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冥の花嫁がみる夢は  作者: ゆうひかんな


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終日『嫁入り行列』


 時が止まったような世界に、灰の雪が降りしきる。朱塗りの傘をさし、白無垢の花嫁に付き従うは白と黒の毛並みを持つ狐。人の気配が絶えた帝都を人ならざる者の嫁入り行列が粛々と練り歩く。


 一夜明けた今も喜多山の神の怒りは未だに続いている。荒れ狂う神の目に留まるかどうかはわからない。それでも、せめて最後にこの姿だけは見せたいという宵宮の望みを冥府の主は叶えた。黒い毛並みをした介添は、狐の面を晒してふさりと尻尾を揺らす。


「なんて美しい花嫁御寮でしょう」

「ありがとう、花影」


 槍に貫かれ、砕けるように消え去ったはずの花影。彼女の美しく妖艶な微笑みが、今はずいぶんと親しみを帯びたものへと変わっている。たしかに、あのときは跡形もなく消え去ったと思ったのに。涙の止まらない私に困り果てた主様が、闇の奥へと声を掛けた。


「これ以上いじめてくれるな、花影」

「意地悪ではありません、二人きりにして差し上げようという優しさからでしたのよ」


 闇の奥から滲み出るかのように黒い狐が姿を現したのだ。よく見知った姿に、次から次にと涙がこぼれて落ちる。


「ああ、花影! よかった、無事だったのね!」

「まったく、花嫁様は泣き虫ですわ」


 声を上げて泣く私の体にふさりと尻尾を巻きつけて、優しい手つきでぽんぽんと背中を叩く。


「時間稼ぎしかできませんと申し上げたじゃないですか。主様のお株を奪ってはいけませんもの」

「だったらそう言ってくれていたらいいのに!」

「あたしたちは()()ことが本業なんですよ。敵の前に味方というじゃないですか。とはいえ、無事っていっても二本ばかり尻尾を失っちまいましたけれど」


 そういえば、巻きつく尻尾の数が少ない気がしていたのだ。再び涙ぐんだ私に、主様が慌てた様子でこう言った。


「大丈夫だ、すぐ戻してやる」

「ですって、これで全部元通りですわ。だからもう泣かないでくださいましね?」


 九本の尻尾を揺らして柔らかく目を細めた花影は、ぽふりとした手の先で私の涙を拭った。

 そして今日、彼女と彼女の眷属に見送られて、花嫁として冥府に嫁ぐ。

 

 ようやく、この日が来た。


 神渡りはつい最近の出来事なのに、ずいぶんと長く待ったような気がする。雪のように積もった灰の上を、先導する白狐によって祝福の花が散らされる。この花々は陽の神の贈り物だった。陽の光の届かない今は花が育たないからと、異世界を渡ってまでわざわざ摘んできてくれたらしい。赤や青に、橙に黄色、桃色や紫の花まで。かつての色鮮やかな世界のことを覚えていて欲しいからと多種多様な花を用意してくださった。そして波奈様と志津様は知らせを受けて、わざわざお手紙とお祝いの品まで届けてくれたのだ。


 このときの私は、多くの民がこの人ならざる者による嫁入り行列を見送っていたことを知らなかった。彼らはすぐに気がついたそうだ、冥の花嫁が冥府に嫁ぐのだと。色のない世界で、そこだけが幸せで、くっきりと色鮮やかに見えたそうだ。彼らにとって最後の希望が失われていくような物悲しい景色に見えたことだろう。


「お父さん、お母さん、行ってくるわね」


 もう二度と、帰ることはないけれど。最後に喜多山の姿を目に焼きつけて神殿へと戻った。


 廊下を抜けて、誰もいなくなった神殿の奥へと進む。最奥にある開け放たれた分厚い金属の扉には、冥府との境を示す陽の神の紋様が刻まれている。そう、一の常日に主様と出会った場所だ。今は後ろの板戸も開いていて。奥には冥府の住人がずらりと並んでいる。

 開け放たれた扉の前には、あの日と同じように主様が立っていた。違うのは、羅刹鬼孤月と虎の姿をした氷雨様が両脇に控えているところ。借りは返したはずなのに、こうしてまた迎えにきてくれるなんて律儀なことね。

