第106話 意外性
「それにしても良かったんですか? ソルトさんだけに行かせて」
エドガーの屋敷からギルドへ向かう道すがら、アンゼリカが他の面々へと声を掛ける。
出掛けに心底嫌そうだったのを見て、アンゼリカも少し不安に感じたのかもしれない。
「タイムやルミナもいるんだ。大丈夫さね」
「その二人も頼りになりそうな感じじゃなかったけど……」
軽く流すフェンネルに対し、リユゼルが不安を煽る様に自身の意見を補足した。
「ソルト君のことだから大丈夫だとは思うけど、リナリアさんと合流する前に店から帰るくらいはしそうだよね」
「……大丈夫さね」
自分の次に付き合いの長い妹の発言に、不安を隠せなくなるフェンネルだった。
◆◇
「あの、宜しかったのですか?」
店からある程度離れたところで、スレイが問いかけてきた。だがその意味が良くわからない。あそこに居つまでも留まっていれば、タイムとルミナが面倒なことになるのは明白だ。現にルミナの方は気落ちして、そのまま腕輪の中に引きこもってしまっている。当てもなく飛び出したのは褒められたことではないが、即座に離れたことは最善に近い判断じゃないだろうか。
「リナリア様と合流される予定だったのですよね?」
「……そっちか」
すっかり存在を忘れていた。だがまぁ覚えていたところで行動が変わることはないだろう。
「だって合流したくないしな」
「ソルトさんもあまり私のことをどうこう言えませんよね」
「あいつだって子供じゃないんだ。合流できなきゃ出来ないで自分で判断して行動するさ」
俺は別にあいつの保護者ではない。そこまであいつの面倒を見てやる理由もないのだ。
「勝手に予定を崩すのも大人の対応とは言えないと思いますけど」
「……ぐっ」
「では私がこちらへと残りリナリア様へお伝えしましょう。これから先のご予定は?」
タイムに正論を言われ押し黙る俺に対し、スレイがそう切り出してきた。どうあっても合流させる腹づもりらしい。今のこいつの立場上、仮にも主人の言いつけは遵守したいということなのだろうか。
『ご主人様』
『なんだ復活したのか。何よりだよ』
『そんな事より良いんですの? ご主人様は彼のことが気になっておられるのでしょう? ここで別れてはその機会が失われるかもしれませんわよ』
確かに、そもそもこいつ昨日いなかったしな。もしかしたらこの先会うことは無いかもしれない。
……いや、ちょっと待てよ。よくよく考えると二度と会うことがないなら、正体なんて知らなくても実害はないんじゃないのか?
『別れる場合より、この後普通に会う時のほうがきっと面倒になりますよね』
『タイムどうした。熱でもあるのか』
『失敬な! 私だってちゃんと考えてるんですよ!』
タイムはそう言うがきっとこいつルミナの逆張りしただけだな。声が上ずっている。
だが意見を戦わせるのは悪くないかもしれない。俺とタイムだと考え方が似通ってるせいか、あまり視野を広げられるとは思えないからな。
「わかった、俺も戻る。一人に押し付けるのも気分が悪いからな。婆さんもそれで良いか?」
「私は構わないよ。別に急いじゃいないからね」
「ん? どう言うこと……いやいい、ギルマスがまだ帰ってきてないんだな」
「よくわかってるじゃないか」
ババアがあっさりと言ってのけた。その口ぶりからどうやらギルマスが使用する転移の魔力を感じれるのかもしれない。と言うか知ってるなら教えてやれよ、姉さん達無駄足じゃないか。
「おや、どうやら戻る必要はないみたいですね」
スレイがそう呟いたのを聞き、その視線の先へと目を向ける。だが、視線を向けたところでその発言が意図するところが分からなかった。
てっきりリナリアの奴がいるのかと思ったが、そうではないようだ。
「すまん、話が見えない」
「ちょうどリナリア様が到着されたようですよ」
「えっ、すみません。どこですか?」
周囲を見回すがあのゴツゴツとした重鎧を身に着けたリナリアの姿はどこにもない。周囲にいるのはこの辺りを生活拠点にしているであろう通行人くらいなものである。唯一目を引くとすれば、何故かこんな通りをドレスを着て歩いている清楚な感じの女性くらいなものだろう。
「ああ、あれでも貴族令嬢だもんな。子爵家の馬車でも見えるのか?」
「どうした、合流はクロッカス商会の中ではなかったのか?」
俺がスレイに問いかけていると、その女性がリナリアの声で話しかけてきたのだった。