上背は然程でもないが、纏っているものが纏っているものだ、ガッチリとした体格なのは間違いないだろう。
確かにタイムの言う通り、身にまとう雰囲気は酷く感じが悪い。
まるで汚物を見るかのように、人を見下した目をこちらへ向けている。
「貴様ら、エドガー様を待たせるとは何事だ!」
「あ? そのエドガー様が一時間後って言ったんだろ? それともあんたはそのエドガー様の判断が気に入らないって言ってんのか?」
こちらへ来る前にみた広場の時計では三十分ほどしか経っていなかった。
あそこからならば、まだ十分以上余裕があるはずだ。
「それでも先に来るのが平民の義務と言うものだ!」
「ただでさえ――」
「申し訳ないが、あまり彼女を挑発しないでもらえるか」
見かねたギルマスが俺達の間に割って入る。
俺が窘められたのを見て、勝ち誇ったようにこちらを見る。
「君もだ、リナリア・ビベッジ。どうしてもと言うので同行を許したが、つまらない諍いを起こすようであれば帰りたまえ」
「私はそんなつもりは……いえ、申し訳ありませんでした」
リナリアと呼ばれた女が素直に頭を下げた。
当然、ギルマスに向かってのみである。
その後も殺意の込もった目で俺を睨んできた。
どうやらまるで懲りてないらしい。
「またえらく若いのを連れてきたもんだね」
リナリアが馬を連れに離れたタイミングで、姉さんが問いかけた。
「あれは見張り番だ。中に連れて行くつもりはない」
「そう言うことかい」
『えっ、今のどう言うことです?』
『あんな若いやつ無駄に死なせんなってことだろ。それでギルマスの方は俺達が戻らないようなら、連絡に戻らせるつもりなんだよ』
『え、主人を置いてですか?』
まったくだ、主を置いて逃げるなんて、騎士としては本末転倒である。あんな融通の効きそうにないやつが、そんな命令を果たしてまともに聞くんだろうか。
と言うかお抱えの騎士なんているなら、そいつら連れてこいよ。
そう言ってやりたいが、ぐっと堪える。
この女の様な人間が増えれば、そちらの方がやりづらそうだ。
場合によっては動けなくなってしまう。
戦力が多いに越したことはない。だが、今の俺達にとって人目が増えるのは、それはそれで困る。
『何も言わないぞ。人の家のことで口を出してもろくなことにならないからな。当人達が納得してるなら好きにすれば良いんだよ』
『また投げやりですね』
『……そんとき俺ら死んでるからな』
『……あぁ』
俺達がそんなやり取りをしていると、姉さんが馬を引いてやってきた。
「ソルト、あんたはあたしと一緒だ」
「は? ああ、足が届かないのか」
「馬鹿だね。単に足りないのさ。用立てたものは昨日出しちまったらしくてね」
そう言うことか。
まぁ田舎だしな。パーティー二つ分用立てた次の日またってのは、厳しいのかもしれない。
言われるまま、俺は馬に騎乗する。
続いて姉さんも、俺の前に来る形で騎乗した。
「準備はいいかね? では出発だ」
ギルマスの号令とともに、俺達は北の洞窟へ出発した。