 主様は身分を示す黒い衣の下に慶事で使われる赤の衣を重ねていた。相変わらず、息を呑むほどに美しい。綿帽子の下から視線が合うと、彼の表情が甘くとろけた。

 

「きれいだ」

「ありがとうございます」


 短い褒め言葉に、さまざまな思いが込められているような気がした。胸がいっぱいになって、ほんの少しだけど涙ぐむ。すると、苦笑いを浮かべた主様が目元に指を伸ばした。


「相変わらず泣き虫だな」


 だって、うれしいのよ。言葉を詰まらせた私の手を握りながら、主様が確かめるように囁いた。


「もう心残りはないね?」

 

 言葉にする代わりに、大きくうなずいた。あると言えばきっと待っていてくれるだろうけれど、でももう本当に思い残すことは何もなかったから。


「私の夢が叶うのです。今はそれ以上に望むものはありませんわ」


 願いはひとつ。ただ、あなたのそばに。永遠とも思えるような長い時間を孤独に生きてきたあなたを支えたかった。欲張りだった私は、そのためだけに破滅すら受け入れて、さまざまなものを奪われた。そんな罪深い私には、誰よりも冥府が似合う。生まれ変わることもなく囚われて、でもきっと幸せだ。


「さあ、宵宮。あなたの手を」

「まあ主様、私はもう宵宮ではありませんわ!」


 神渡りは終わったのだ、そしてこの国に宵宮が生まれることも二度とない。

 ああ、そうだった。主様は微笑んで、そっと私の手のひらに唇を寄せた。きっと覚えているだろう。彼の手のひらに綴った名前が私の真名を。


「行こう、千鶴(ちづる)

「はい!」


 千羽の鶴になぞらえて、たくさんの願い事が叶うようにと両親はつけたそうだ。でも私は、願いが叶うならひとつでもいい。そのひとつで十分幸せだから。

 啄むような口づけを交わすと、戸の奥がわっと賑やかになった。からかうような顔で、でも誰もが優しい表情をしている。羅刹鬼孤月が主様の脇に並んだ。


「ずいぶんと熱烈に愛されているじゃないですか」

「ふん、いいだろう」

「冥府の主が惚気る日がくるとは思わなかったですよ! いやー、良いものを見せてもらいました。長生きはするものですね!」

「ガウ」


 生きてないじゃないの、そう言いたそうな氷雨様の鳴き声に場がどっと沸いた。微笑みを浮かべた主様に導かれて今再び冥府の戸をくぐる。そして主様と手を握りながら向かい合った。

 

「ようこそ、冥府へ。首を長くしてお待ちしていた、我が花嫁」

「私もですわ、これからも末永くよろしくお願いします」


 手を携え、振り返ることもなく歩き出した二人の背後で静かに板戸が閉まった。そして現世では、軋む音を立てて鉄の扉が閉まる。それからミシリという不穏な音を立てて何かが崩れたと思ったら、次の瞬間。


 あなふしぎ、鉄の扉は跡形もなく消え去り白い漆喰の壁だけが残された。


 ――――


 最後の冥の花嫁が嫁いで、どのくらい時が過ぎたか。

 本日から七日、神渡りが始まる。


「準備はできたか」

「ええ、大丈夫です」

「いいか、今日を逃せば次代はない。そのつもりで挑むんだ」

「わかっています。これ以上穢に侵食されてしまえば、もう世界が保たない」


 遠い昔、神の怒りに触れたあの日から世界は一変した。再び陽光は照り輝くようになったけれど、神渡りのたびに黒い何かに侵食され、人間達は無益にも争い数を減らした。それでもかろうじて我々が生き残ってこられたのは一欠片の希望があるから。

 シャラリ、歳若い男の手に握られた花簪が音を立てる。これは喜多山の祭司が代々受け継いできた神宝だ。そしてもう一人の男の着物の帯に扇子が差さっている。彼が指先で触れれば柔らかな光を取り戻した。そして残された希望は同じようにもうひとつある。

