第11話 異変
その後、議論により決まったゴブリンの能力をセインがスクロールの余白に書き出した。
失敗作だから価値はないと言っていたが、貴重なものという先入観のせいで、目の前でどうどうと文字を書かれると、どうにも落ち着かない。
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個体名:ゴブリン
力:5
魔力:3
素早さ:7
体力:4
技量:2
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「こうして改めて見ると、自分の能力の低さが際立って見えるな」
「ソルトは気にするよね。逆にフェンネルはこういうの気にしないんだろうけど。自分の積み上げたものを信じないでどうするさね。とか言いそうだね」
言いそうだ。そう言えば、姉さんは自分の能力を確認しようとしなかった。姉さんが目にしたのは俺の能力だけのはずだ。まさにセインの言うとおりかもしれない。
「フェンネルさん、男らしいですよね」
「……お前それ姉さんに言うなよ」
「はは、まぁ僕としては情報の一つとして知る価値はあると思うよ」
それには俺も同感だ。ただあまり因われ過ぎないよう、俺も注意しておこう。
「そう言えばフェンネルさんは無事に装備を買えたんでしょうか」
「解呪した可能性があるんだよな。持って帰れるのか?」
「これは見に行った方が良いかもしれないね」
俺達がそんな相談をしていると、入口のドアが唐突に開かれた。
息を切らせ、飛び込んできたのはギルドの受付のディールである。
ディールはこちらを見つけると、すぐさま駆け寄ってきた。
人の家だと言うのに遠慮がないのは、相当に焦っているのかもしれない。
「ここにいた! 探しましたよ。家に居てくださいって申し上げたじゃないですか!」
「そうなのかい?」
『そう言えばさっき、素材を売りに行った時怒られてましたね』
タイムが答えるが、セインには聞こえてない。
と言うかこいつ、いつの間にか腕輪に戻っている。素早いな。
とりあえず、セインに対しては答えず、苦笑いしておく。
「それで、家主の許可も得ず飛び込んできたんだ。急ぎの用件なんだろうな?」
「別にソルトが言うことでもないけど、それは僕も聞きたいね。もちろん僕は家主として」
「失礼しました。私はギルドで受付をしている、ディールと言います」
『それは知ってる』
居住まいを正し、礼儀よくお辞儀をする彼女に、俺とセインの声が重なる。
「エドガーがすぐに会いたいとのことです。出来ればフェンネルさんにも来て欲しいと」
「(ギルマスだよ。エドガー、エドガー・セイバリー、まさか知らないわけじゃないよね)」
「(知ってるよ、名前までは)」
セインが俺に耳打ちする。
名前は以前呼ばれたときに、そう呼ばれていたから知っている。でも家名は初耳だ。
何故こいつは家名まで知ってるんだ。家名なんて貴族か元貴族、後は孤児院出身のやつが蔑称でついてるくらいだから、耳にする機会もそうないだろうに。
「姉さんも、ね。姉さんを連れて、後でギルドへ向かえば良いのか?」
「場所さえわかれば私が向かいます。ソルトさんはこのまま向かってください」
『あ、これ信用されてませんね』
そのようだ。帰れと言われて無視していたのだからしょうがない。
「僕が向かおうじゃないか。必ず伝えよう」
「じゃあ頼んだ」
「ああ、任せてくれ!」
言うな否や、セインは家を飛び出していった。
「さて、それじゃあ俺達はギルマスの所へ行くとするか」
「あっはい。そうですね」
飛び出していったセインにあっけにとられていたディールが、我を取り戻す。
俺達はそのままギルドへと足を運ぶこととなった。
◇◆
「よく来てくれた。昨日の今日で呼び立てて済まないね」
昨日と同じ、ギルマスの部屋へやってくると、そこにはエドガーの姿があった。
だがその姿は昨日と比べ、明らかに物々しい。
基本となる出で立ちは変わらない。だがその上に軽鎧を身にまとっている。
執務用の机の上には愛用のものと思われる、騎士剣が置かれている。
「どうも、これはまたえらく物騒っすね」
「呼び立てておいて悪いが、今日は君とのやり取りを楽しんでいる暇はない。北の洞窟はもちろん知っているね?」
