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四の常日裏話『忍び寄る影』


「巫女様に対して、なんと無礼なことを。」

「所詮は世間知らずの子供の浅知恵。期待するほうが酷というものです」


 神官長が宵宮を部屋から追い出したあと。部屋にある書棚の後ろから少女が一人、姿を現した。いまだ怒りの表情を浮かべていた神官長を労わる。


「何の力もなく、誰かに縋るしか能のない矮小な娘。アレを神の花嫁と呼ぶのは不憫ですわ」


 台詞は容赦ないが、表向きの彼女は慈悲深き陽の巫女と呼ばれていた。纏う衣服は白を基調とした華やかな唐衣(からころも)。嗜みとして口元を扇で隠してはいるが整った顔立ちであることがわかる。すらりと伸びた肢体と、優雅で楚々とした立ち居振舞い。安堵したように神官長の頬が緩んだ。彼女は話しやすいようにと、口元の扇をわずかにずらした。


「良いではないですか、彼女を自由にさせて穢れを祓わせれば」

「ですが、しかし……」

「大事なことは『誰の実績として帝に伝えるか』ではございません?」

「巫女様の功績とされると? ですが、それは神々がお許しになりません。」


 そこで彼女は、つまらなそうに息を吐いた。


「神官長、何度も申し上げているとおり、()()()()()()()のよ?」


 神殿で交わされるには傲慢ともとれる、だがそれを咎める者はこの場にいない。


「私の血筋をたどれば、歴代の陽の神の巫女が何人も選ばれている。帝室にも連なり、更には宵宮として選ばれた方もいる程に優れた血を引いているのです」


 豊かな胸を反らし、誇らしげに語る少女。彼女の瞳にほの暗い熱が宿る。


「高貴な血を継ぎ、そして皆からも優れた才と容姿を認められている私に、巫女としての素質がないなどあり得ません。そうでしょう、神官長殿?」

「……そうですな、巫女様」

「前巫女による選定の儀など必要ありません。私が巫女に間違いありませんもの。それにもし、この選定が誤りで私が巫女を騙っているというのであれば、神罰が下されるはずでしょう?」


 陽の神の婚約者たる巫女が偽者であれば神罰が下る。その神罰が下されないことこそ、彼女が巫女であることの証。


「安心してください。私は決して真相を漏らしませんし、前任の巫女は潔斎のためとして山深く籠られていらっしゃると聞きます。今、誰が巫女を務めているかなんてあの方に知る術はございませんわ」

「あなたの指示で、そうなるように取り計らいましたからな」

「父からも神殿と巫女である私には援助を惜しまないと言われておりますの。ですから先程の宵宮のお話、お受けになったらいかが?費用の足りない分は私の資金からお出しになればよろしい。まあ本当に足りない分だけ、ですけどね」

「……本当に、とは?」

「帝からお預かりした宵宮に関する多額の交付金、正しく遣われたのは恐らく十分の一程度でないかしら?宴の費用は全て国庫が負担するし、他に費用がかかる事といえば、御祓などで宵宮に同行する神官達の旅費くらいでしょう? 使い回しの女官服を着せて、部屋も食事も質素な最低限のものしか与えないなんて。それで交付金の全てを使い切ったとは到底思えませんわ」


 さて、どこにお金が流れたのかしら。とん、と扇が軽く神官長の胸元を叩く。


「宵宮の練り歩きで同行した神官が息抜きのために現地で使う遊興費。そして……あなたの野心を叶えるために使うくらいかしら? でもまあ、お金はいくらあっても足りませんわね、神官長?」


 神官長は、にこやかな笑みを浮かべる巫女と対照的に顔色を悪くする。あれだけ派手に使えばたいして調べずとも簡単にわかる。それを気付かれていないと思っていたというのなら、そっちが驚きだ。


「勘違いなさらないで? 私は責めているのではありませんの。人は誰でも幸せになる権利があるのです。あの宵宮だって神殿が衣食を賄っているからこそ、ひもじい思いをすることもなければ、みすぼらしい姿を人前に晒すこともなく快適に過ごせている。それにあなたが彼女に厳しくあたるのは、宵宮としての権限を逸脱した行動をとるからでしょう? それは彼女の資質に問題があるからであって、あなたに問題があるわけではありませんわ。ですから自らの行動を恥じる必要はございません。当然の権利を行使したまでです」


 ゆっくりと噛んで含めるように巫女は言葉を紡ぐ。ここで心を揺るがせる訳にはいかない。せっかく主導権を掴む機会を逃すわけにはいかないのだ。


「そうですな、あなたのおっしゃるとおりだ。私は悪くない」


 神官長はやっと安心したようで笑みを浮かべた。万が一の時は彼女の実家が守ってくれる心算がついたのかもしれない。今はまだ、そう思わせておくことが大切。だから、さらなる手段を提示しておこう。


「それに宵宮が失敗してもかまいませんの」

「ですが、それでは神殿の担当者も咎められましょう。」


 再び不安な表情を見せる神官長に対して、巫女は笑みを深める。

 ああ、本当に愚かな少女だ。自らの言葉が彼女自身の首を絞めることになるとは思ってもいないだろう。


「彼女はとても良いことを申していたではありませんか。身分には義務が伴う、と。でしたら神渡りの間に溜まった穢れが祓えなかったのは彼女の責任とすればよいのです。穢れによる被害が出たら全て宵宮の力不足とすればよい。そして適当な頃合いになったら…責任を取らせて始末してしまえばよいのですわ。身分の低いものが身の程知らずにも宵宮に選ばれた、その成れの果てとして」


