第127話 証人の対価
『証拠、おい、何か無いのか』
『私に聞かないでください。そもそも記憶さえないんですからソルトさんのお爺さんのことなんて知りませんよ』
『そもそもここで求められているのは物的証拠ですわ。口頭で示したものなんて一蹴されるのが落ちですの』
『肝心の物がないんだ。それでもやってみるしか無いだろうが』
『……わかりましたわ』
ルミナはそこで会話を打ち切ると、俺達より一歩前へと進み出た。
「僭越なれど発言をお許しください」
「本来であれば口を閉じさせるところではあるが、この場は広く意見を募る場でもある。発言を許可しよう」
「私達使い魔はグランドマスター、ジルクニフ様の作られた腕輪と深く結びついています。これこそが何よりの証拠です」
「何を戯けたことを。それこそジルクニフ殿がお前達を封じるために作られたのかも知れぬではないか。そんな物何も証拠にはならぬ」
ルミナのその進言にトリプトは即座に反論する。
「お言葉ですが、彼女達についてはサリッサ様もご存知のようでした。ですので、ジルクニフ様が生み出されたことに相違ないかと思われます」
一言も反論できない俺達を見かねたアンゼリカさんが、助け舟を出してくれた。ちらほらと「またサリッサ殿か」と言った怨嗟の声が上がる中、トリプトはまるで意に介していないように見える。それどころか、余裕の笑みすら浮かべていた。
「これは異なことを、私が耳にした話によればサリッサ殿は懐疑的な言葉を口にされたと聞いている。それは君の憶測ではないのかね?」
「そのような事は……」
無い、とは言い切れずアンゼリカさんは押し黙る。たしかに婆さんはタイムを見て妙なことを口にしていた。その真意は俺達にはわからない。それは婆さんだけが知ることだ。
こうなったらもう婆さんを呼んでもらったほうが良いんじゃないか? 本人のいない所で真意を推し量った所で時間の無駄のはずだ。
俺がそう考え、声を上げようとした瞬間、エドガーが俺にだけ聞こえるよう話しかけてきた。
「まさかサリッサ殿をここへまねこうと考えているのではないだろうね? 止めておきたまえ。ここはあの方が忌み嫌う人種の巣窟だ。そんなサリッサ殿をここへ招き入れればどうなるか、君には予測がつく、そうだね?」
「……キツネ狩りが始まる」
その場合、繰り広げられる光景を思い浮かべ俺はブルリと体を震わせる。なるほど、誰一人婆さんを招こうと言い出さないのは、単に毛嫌いしているからだけではないということか。
「そういうことだ。その責を負うのは当然招き入れた君だ。ソーワート家での出来事は免除されたとしてもここではそうはならない。それがどういうことか分かるね?」
「……賠償が始まる」
「そうだ。もっとも君は初手で終わるだろうがね」
「じゃあどうしろっていうんだ」
「流れに身を任せたまえ。ここではそれが最善だ」
エドガーは事もなげにそう告げてきた。
こいつ、他人事だと思って……。
「内緒話は終わっただろうか。さて、ではこの事を鑑みて我々は一つ君にお願いしたい。君にはしばらく城に留まって貰いたい。ただしこれは強制ではない。無論、使い魔の話は聞いている。それはこちらで用意しよう」
あくまで俺の意思で留まれということか。婆さんに対しての口実だろうな。
「……わかりました。そのお話お引き受けいたします」
渋々そう答える俺を見たトリプトは、満足げに笑っていた。