 彼らは目の前にある召喚陣へと視線を向けた。初代祭司がどこからか入手したとして、語り継ぎ、引き継がれてきたもの。ようやく完成した陣を前にして男達は深く息を吐いた。


「国としての体裁もかろうじて保っているけれど、このままでは終わりが近い。どうか、慈悲を」


 周囲よりも、ほんの少し雅やかな衣服を身につけた少年が、誰ともなしに呟く。


「殿下……」

「敬称はやめてくれ。表向きは、すでに絶えたとされる血のものだ。それにその呼び方のせいで召喚陣が作動しなくても困る」

「……」

「祖先はそれだけの罪を犯したのだと、そう教えられてきた」


 たかが呼び方のひとつくらい。考え過ぎだと思っていても、はじめてのことだから誰も正解がわからなかった。彼は陰のある端正な顔立ちに、うっすらと笑みを浮かべる。


「本当は私がこの場にいないほうがいいとも考えた。だがもしこれをきっかけとして国が滅ぶのなら、最初から見届けなくてはなるまい」


 この国の終末を見届ける。それこそが、このような事態を招いた愚かな帝の血を引く者の義務だ。徐々に、世界が光を失っていく。そして彼は天を仰いだ。


「そろそろだ、神渡りが始まる。伝承のとおりに、配置を」


 確証も裏付けもない、賭けだ。見返りのために、彼らがどれだけの対価を支払うのかもわからない。それでも残された一筋の可能性に縋らなければならないほどに、取り巻く状況は切迫していた。

 そして天に座す陽が黒々と塗り潰され、ついに神渡りが始まった。


「今だ、召喚!」


 簪と、扇子を携えた男達が祈る。やがてぼんやりとしていた光が、一際強く輝いた。ドオンという雷鳴がして、召喚陣のちょうど真上に天から稲妻が落ちた。その衝撃で召喚陣の刻まれた石が、真っ二つに割れる。この特殊な石は唯一無二のもの、そこに途方もない時間をかけて陣を刻み込んだ。


 割れてしまえば使えない。つまり慈悲も二度目はないということか……。


 やがて強い光がおさまって、ようやく気がついた。割れた石の真ん中に少女が座り込んでいる。呆然として目を見開いて、混乱のせいか体は小刻みに震えているが、元気そうだ。

 召喚は成功した。歓喜で叫び出しそうになる気持ちを飲み込んで、少年を筆頭に誰もがその場に膝をついた。突然周囲の人々が動き出したことで、少女の肩がびくりと跳ねる。


()()()()()、まずは驚かせたことを謝罪いたします。我々はあなたに危害を加えるつもりはありません」

「えっ!」

「今のあなたにはご説明が必要と思われます。宿で体を休めて、心落ち着かれたころに再び馳せ参じましょう」


 そして彼らは次々と、聞かれる前に自身の家名と名を名乗った。ゆったりとした口調で、とにかく警戒心を刺激しないように細心の注意を払って。

 この少女は、我々に選ばれたという理由だけで異界に拐われた。故郷も家族も存在さえも奪われて、二度と戻ることはできない。それをこれから伝えなければならないと思うと、気が重かった。召喚とは大罪なのだと、実際に少女の姿を目の当たりにして思い知らされる。

 それでも彼らの真摯な態度は少女の心を動かしたらしい。溌剌とした美しさを持つ彼女は、少しだけ恥ずかしそうに微笑んだ。そこにいるだけで淀みを祓い、清浄な空気が満ちる。華やかに凛とたたずむ姿は、まるで咲き誇る向日葵のよう。太陽という存在に焦がれる彼らの目には、光を集めたかのような彼女の姿が鮮烈に映った。


「あなたのお名前をお聞きしてもよろしいか?」

「……ようこ、です」

「ようこ様ですね。よろしくお願いします」


 柔らかく微笑んで石の上に座り込んだままの少女に、少年は手を差し出した。その手のひらを掴んだ少女の思いは千々(ちぢ)に乱れている。見覚えのある光景に、記憶に残る台詞。


 ――――これって明け花の世界じゃない! 耀子の目の前には攻略対象者達が全員揃っていた。


 『夜明けに咲く君と、花のような恋』。和風テイストの設定で世界観も素晴らしく、固定したファンがいて人気は根強い。続編がいくつかあって、このお話はそのうちの一つだ。陽の神の怒りに触れた世界で、陽の巫女は穢を祓うために攻略対象者達と戦う。もちろん恋敵となる悪役もいる。宵宮と呼ばれる彼女は、人間でありながら冥府の住人と手を組んで穢を撒き散らし、国を混乱へと陥れるのだ。そして彼女を含めた冥府の住人を倒して清浄な世界を取り戻し、戦いを通じて攻略対象者と仲を深め愛を育んでいく。まさにテンプレの恋愛シュミレーションゲームだ。


 嘘でしょう、もしかして私が主人公になれるの⁉︎

 作品では主人公の初期設定の名前は陽子(ようこ)で、私の本名も耀子(ようこ)だ。これは運命が始まりそうな予感がするわ。微笑みながら視線を巡らせると、闇に映える白い花飾りが視界に入った。

 あら、あれは……? 

