第10話 エリオ
フェンネルはバーネット教の教会へとやってきていた。
エリオの居所をセインに尋ねた所、今日もお勤めに行ったと聞いたからだ。
世界には様々な教義があるが、ここセンティッド王国ではバーネット教が多くを占めている。
このパニカムでもそうだ。
朝も早いというのに、教会の周辺には熱心な信徒が多く見られ、清掃をしている神官と挨拶を交わしていた。
「さてと、エリオはどこにいるのかね」
この時間であれば、清掃をしていると思ったが、あたりを見回してもエリオの姿はない。
止む無く、フェンネルは教会の中へ入ることにする。
田舎の教会だ。さほど広い訳ではない。
思ったとおり、中へ入るとエリオはすぐに見つかった。初めは壇上を探してしまったが、参加者の一人として着席していた。
しょうがない。取り敢えず終わるまで外で待つとするさね。
「お嬢さん、どうかされましたか?」
そう思い、教会の外へと歩いていくと、背後からエリオが駆け寄ってきた。
恐らく見かけたことのない少女を気にかけてのことだろう。
「丁度いい、エリオ、ちょっと時間を貰えるかい?」
「ええ、良いですよ」
一瞬だけ目を見開き驚いたものの、エリオはすぐに平静を取り戻し、それに応じる。
見知らぬ少女に呼び捨てにされたのに、全く怒っていない様子だ。
「では、奥の部屋をお借りましょう。付いてきて頂けますか?」
「ああ、わかった」
フェンネルは案内されるまま、エリオに付きしたがう。
どうしてこんな娘が冒険者にと思うほど、後ろから見たエリオの歩く姿はとても優雅である。
髪こそ短いが、豊満な胸に程よく肉の付いた身体。ああ言うのが男に受けるのか、とそんな益体もない考えが頭を過った。
フェンネルは頭を振り、そんな考えを頭から追い出す。
色々ありすぎたせいか、らしくないこと考えちまってるのかね。
行き着いた先は、教会の一角にある応接室だった。二人はそこにあるソファーへと腰を下ろす。
「それで、ご用件は何でしょうか」
「驚かないで聞いて欲しい。あたしはフェンネルだ」
フェンネルがそう告げると、エリオが首を傾げる。
「すみません、私が知っているフェンネルさんは――」
「ああ、そのフェンネルさね。信じられないのは無理もない。何ならソルトのやつを連れてきたって構わない」
エリオが、フェンネルの方へ視線を向け、じっと観察する。
「あの、すみませんけどギルドカードを見せて頂けますか?」
「……それもそうだね」
フェンネルが自分のギルドカードを取り出し、エリオにそれを見せた。
「確かに、これはフェンネルさんのものです。私が知っているフェンネルさんが誰かに預けたりするとは思えませんし……とすると」
「ああ、紛れもなくあたし自身さね」
信じて貰えたことを皮切りに、フェンネルはエリオにその事情を説明する。
「まだ少し信じられません。セインが少し話してましたけど、まさかこんな事になっているなんて思いもしませんでした」
「ふふん、私は旦那じゃない。若さを手に入れたのさ」
「フェンネルさんがそれで良いのであれば、それはとても喜ばしいことだと思いますけれど」
得意げに胸を張るフェンネルに対し、困ったようにエリオが答える。
「こうでも思わないとやってられないのさ」
フェンネルとて本気でそう思っているわけではない。
若さ自体は大変結構だと思っているが、それによりどんな影響があるか未知数なのだ。
手放しで喜べる状況ではない。
「ソルトさんは大丈夫なんですか?」
「あいつは何だかんだで受け入れてるようだよ。ソルトのことだ、なにか感じるところがあったんじゃないかね」
あれは重要な局面に直面すると、かなり直感に頼るところがある。
「それは……ソルトさんらしいですね。それで、私にして欲しいというのは解呪ですね」
「ああ、そうさね。頼めるかい?」
「ええ、見た所強力なものではないみたいですから」
「ちなみに、どう言う風に見えるもんなんだい?」
エリオは暫くの間、フェンネルの体の至る箇所へと視線を移していく。
「そうですね。フェンネルさんの身体が薄い魔力で覆われている、と言えば良いのでしょうか。本来能力の向上は我々神官の領分です。それは神の奇跡により行われるもの、フェンネルさんのそれは対極と言って良いかもしれません。解呪により効果が失われると言うのは、きっと神力がそれを打ち消してしまうのだと思います」
「ふむ、つまり?」
フェンネルが問い返すと、エリオが困ったような表情を浮かべた。
「私が言うのもおかしな話とは思いますが、神官にはお気をつけ下さい」
「わかった、そうしよう。じゃあ悪いけど武具店まで付き合ってもらえるかい?」
「なるほど、ええ、わかりました」
その後、二人はエリオに歩調を合わせ武具店へと向かった。




