第123話 宰相
「面を上げ楽にするが良い」
俺は陛下の言われるまま、顔を上げる。玉座には声に見合った、老齢の男の姿があった。蓄えた口ひげは髪と同様白く染まり、その言葉遣いとは裏腹に酷く弱々しく映る。衣装こそ威厳を感じさせるが、当の本人は疲れ年老いた老人としか思えない。
この男がこの国の国王シートリア陛下か……ロウレルは弟がいるって言ってなかったか?
眼前の王の姿を目の当たりにし、ロウレルの話がにわかには信じられず少し動揺してしまう。
いや、下世話な感想は止めておこう。国王のスキャンダルなんぞ興味もない。
「今日呼んだのは他でもない。先のアカンサスの件、直接聞いておきたいと思うてな」
陛下がそこまで口にした所で、傍に控えていた男が一歩前に進み出た。状況から察するに、この男がトリプトだろうか。もっと老いた男かと思っていたが、随分と若い。年の頃は四十手前くらいに見える。
「僭越ながらここからは私が引き受けましょう。お初にお目にかかる、この国の宰相を務めるトリプト・ロードリーフだ。国民の義務とはいえ、ここまで足を運んでもらったことをまずは感謝しよう」
トリプトはそう言うと、恭しく一礼する。顔を上げたトリプトの瞳が、まっすぐにロウレルを捉えている。
『あれ? 案外冷静ですね?』
『……なんたって初対面だからな。それに、少なくとも教会での生活はそれほど悪いものじゃなかったんだよ』
先程の対応もあって、今ひとつトリプトに対し明確な敵意を抱けないでいた。その先を知っていれば下手をすればこの場で飛び出していたかも知れない。そう考えれば今この状態でいられるのは幸いではないだろうか。
「そちらの者は?」
「申し遅れました、彼らのパーティーに加わったスレイという者です。本日は縁のある者と言うことで、先の六名に加え連れてまいりました」
エドガーの言葉を聞き、トリプトはロウレルをじっと見つめる。
「身元の不確かな者を無断で招き入れるとは言語道断だ。そこの彼には即刻お引取り願おう」
もっと下卑た誹謗中傷が飛んでくるのかと思ったが、至極もっともな正論である。ただ、間違いなくこいつは気づいている。気づいた上でそのように口にしているのだ。
そのトリプトの言葉を皮切りに、周囲の貴族たちもざわつき始める。中には想像通り誹謗中傷を口にしている者たちもいた。
十分ざわつきが収まった後、トリプトが再び口を開く。
「そういう事でよろしいのですかな、殿下」
何か狙いがあるのかと思えば、トリプトはあっさりとロウレルの正体に触れた。
こいつはこいつでなにか鬱憤が溜まっているのだろうか。ただ、それによって、ロウレルを悪しざまに言っていた人間は、少なくともこの場ではこれ以降不用意に口を開けはしないだろう。
もしかすると俺が想像していた以上に、トリプトの奴も昨今の事態を危険視しているのかも知れない。
そんなトリプトを見つめ、エドガーは難しい顔をしている。
あれがトリプト・ロードリーフ。エドガーとロウレルが退場させたい男ということか。