 シャラン、涼やかな音を立てながら花飾りが身を揺らす。途端になだれ込む、もう一つの記憶。


 ――――忘れるな、思い出せ。


『さようなら、闇に親しい方。次の生があるならあなたに会いたいわ。そしてもし再び出会えた、そのときは……』


 なんてこと。驚いた耀子は思わず少年の手を強く()()()。突然、態度を硬化させたことに驚いた人々が何度も呼びかけている。けれど推しであるはずの彼の声すら耳に届かない。闇すら包み込む優しさを持つあの人がどうしてここにいないのだろう?


「宵宮はどこにいるの」


 ヒュッと音を立てて、目の前にいる少年が息を呑んだ。周囲の人間の顔面も蒼白で目を見開き、恐ろしいものを見たといわんばかりの顔をしている。耀子には彼らの心の声が聞こえたような気がした。ーーーーなぜおまえが知っているのか、と。


『次に会ったそのときは、あなたの同志として共に戦いましょう』


 ハッとして周囲を見回すと、記憶に残る女性の姿はどこにもなかった。神渡りの世界を包む柔らかく淡い闇が、彼女の髪と瞳を思い起こさせる。それに彼らの握る簪や扇子は彼女が携えていたものだ。神宝はあるのに、どうして使い手である彼女はここにいないのだろう。疑いの目を向けはじめた彼女に、仕方なく少年はこう答えた。


「事情があって、宵宮はもういないのです」

「どうして!」


 頭で考えるより先に、そう叫んでいた。


『私も精進いたします』


 あなたはそう約束してくれたじゃない。現世の記憶では悪役のあなたでも、もうひとつの記憶ではたしかに私を救ってくれた。あの包み込むような優しさが、今は恋しい。耀子の視線の先で簪に下がる折鶴が静かに揺れている。


「神渡りの闇に安寧をもたらすのが客人。そしてそれを包み込むように世界を支えるのが宵宮なのでしょう、それなのにどうして宵宮がいないの⁉︎」

「どうして、その知識はどこから……」

「それなら客人はどこに、陽の神様はどこにおられるの!」


 青ざめた顔をした男達は、耀子から視線を逸らして、必死に言葉を探している。


『愛おしい人、また会おう』


 だから私はあなたに会いにきた、それなのに。

 男達は彼女の激しい剣幕に、全ての恩恵を失ってしまったのだとはどうしても言えなかった。こんなはずではなかった。攻略対象者達の誠実とは程遠い姿に煌びやかな乙女ゲームの世界が急激に色褪せていく。代わりに耀子の視界の先で神渡りの闇が一層深くなった。不穏な気配、闇の奥で蠢く穢が次第に勢いを取り戻す。


 神渡りは始まった、なのにどうしてあなたはいないの? 

 ああ、宵宮はどこへ。途方にくれたような彼女の耳に花飾りの奏でる涼やかな音が響いた。


 ――――今度は私が、陽の巫女の道しるべに。


 今、誰かに呼ばれたような。耀子は振り向いて、目を見開いた。


「悪い、待たせた」


 光が輝きを失い均衡が崩れたまさにそのとき。

 密やかに、闇は――――。



最後までお読みいただきありがとうございます。これにて完結です。終わり方が中途半端ではと思われた方もいらっしゃるかと思いますが、もともとこのお話は、和風乙女ゲームの物語が始まる前というのもテーマの一つでした。

なぜ、ヒロインが召喚されたのかというところを詳しく書いてみようと思ったのです。

何年か前に、なろうさんで素敵な和風乙女ゲームのお話を読みましてゲームが始まる前のお話が書いてみたいと思ったのがきっかけでした。なろうさんにはこのお話の続きとなるような素晴らしい作品がたくさんあると思うので、好きな作品と組み合わせてお楽しみいただけると幸いです。

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