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五の常日『黒きモノの正体』


 シャラン。

 簪を外すと急に心細くなった。自分と主様を繋ぐものが失われる、そんな気がした。


「これがある限りアレはあなたに寄り付かない。預かっておこう」


 そう言うと主様が懐へと簪をしまう。ひとつ頷いて歩き出した。

 要領は簡単だ。道なりに歩き、集めた黒い何かを赤い鳥居の手前まで連れて行く。黒い何かは八体あるが程よく近い場所に在るため、大した距離を歩かずともよいらしい。そうすれば土地神様が道を繋いでくださるのでそこを通って表から裏の領域へとそれらを運ぶ。


「私が側にいると警戒して近寄ってこないだろうから離れて見ていよう。何かあれば遠慮なく呼ぶといい」


 優しく頭を撫でて離れていく主様。その後を当たり前のように花影が付き従う。二人の後ろ姿は、まるで絵姿のように美しい眺めだった。

 悔しい。私は宵宮だから隣に立てるだけ。ただの女なら、目に留まることすらなかっただろう。ちっぽけな、取るに足らない自分の存在を強く思い知らされる。


ぐわんと目の前の景色が歪んだ。


「……っ、立ちくらみかしら?」

「お姉さん、どうしたの。迷子?」


 声を掛けてきたのは幼い少女。どこぞの店の使用人のようで袋を抱えたまま可愛らしい仕草で首を傾げる。


「途方にくれているみたいに見えるよ?」

「ううん、違うの。行く方向はわかっているわ、ありがとう」

「ふーん、ならそこまで連れて行ってあげるよ。あっちだね!」


 軽く手を引かれ二人並んで道を歩く。彼女は楽しそうに仲間達の間で流行りだというわらべ唄を教えてくれた。


 まずは、べんてん

 よっつ曲がってかなものや

 むすめは器量良し

 でてこい、でてこい、でておいで

 おいしいものがまってるぞ


「そういえば、お使いの途中ではないの? お店に寄らなくて大丈夫?」

「うん、ご用事は済んだから。後は帰るだけなの。あっ、二郎ちゃん!」


 彼女が手を振る先には同じように荷を抱えた男の子がいた。品のいい着物と立ち居振る舞いから、それなりの大店に勤めていると思われる。私を挟んで反対の手を彼が掴むと、二人は声を揃えて唄を歌う。


 つぎは、さかずき

 いつつ曲がってそめものや

 むすこは器量良し

 でてこい、でてこい、でておいで

 おいしいものがまってるぞ


「あっ、みっちゃん!」


 手を振る先にいたのは彼らより年下と思われる女の子。ぷっくりとした頬が愛らしい。柔らかそうな手には姫人形を握りしめていた。再び唄は続き、呼応するように子供の数が増えていく。


 みっちゃんは、こうらい、みっつ曲がってつくろいもの。

 四郎ちゃんは、かわら、よっつ曲がってこっとうや。

 五郎ちゃんは、きんでん、むっつ曲がってやさいうり。

 六郎ちゃんは、たぬき、いつつ曲がってあなぐらや。

 ななちゃんは、ろくよう、いつつ曲がってさしものや。


 そして最後に。


 さいごは、まんじょう

 よっつ曲がってかみゆいどころ

 むすこは器量良し

 でてこい、でてこい、でておいで

 おいしいものがまってるぞ


「八郎ちゃんはこっちね!」


 ななちゃんが差し出した手を、男の子が握る。

 仲の良さそうな八人の子供達。


 この唄は、何なのだろう。地元の子供達が歌うわらべ唄とずいぶん趣きが異なる。もっと奥が深いような、決して楽しいだけではないような。

 やがて赤い鳥居が見えてきた。そして鳥居の前で、ハタと立ち止まる。どうにも思い出せない。


 ーーーー私はなんのために、ここに来たのかしら。


「お姉さん、やっぱり迷子なの?」


 はじめに出会った女の子、いっちゃんは私の顔を見上げる。幼い少女にあまり心配をかけてはいけないと、微笑みを浮かべ、頭をなでた。


「そういうわけではないのよ。ただね、大事なご用事があってここに来たはずなのに、ちょっと思い出せなくて」

「なら思い出すまで遊ぼう。ね、いいでしょ?」


 わあいと歓声を上げる子供達。笑みを浮かべながら彼女の回りを走る彼らを見ていて、ふと気付いた。

 合わせて八人の子供達。八、という数に覚えがある。八つの何かを集めて、それで……。


「お姉さん。さあ、遊ぼう!」

「そうね、大事なご用事を済ませたらね」

「ご用事は思い出したの?」

「まだだけど、大切な人と約束したの」

「だあれ?」


 それは、高い身分を持ちながら、下々である私にも気配りをしてくれる人で。時折厳しいけれど、大抵は甘やかしてくれる人でもある。


「それはね、誰よりも大好きな人なのよ」

「……私達よりも?」


 その時、辺りがぐっと暗くなったことに気がついた。まるで夜と見間違うような暗さだが明らかに質感が違う。これは闇に近い、もっと濃密な……。


『まるで水底に溜まる澱のようなものを(ケガレ)と呼ぶのだ』


 ああ、主様。これがそうなのですね。トン、と崖から突き落とされる感覚がして浮遊した身体を柔らかい何かが包む。落ちた先は主様の腕の中。胸元に顔を寄せると衣に焚きしめた香がほのかに薫る。


