第113話 いつかの借り
「あたしらはあんたと同じ方法は使えない。それはわかった。それであんたはあたしらをどうしたいんだい?」
「すまない、少々話がそれたようだ。そこで彼の――」
「僕の出番という訳だ」
エドガーの言葉を遮り、それまで背後に控えていたスレイが一歩前へ進み出た。あの場にいた俺とルミナ、それに加え最初から知っていたと思しきアンゼリカさんを除いたメンバーが、怪訝な表情を浮かべている。
アンゼリカさんより、あの場にいたタイムの反応の方に物申したい。
「話が見えないね。どう言うことさね」
「その方の庇護下に入れってことですか? そう言えばリユゼルが言ってましたけど、この国には王子が二人いるとか」
「正解。僕の名前はロウレル・センティッド。この国の第一王位継承権をもついわゆる王太子ってやつだ。どうぞ宜しく」
驚くほど軽いノリで、スレイ――ロウレルは自身の正体を明かした。
「腑に落ちないですね。王子様がそれをして一体何のメリットがあるんです?」
「結構結構、礼儀がなっていないと聞いていがそれなりに様になってるじゃないか」
「ぐっ……」
そこは今どうでもいいと言いかけて、俺は言葉を飲み込む。
「さて、僕側のメリットだったね。実は国王の暗殺を企てている連中がいる。これを止めるために平民から信頼できる協力者を探していたのさ。ちなみにこれを聞いたからには拒否は許さない。つまらない権力争いで君達が捕まる前に、僕の持つ権力を駆使して君達を牢屋に打ち込むつもりだ」
エドガーに関わる連中はこんなのばっかりか。
「くそっ――」
「おかしいですわね。私達にメリットが見当たりません」
返事をしようとした俺の言葉を遮り、ルミナがピシャリと言い放った。
「おや? 君達は謁見から無事に帰れる、これは十分なメリットだろう?」
「計画が露呈している以上、そんなもの登城しなければ済むことですわ」
ルミナはあっさりと前提を覆す。それを聞いたリナリアが、前へ出ようとするが、ロウレルがそれを制する。
「王命を守るのは国民の義務だよ。国を捨てるつもりかい?」
「自分を害そうとする国に固執する理由はありませんわね。サリッサさんに頼めば国を脱出するなんて簡単そうですし。幸いこの場にいて困るのはアンゼリカさんだけですわ」
先程まで余裕を見せていたロウレルの表情は、サリッサの名前が出た途端苦々しいものへと変わった。薄っすらと感じていたことだが、相当痛い目に遭わされているらしい。
槍玉に挙げられたアンゼリカさんが一人ワタワタしているが、ルミナはお構いなしに話を続けていく。
「庇護のお話にしたってこの街にサリッサさんがいらっしゃる時点でメリットにはなりませんわね。あの方は態度こそあんな様子ですが、ご主人様を大事にしておられるようです。ジキスさんの庇護下にあるエドガーさんに手が出せない輩が、サリッサさんの庇護下にあるご主人様に手が出せるのでしょうか。ジキスさんも仰っていましたわ。サリッサさんは格が違うと」
「あの方がソルト君を助けるために行動すると? 現にアカンサスでは助けて貰えなかったんだろう? あの方だって万能じゃあない」
何かに縋るように、ロウレルが言葉を絞り出す。だが、その切り返しはルミナにとって決定的だったようで、これまでにないほどの笑みを浮かべている。
「あら、一国の王子が国の未来を賭けるのですか? その発言はあなたの立場では、非常に危ういのではありませんこと?」
暗に国王を差し置いて、王太子でしか無いロウレルがそんな簡単に国の存亡をかけて良いのか、とルミナは言っているのだ。
ロウレルはその言葉を聞き、完全に沈黙した。つまり、彼自身は婆さんが行動を起こす確率は低くないと見ている様である。
「くっ、本当にあの方は本当に厄介だな。突然現れて全てを台無しにしてくれる」
「もう一度、私達にメリットを提示してくださいませ」
ルミナが自信満々にそう言い放つと、エドガーが俺に視線を向けて来る。
「君には確か貸しが一つあったね。これは君も認めたはずだ。まさか都合が悪くなったから無しにする、などとは言わないだろう?」
「……ここでそれを持ち出すのかよ」
ルミナの奮闘虚しく、俺達はロウレルの話を聞くことになったのだった。