第114話 蜘蛛の囲
「ふぅ、少々肝が冷えたな。エドガー、礼を言う」
「もったいないお言葉でございます」
本来の予定へと立ち返れたことで、ロウレルは平静を取り戻していた。だが、その額には薄っすら冷や汗が滲んでいる。
ロウレルの言葉にエドガーが深々と頭を下げた。主従のあるべき関係に見えるが、いかんせん俺には馴染みがないせいか、酷く芝居がかったものに見える。してやられた対象が自分なのもあって尚更だ。
もう少しで有利に事が運べていたであろうルミナも、表情に悔しさが滲み出ている。
「まぁこのやり方では禍根を残すになるだろう。これから協力して貰おうというのにそれは良くない。だから一つ助言をしようじゃないか」
確かにこちらの利点は少なかったかもしれないが、誰が見ても食って掛かったのはルミナの方である。下手をすれば即座に首を刎ねられてもおかしくなかったくらいだ。それを見逃してもらっただけでも、十分に思える。
「助言、ですか」
「サリッサ様の庇護と言っても万能じゃあない。あの方は……その、言いにくいことだけど……今日のような事は割と頻繁にやっていてね……。その度にジキス様が仲裁に入ってるのさ。そのせいで、貴族の中にはジキス様より下に見るものが少なくない。あの方がその気になれば、今のこの国など片手間に消してしまえると言うことをまるで理解していない。今回君らに手を出そうとしている人間はそう言う人間だ」
……命知らずが多いもんだ。そして、いつでもひっくり返せると言う自信から、その状況を楽しんでいるであろう婆さんも婆さんで、底意地が悪い。
「愚かですのね。仮にサリッサさんがジキスさんより劣っていたとしても脅威であることは変わらないでしょうに」
「全くだ。そもそもジキス様も今はギルドにいらっしゃるんだが、彼らにとっては手が離せないことがあると言う事実が万事にわたっているようだよ。嘆かわしいね」
ロウレルはわざとらしく嘆いてみせるが、目が笑っていない。余程腸が煮えくり返っていると見える。今の王家にはその程度の輩さえどうこうする力がないということか。
「それで、ロウレル様の庇護に入ればそいつらは手出しできないってことかい?」
「ああ、そう言う事だ。結局の所、そう言う連中に真っ向から王家に喧嘩を売る度胸なんて無いのさ」
でも下から台頭するやつの足は引っ張りたいと、そう言うことか。今回のことで間違いなく俺達も目をつけられるな。その時にロウレルの庇護は期待できまい。この件が終わったらとっとと王都から離れよう。
「問題はそれ以外の連中だ。当然品評会のことは知っていると思う」
「……品評会……あいつもグルか!」
ロウレルの口から品評会と言う単語を聞き、俺は俺達を巻き込んだカナリアの顔が即座に浮かぶのだった。