プロローグ
「ソルト、今日限りであんたはクビだ」
冒険者ギルドに併設された酒場の一角で、俺はそう通告された。
どこからか「ようやくか」なんて声も聞こえてくる。
「待ってくれ! どういうことだよ、説明してくれ」
「説明なんてしなくたって、あんただって判ってんだろ? 三十過ぎても大した成果を挙げられない。若いもんには次々追い越され、陰口を叩かれる始末。あんたには冒険者なんて向いてないんだよ」
対面に座るリーダーは前衛として優秀だ。ここにはいない二人のメンバーもその能力に申し分ない。
対して俺はどうだろうか。
新米より劣るつもりはない。だが、飛び抜けたものもない。
そつなくこなす、と言えば聞こえはいいが、要は器用貧乏だ。他のメンバーに比べ数段格が落ちる。
俺自身、力不足を感じており、その言葉を強く否定できなかった。
「それは……そうかもしれない」
項垂れる俺を尻目に、リーダーは注文したエールを一気に呷った。
「エリオとの間にガキができたんだ。俺はこれを機に冒険者家業を引退する。これからは堅実に生きていくんだ」
「そうか、エリオと……」
とどのつまり、パーティーは解散ってわけだ。
これも良い機会なのかもしれない。
「しかし、エリオとか、よくあんないい女と……ん? いや、ちょっと待ってくれ。意味がわからない」
フェンネルは確かに筋骨隆々で、頼りになる前衛だ。
気さくな人柄もあって、慕うものも多い。
だが、女である。
「そう言ってセインの野郎、エリオと一緒にパーティーを抜けちまいやがった!」
「お、おう……」
フェンネルは両手でテーブルを殴りつけ、そのまま泣き崩れた。
そうかぁ、セインとか。
あいつらできてたかぁ。
一緒に冒険してたのに気づかなかったな。
俺達が頑張ってた後ろで二人でイチャイチャしてたわけか。
姉さんじゃないがイライラしてきた。
それまで俺達を酒の肴にしていた連中が、関わり合いになりたくないと言わんばかりに、そろって雑談を再開する。
「エリオのやつ、あんなに目をかけてやったってのに、『ごめんなさい。落ち着いたらまたみんなで食事でもしましょう。』なんて言いやがった!」
「それは言葉通りの意味じゃないか?」
「いいや、あたしが結婚できないのを知った上での皮肉に決まってる!」
「そ、そうか……そうか?」
「神官のくせに結婚するようなやつはそうに決まってる!」
「ど、どうだろうか」
バーネット教は豊穣と婚姻を司る女神、バーネットを崇める教団だ。当然のことながら婚姻を奨励しており、結婚して還俗する神官も珍しくはない。
エリオ自身も、バーネット教の聖母などと言われるほど、裏表のない性格だ。そんな皮肉を込めるとは思えない。
セインだってめでたい報告の席に、わざわざ喧嘩を売るような真似はしないだろう。
俺はなんとなく、この場に二人がいない理由を察した。
日頃から《行き遅れ鬼》だの、男の代わりにオークを囲う《豚喰い》だの言われて気にしてる姉さんのことだ。相当絡んだに違いない。
落ち着いたらっていうのは二人の頭が冷えたらってことか。
「あいつそんな場所に呼ばれなかったのかよ」なんて声が聞こえてくる。
黙れ。
「あー、つまりクビってのは」
「パーティーの半分が抜けて、事実上今のパーティーは解散さね」
「やっぱりか」
「でもあたしゃ諦めないよ! 目指すはセンティッド王国最高位、翡翠の冒険者! そしてやがては冒険者の最高位である白の冒険者だ! そしてエリオとセインを見返してやるんだ! 良いねソルト!」
「お、おう」
「声が小さい!」
「おおっ!」
い、いかん、ザマァされる未来しか見えない。