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第9話 セイン

 あの後、ボアから素材を剥ぎ取り、途中ギルドに立ち寄り、それを20リジーで売り払った。

 まぁ持ってきたのは牙だけだし、相場通りと言える。

 どうして出歩いているのかとグチグチ言われもしたが、取り敢えずそれは置いておく。


 なお、銅の方は買い取って貰えなかった。そんな少量持ち込んでどうするつもりだ、とまで言われた。

 手持ち全て注ぎ込まなくて本当に良かった。


 それにしても、ギルドを出る少し前くらいから、タイムが妙に大人しい。

 それまでは、見るもの全てが珍しいのか、あれはなんだこれはなんだと、うるさかったのにだ。


『大人しいが、どうかしたのか?』

『ソルトさん、ボアって魔獣なんですね』

『そうだが、一応言っておくぞ。動物の素材だって使いみちがあるものは買い取ってくれるからな?』

『魔獣が出ないってことだと思ってたのに……』

『そっちか、魔獣が出るか聞いたから、俺はちゃんと稀にボアが出る、って言っただろうが』

『……騙された気分ですよ』

『言いがかりにも程がある……』


 腕輪に収まっているはずなのに、その口調から頬を膨らませている様子が容易に想像できる。


『そう言えばセインさんってどんな方なんですか?』

『ここから家も近い。すぐに分かる』


 セインの家はギルドのある中央の通りから、ほどなくの場所にある。

 いつだったか、欲求のまま行動していたら、老夫婦が格安で譲ってくれたと言っていた。

 俺の家と負けず劣らずのあばら家かと思えば、冒険者には十分すぎるほどの、存外普通の家だった。

 羨む気持ちが無いでもないが、あいつの真似などしたくもないので考えないことにしている。


『気になる言い方ですね』

『一言で言えばあくが強いやつだよ』


◆◇


「セイン、いるか?」

「ああ、待っていたよ。入ってくれ」


 入口の前でそう呼びかける。すると、中からセインの声が聞こえてきた。

 姉さんとの件もある。追い返されなくて一先ず安心だ。


 ドアの先では、セインが椅子に座り、背もたれによりかかりながら、入り口をじっと見つめていた。


「やぁ、ソルト、そろそろ来る頃だと思っていたよ」

「ふっ、流石だな」


 口元にパンくずをつけて、カッコつけられる精神力は本当に感服する。

 見ればテーブルの上には食べかけのパンや、皿に入ったスープが乗っかっている。

 どう見ても待ち構えていた人間のそれではない。


 もっとも、俺が来ると思っていたのは、きっと嘘ではないだろう。

 姉さんとの一件もそうだが、ここはギルドから近い。洞窟の一件も聞き及んでいるはずだ。

 それにパーティーの事もある。話すことは山ほどあった。


 俺は家にいない事の方が多いし、待っていた方が確実だしな。


『全然そんな感じじゃありませんよ、あれ食事中じゃないですかね』

『こんな時間に来た俺達が悪い。そこはつついてやるな』


 既に日は真上に昇っている。ちょうど昼食をとっていてもおかしくない頃合いだ。


「それで、まずはどれから話すんだい? 僕としては今の君の姿の件から聞きたいところだね」

「そうだな、だが、まずは結婚おめでとうと言っておく。あいにく贈り物は用意してないがな」

「ありがとう、ソルトはそういう所変にマメだよね」

「マメなやつは聞いてすぐに来るだろ。さて、じゃあ話を始めようぜ。タイム」

「初めましてセインさん。タイムと言います」


 腕輪から飛び出したタイムは昨日のポーズは見せず、ただ無難に挨拶をこなす。それに対し、セインも無難に挨拶を返している。

 