「おまえ達にはやらないよ。彼女は私のものだ」


 はじめて聞く声だった。冷たく、感情の籠もらない声。まるでその場にいる何者かを裁いているかのようだった。何者かに視線を向けて、息を呑む。いつの間にか子供という見かけに騙されていたらしい。


 手を繋ぎ、一列に並ぶ子供達。子供達には顔がなかった。


「……主様、申し訳ございません」

「いいんだよ、それにちゃんと鳥居の前に連れて来られた」


 ()()は取り込んだ誰かの容姿を借りたのだろう。借りた誰かの記憶が曖昧だったからか、それとも覚えていないのか。いずれにしろ忘れてしまったのだ、自分の顔を。


「彼女は、こちら側の人だよ」


 口がないのに彼らの声が聞こえる。しかも成熟した男性の声だ。彼の伸ばした指先がまっすぐに私を射抜く。


「美しい者への醜い嫉妬、しかも自身は悲劇の女主人公気取りだ。この境遇は不運のせい、自分は悪くないと言い聞かせている。隠しても無駄だよ? 生きている人間は皆そうだ。華やかで煌びやかなものの下に汚い何かを隠している」


 必死で隠してきたものを目の前にさらけ出された。知られてしまったと、一気に血の気が失せる。子供の姿をした穢が私をあざ笑ったような気がした。


「同じ境遇の私達と一緒ならあなたは醜い自身の姿に苦しまなくて良いの。何にも縛られず、ずっと一緒にいて、しかも楽しく暮らせる」


 甘く響く大人の女性のものと思われる声。八人の子供達の形が崩れ、一つの塊となった。


「「ほら、みんな一緒、寂しくなんてない」」


 高らかに笑ういくつもの声。自身の言うことが正しいと信じて疑わぬ、そんな感情が伺えた。傲慢、そして虚勢。どこか空虚な笑い声を聞いた瞬間、すっと冷めた。……なんだ、彼らも同じなのね。


「それならなぜ私を求めるのです?」


 私の口からこぼれ落ちた問いに彼らから返す声はなかった。途端に塊はむくむくと揺れ動き、苦しそうに身を捩る。体の奥底から苦い何かを吐き出そうとするそんな動きに見えた。


「寂しくないのでしょう、なら私の存在は必要ないわ」

「……理不尽にも無理やり奪われた。同じように奪って何が悪い?」

「理不尽と思うのは私も同じ。奪われることは悔しいし、苦しいわ。その感情も質は違えど知っている。だからといって感情のままに同じものを欲しがって奪うのは、いらぬ罪を背負うのと同じこと。私は嫌です、その罪を背負うのは。私には重すぎる」

「未熟で不器用なおまえは、この方に相応しくない」

「親切に教えてくれなくっても分不相応なのもわかっている。その持っていないものを持つ人に嫉妬していたこともあるわ」

「流されるように生きている愚かなお前が宵宮など務まるはずがない」

「たしかに身分の低い私が宵宮に選ばれたのは神託があったからで、断るなんて考えもしなかった。それを言い訳にして、色々なものから逃げてきたのも事実。だけどね、流されるようにして得たこの立場で、主様を受け入れて、この場に立つことを選んだのは私自身」


 流れに逆らわず、従うこともできたのだろう。神殿はそれを望んだようだけど私はここへ来ることを選んだ。それが私の答えだ。彼の着物を掴む手に、わずかばかり力がこもる。


「私は選ぶの。だからあなた達に委ねるわけにはいかない」


 自身の魂を、そこから紡がれるはずの未来を。


「残念ながら私とあなた達は同じ側ではないわ」


 彼らと違い私には()()選ぶことができるのだ。


 その声が止めとなったのだろうか、穢れの塊が断末魔の悲鳴をあげた。そして事切れる瞬間に、ゴボリと黒い塊を吐き出す。縄のような、黒い蛇だ。核を失い穢はどろりとその場に溶けた。


 黒い蛇は主様が拾い上げ、花影が持つ手籠へとしまう。そのとき、彼女と視線が交錯した。静かな水面を思わせる表情。もう彼女を見ても、どういうわけか心が揺れることはなかった。


「道が開く。手をこちらに、我が花嫁」

「はい、主様」


 重ねた手が熱を帯びる。この熱は私の体温が移ったものか、それとも。

 神へと繋がる、道が開いた。




「選ばれなかった」が故に「選ばれる」ことを嫌悪する陽の神の巫女である姫と、自身が「選んだ」ことを拠り所とした宵宮は違うように見えて、合わせ鏡のようなもの。

そういう設定で、いろいろなものの正体が見え隠れするそんな章としました。

お楽しみいただけると嬉しいです。

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