 あの平凡を絵にしたような娘が、同じ神の花嫁という立場に立つことを彼女はどうしても許せないのだ。


 だから末路は悲惨なほうがいい。悲惨な結末に至るまで、一部始終を大々的に周知すれば、今後平民から宵宮が選ばれたとしても、何らかの理由をつけて彼らのほうから辞退するだろう。そうなったらそれこそ神殿が選んだ相応しい者を宵宮として選び直せばいい。

そこから先、全ては神殿の思うがままだ。


「客人が不満を申されたら事実を伝えて差し上げればよいだけですわ。宵宮に選ばれた者は辞退いたしました、と。結果だけみれば彼らに咎められるのは辞退した宵宮とその家族であって神殿には全く咎はございません。」

冥府からの客人が理性的な方であるというのはこの場合は有利に働く。

神殿には咎がないとわかれば致し方なしと新たな宵宮を受け入れてもらえるだろう。


「このあと私達が気をつけるのはあの娘の動向と、客人が帰られたあとで、いつどのように彼女を処断するかだけですわ」

「だがあの娘が我々にされたことを主様に報告するかも知れませぬぞ?」

「ふふ、それはご安心くださいな。彼女に異界の婚約者を持つ者の心構えを教えた際、しつこいくらいに言い聞かせておきましたから。あなたの余計な一言が主様の機嫌を損ねれば、この国は簡単に滅ぼされてしまいますと。だから余計なことは一切言うなとも、ね」


 気の向くままに世界を壊す。神とは元来、そういう残酷さを合わせ持つものなのだ。もちろん、()()()()()の話だけど。クスッと彼女は嘲笑う。神官長は、若干顔色を悪くした。


「あなたは、そういう方なのですね」

「清らかなだけで巫女は務まりませんわ。限られた時間と機会を有効に使って、この国の利益となるよう力を振るう。これこそが私に与えられた使()()です」


 巫女とて全能ではない。狭い神殿の中で力を振るうのだ。恩恵が一部の者のみに限られてしまうのは致し方ないことだろう。

 ふと、脳裏に宵宮とはじめて会った日のことを思い出した。平凡な容姿、平凡な知性。平民であるにしてはそこそこの礼儀は出来ていたけれど、洗練されてはいない。何の取り柄もない、一般的な少女。

 正直に言うと、拍子抜けした。あの程度の人間が自身と対をなす宵宮と呼ばれることが不愉快だった。しかも不器用で実直、要領が悪い。上手く立ち回ればいくらでも味方が作れるだろうこの神殿で、彼女に仕える者がいないのはそのせいもある。何の利益ももたらさない彼女に皆が仕えたいとは思わないのだ。


 女官達に自分よりも下の人間の世話を無理強いするのはかわいそうだしね。平民出身であるから身の回りの事は一人で出来るそうだし、食事は主様と同席すればそれなりの量と質が与えられるし、衣類は当初に支給された女官服で遣り繰りしていると聞く。

 全く問題はないじゃないの。最低限ではあるが、宵宮として遇している、あの娘にはその程度で充分だ。


「こうなると、神託を受ける側に問題があるのかも知れませんわね」

「神託を受ける巫女を勤めていらっしゃるのは侯爵家出身の女性ですな。そう言われてみれば、ずいぶんと昔から長いこと務めておられる。」


 彼女達は、ただ神の言葉を授かるためだけに身を捧げ、独身を貫く。ある程度年齢を重ねて力が弱まると、自らの身を引き以降は与えられた居所で残りの人生を過ごすそうだ。


「後任の選定を始めましょう。宵宮が処断されれば、選んだものにも罪がある。神殿は宵宮に選ばれたと言われたからこそ、彼女を宵宮として迎え入れただけ。そうではございませんか、神官長」

「さすが巫女様は聡明である。全くそのとおり、ですな」

 

 神託を受ける巫女はやはり神託で後任を定めるそうだ。ただし、神託を受ける巫女に体調不良などの問題がある場合は、神殿が後任を定めてよいとされている。しばらくするとその女性に神託を受ける能力が芽生え、正式に神託の巫女となれるのだという。


 本当に、おかしな話だ。神などいないというのに。


「さて、それでは再び離宮に籠ります」

「陽の神の不在時は身に穢れが及ばぬよう離宮で潔斎されている、のですな」

「ええ、ですから私はここにはおりませんのよ」

「たしかに巫女様はここにはおりませんな」


 ひっそりと笑みを交わし、再び書棚の後ろへと回る。書棚の後ろには離宮へと繋がる地下通路があった。ゆっくりと戸を開け、階段を降りていく。


「まったく、誰も彼も()()()()()だの()()()()だの鬱陶しい。何故他人の選択により自分の生き方を決められなければならないのかしら? 欲しければ手を尽くして()()()()、自分の望むように()()ばいいだけではないの」


 私にはそれだけの実力があり、家の権力や機会もあった。だから今、ここにいるの。

 神に選ばれなくても自身の持てる力で巫女の座を得られるというのに、なぜ神託で彼らに選んでもらわねばならないのか理解に苦しむわ。階段を降りながら、少女はふわりと微笑む。無垢な微笑みと、白い袿が闇に映え、どこか禍々しい。


「神はいないのよ」


 これだけ軽んじても神罰が下らないことこそ、その証。


「私を選ばぬ神など、要らないわ。」


 本当に、()()()の言うとおり。

 だから神などいないのよ。



他の連載を投稿するため、ちょっと間隔が開きます。すみません。

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