 こいつ、昨日の一件がよほど懲りたと見える。だが残念だったな。セインは、むしろそういうのが好物なやつだ。


「驚かないんだな」

「いや、十分驚いているよ。まぁ種明かしをすると、実は今朝方フェンネルが家に来たんだよ。その時少し事情を聞いたんだ」

「へぇ、姉さんはなんて?」

「この間の一件を謝って行ったよ。後エリオの所在を聞かれたかな」

「ああ、なるほどな」


 恐らく解呪を試して、タイムの力が切れた状態を知るためだろう。生死に関わりかねないことを、姉さんが試さない訳がない。安全な今のうちに試しておくのは当然だ。

 まぁ、あの人の場合、野生の勘で行動しているだけかもしれないが。


「まぁそんな話なんて良いじゃないか。僕を頼りに来たんだろう? さぁ頼ってくれたまえよ! 今か今かと本当に待ってたんだ! つれないよね。昨日には問題になってたのに僕を頼ってくれないなんて。深夜に押しかけようか迷っちゃったよ。まぁエリオに止められたんだけどね。フェンネルに君が来るって聞いたのに、君はなかなかやって来ないし、僕はもう本当に待ちきれなかったんだよ」

「お、おう」

「ああ……こういう人なんですね」


 突然ハイペースで喋り始めたセインに、どうにか相槌を打つ俺の横で、タイムがドン引きしている。

 

 セインという人間は人から頼られることに、至上の喜びを見出している。端的に言えば変態である。

 街を練り歩き、困っている人間を見つけては、「僕に任せておきたまえよ」などと言いながら背後から近づくのだ。

 そのせいでこいつが厄介事を持ち込んでくることも少なくない。

 

 ただし、金に困ってそうなやつには近づかない。

 どうも、役に立たないと思われるのが悔しいらしい。


 うちのパーティーには元メンバーを含め、金を持っているやつはいないからな。

 

 その後、セインに押し切られる形で、昨日の出来事を改めて説明する。


◇◆


「なるほど、にわかには信じられないけど、ソルトのお爺さんの遺品に取り憑いたと聞いてしまうと、なんだか納得できてしまうね」

「なんでだ、ここで爺は関係ないだろ」

「大アリだよ。ソルトはチンケな魔法だって言うけど、あれは本当におかしいんだよ? 移動で発生するはずの風の抵抗までも()()()()推進力へと変換してる。そうでもないと説明が付かない」

「またか……どれほど技術が凄かろうが、やってることは加速だぞ? 俺が思う凄い魔法ってのは、セインが使うような火球とかを産み出すもんなんだよ」


 セインが大きく肩を落として首を左右にふる。

 一方タイムは激しく首を縦に振り、全力で同意の意思を示していた。


 爺の魔法はともかく、俺から言わせれば、そんな結論に飛躍するこいつも大概おかしい。


「判ります! しかもあれ、ソルトさんにしか使えなくなってますよね?」

「そう、そうなんだよ、魔力紋で識別してるんだと思うんだ。ああ、魔力紋っていうのは、人それぞれ違う魔力の波長みたいなものでね。ギルドカードなんかにも使われてる――」

「待て待て、今は爺の話は良い。問題はタイムの話だ」


 長くなりそうなセインの話を遮り、タイムをその鼻先に突きつける。


「そう言われてもね。僕はその魔道士の話はわからないし、タイム君のような存在も初めて聞いた。もし解呪して欲しいと言うなら、残念ながら僕が言えることは出来ない、と言うことだけだね」


 セインが本当に悔しそうな表情でそう言ってきた。

 

「わかってるよ、ソルトの目的は僕の魔力だろう? でもあいにく魔力に関しても僕には協力できそうにない。僕は譲渡なんて高度な技術は使えないし、タイム君もそういった事はできないんだろう?」

「はい、残念ですけど、今の私には無理です」

「だけどこのまま役立たずと思われるのは非常に屈辱だね! 僕は思うんだよ。ゴブリンみたいな脚力も膂力も異なるような生き物を全て一で括るのは乱暴だよね。そういう数値を決めるなら能力の脅威度で測るべきだと思うんだよ。だからタイム君」


 これは駄目な時のこいつだ。すぐに帰ろう。

 欲求に率直すぎるがゆえに、時折押し付けがましくなるのがこいつの最大の欠点だ。


 俺が入口の方へ向けて振り返ると、セインが俺の方を掴んだ。


「それなりに長い付き合いだからね。フェンネルほどじゃないにしても、僕だって君が何を考えてるのかくらい少しは分かるつもりだよ」


 まぁいい、苦労するのはタイムだけだ。

 そんな事を考えていたが、結局俺も逃げられなかった。

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