第103話 疑惑の目
「ソルトさん、チャンスかも知れませんよ」
「これがチャンスならこの世は俺に厳しすぎる」
大方、昨日婆さんが口にしたことを聞き出せと言いたいのだろうが、スレイが何者かわからない以上、話題に挙げたくはない。
エドガーの連れてきた人間だ、命を取りに来る敵とまでは疑いたくないが、俺の社会的立場くらいなら鼻歌交じりに取りに来てもおかしくない。奴は俺の生涯の敵だ。現状がそうだと雄弁に物語っている。
同行者は穀潰しと自称執事。これに暴走娘が加わるらしい。そのうえ向かう先はカナリアの待つクロッカス商会である。
考えるだけで臓腑がキリキリ痛む。出来ることならはぐれた体で逃げ出してしまいたい。
だが、どうせ実行したところで婆さんからは逃げられない。
この閉塞された状況はとても良くない。
「まぁ良いじゃないですか。今の所ソルトさんの言うような、実害が出ているわけじゃありませんし」
タイムの言うように、婆さんはスレイにいろいろと絡んでいるようだが、スレイの方は笑顔でそれを受け流している。
遠巻きに見る限り、どうやら婆さんとスレイは以前からの知り合いらしい。まぁ俺は婆さんの交友関係を把握してるわけじゃないし、別にそれ自体は不思議な事ではない。
今一番問題な点はスレイが何者かという点に尽きる。アンゼリカさんの反応から彼がギルドマスターでないことは計り知れる。
もっとも、アンゼリカさんは中々聡い、エドガーとつるんで謀っている可能性もあるにあるが、そこは素直に信じておくとしよう。疑い始めたらキリがない。
「スレイさんを何者かと探っておられるんですか? 勘ぐりすぎではないんですの?」
「俺は人を信じないことにしたんだ」
「……さらっととんでもないことを言いましたわね」
「まぁそれは冗談だが、エドガーの反応が怪しすぎてな」
「エドガーさんの事ですから、揶揄ったんじゃないんですか?」
……その可能性はありうる。
俺が無言でいると、スレイがこちらへ近づいてきた。
「ソルト様、どうかなさいましたか? 先程から私のことを気になされておられるようですが」
「ああ、エドガーの執事にしては、えらく若いなって話てたんだよ。ほら、エドガーは結構年行ってそうだろ? そんな人間が君みたいに若い執事を雇ってるってのが不思議だったんだ」
「おや? エドガー様はああ見えて今年三十歳となられたはずですよ?」
「……歳下だと!?」
まじかよ、もうスレイのことなんかどうでも良くなるくらいの衝撃だよ。
「馬鹿だねあんた、嘘に決まってんだろ? あれは確か今年で五十近いはずだよ」
「……」
婆さんの指摘を受けた俺を見て、スレイがクスクスと笑っている。
……こいつ。
「見てくださいよ。あれが数分前に人を信じないと言っていた人ですよ」
「良いじゃありませんか。人の事を信じられない方より好感が持てるというものです」
タイムとルミナの二人はこんな時だけ、仲良さそうにヒソヒソと話していた。
「くそう! もう一緒に行っていられるか! 俺は先に行かせてもらう!」
俺はクロッカス商会へ向けて走り出すのだった。
背後からタイムの悲鳴が聞こえてきたが、知ったことではない。