存在を、という意味ではない。そんな事は昨日の時点で分かっていることだ。急いでいるらしいギルマスが、そんなつまらない質問をする意味がない。
恐らくは洞窟の最奥に至る細部まで、という意味だろう。
「まぁ一応は。理由を聞いても?」
「昨日君が帰った後、偵察に向かわせた一剣と二剣が帰ってこない」
『ソルトさん、一剣と二剣ってなんです?』
『この国のギルドに認められた数だ。認められるとカードに剣が浮かび上がるんだよ。この国を現す紋章だな。五ヶ所に認められれば、国から認められる為の挑戦権を得られる仕組みだ。そいつらは、この町を根城としている中では一位と二位の冒険者達だよ』
あの後すぐにそんな連中を向かわせたという、ギルマスの本気が窺えると言うものだ。
そして、そんな連中が帰ってこない。既に日は傾き始めている。これはほぼ一日経過していると言っていい。
確かに何かが起こっている。
『おい、もしかしてもう一方の道の奥になにかあったのか?』
『んー、奥の方にも行きましたけどゴブリンを三匹見ただけです』
『冗談だろ、あそこ九匹いたんだぞ』
『えっ!? あの洞窟そんなに早く発生するんですか!?』
ぬかった。普段の周期に慣れすぎて、タイムへの確認を怠った。
あれだけ討伐したのだから、暫くは何もないと高を括っていた。
この状況で俺達を呼んだ?
冗談じゃないぞ、俺達に何をさせるつもりだ。
「我々は既に後手に回っているのかもしれない。これから私も現地へと向かう。申し訳ないが君達にも同行して貰いたい」
「正気ですか? 所詮俺達は三流冒険者ですよ? 他の人間を連れて行かれては?」
「それでも君達は帰ってきた。他の冒険者に関しては語るまでもないな。今の君と同じだよ」
自他ともに認める、うちの看板連中が帰ってこない。
及び腰になるのは当たり前だ。
彼にとっては単にゲン担ぎ程度の認識なのかもしれない。
それで連れて行かれる俺はたまったものじゃないが。
だがまぁ、
「また安い挑発だことで……だが良いさ、乗ってやる。その代り金を用意してもらおうか。50ジールだ。うち30ジールは先払いしてもらう」
「投げやりだね。しかし、助かる。感謝を込めて一つ君に講義をしよう。報酬とは君の価値の現れだが、時として別の側面もある。依頼主がどれほどその依頼を重要視しているか、という意思表示だ」
『これはもっとふっかけられた流れですよ! やりましたねソルトさん!』
『うるせぇよ。やらかしたって言いたいならそう言え!』
俺としては十分ふっかけたつもりだったのに、高額依頼の相場を俺は全然分かってないってことかよ。
「君にそれを理解して貰うためにこれを渡そう。100ジールある。これは手付金だ。持っていきたまえ」
ギルマスがジールの詰まった麻袋をこちらによこす。
「一生ついていきます」
「あいにく私は金で買える忠誠を必要としていない。だが今はその分の働きをしてもらおう」
その時、ドアの向こうから姉さんが入ってくる。
身につけている装備の大半は身軽なものへと変わっていた。
ただ、盾だけは変わらず重厚なままだ。
一見平然としているが、やはり無理をしているらしく、足元がややふらついている。
「なんだい。呼ばれてきてみればもう話は終わりかい?」
「説明は必要かね?」
変わり果てた後の姉さんを初めてみたはずなのに、ギルマスはそんな事をおくびにも出さない。
ただ淡々と話を進めていく。
「そりゃあね。でも依頼は受けさせて貰うよ。ソルトがもう受けちまったようだからね」
「では行きがけに説明させて貰おう。準備もあるだろうから一時間後、西門に来てくれたまえ」
俺達が逃げるとは思わないのだろうか。
もっとも逃げたところで、このギルマスは淡々とミントちゃんに対し制裁を加えそうだ。
ならば俺達に逃げ出す選択肢など存在しない。
「北に行くのに西から出ないといけないのはどうなんですかね」
「あいにくそれは私の職域ではない」
適当に軽口を叩いた後、俺と姉さんはギルドを後にした。
「まずは両替商に行こう。後は貰いそこねた1ジールを回収しに行くとしようか」
姉さんから盾を預かった後、俺達は両替商のもとへと向かった。




