第102話 厄介払い
俺達は食事を終えたものの、まだ席についたまま食後のティータイムを楽しんでいた。もとい、楽しんでいるのは数人だけで、口をつけてはいるが、首をひねっているのが現状だ。それなりに良いものを使っているんだろうが、その善し悪しが良くわからない。正直、日頃飲み慣れないのもあって美味しいとさえ思わない。
だと言うのに、手を伸ばしているのは単なる貧乏性が故である。
姉さんなんかは早々に諦めてワインを出してもらっていた。とは言え、一度失敗しているせいか、結局あまり口をつけていないようだ。
「折角豪華な食事だったのにあまり食べませんでしたけど、どうかしたんですか?」
お前のせいだという言葉を、ぐっと飲み込む。まだ不確かな事を下手にこいつに伝えてボロを出されても困る。何やらエドガーは伏せておきたいようだし、不用意に広めれば後で何を言われるかわかったものではない。
もっとも、さっきの俺の慌て様から、何かあると感じ取っている人間がほとんどだが。
それにしても本当に誰なんだ? いや、待てよ、アンゼリカさんなら知ってるんじゃないか?
そう思ってアンゼリカさんに視線を向ける。すると、それに気づいたアンゼリカさんと視線が交差した。だが、当然ながらその意図までは伝わらず、アンゼリカさんはにっこりと笑みを返し、再び視線を外してしまった。
意図が伝わった所でエドガーの、ましてや本人がいる前で聞くわけにもいかないか。なにせ問題の人物はエドガーの傍に控えたままなのだ。聞くにしても二人がいなくなったあとで良い。
「何でも無い、気にするな、と言うか忘れろ、いや忘れるな」
「何をおっしゃってるんですの、少し落ち着いてくださいまし」
「すまん、少し取り乱した」
俺達がそんなやり取りをしていると、エドガーが一度咳払いをし、自身に注目を集めた。
「さて、今日の予定だが」
「カナリアの所に服を取りにいけっていうんだろう? 判ってるさ」
「それって全員で行かないと駄目なの?」
そう口にしたのはリユゼルだ。どうやらカナリアのもとに行くのが嫌らしい。口には出さないが、ミントの方も同じ意見らしい。
「念の為その場で一度合わせてみたほうが良いじゃないかい?」
「その辺りは心配ない。カナリアの腕は確かだ。どうしてもと言うのならば全員で行かずとも構わないよ。もっとも」
そこまで言ってエドガーがこちらに目を向けてきた。その先は聞かずともわかる。
「タイムとルミナは来るように言われてるんだろ? 判ってるよ」
『……』
二人が揃って無言のまま視線を向けてくるが、無視することにする。
「それで、誰が行くのかね?」
「お前は行かないのかよ」
「私はやることがあるのでね。私の代わりにスレイに行ってもらう」
今度は俺が無言でエドガーに視線を送るも、黙殺された。
タイムとルミナが行くのが決定なら、俺に同行するのが確定じゃないか。冗談じゃないぞ。
「私は昨日会えなかったギルマスに挨拶してこようと思います。立場上顔を出さないわけにも行きませんから」
「私もそっちに行くさね。あたしらもギルドマスターに聞きたい事があるからね。ソルトがそっちに行くならせめてあたしがこっちに行かないとね」
アンゼリカさんに姉さんが続く。残されたミントとリユゼルの二人が顔を見合わせ、二人の間に緊張が走っていた。余程行きたくないようだ。
「まぁ荷物を取りに行くだけだしな、二人でも十分――」
「なら私が付いて行こうじゃないか」
「まだいたのかババア」
声のした方へは視線を向けず、ただ言葉を返す。すると即座に、側頭部に激痛が走った。
「おおおおおっ」
「ソルトさんも懲りませんね……」
激痛の走る場所を手で抑えて突っ伏す俺に、タイムが呆れたように声をかけてきた。
「……うるさいよ」
「それではサリッサ殿にも行ってもらおう」
こいつ、厄介な連中を総じて俺に押し付けようとしてないか。
「それではそちらは頼んだよ。後でリナリアも向かわせる」
「お前……本当に覚えておけよ」
「ほら、何してるんだい、さっさと行くよ!」
ババアに引きずられる俺が最後に屋敷で目にしたのは、ほっと胸をなでおろしているミントとリユゼルの姿だった。