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冥の花嫁がみる夢は  作者: ゆうひかんな


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後幕『ただ一人の男の怒り』

長いので前話を半分に切った残りのお話です。すでにお読みの方は、次のお話からお読みください


「あ、ああ……」


 玉峰の間が、少しずつ絶望的な空気に包まれていく。


「それにしても自分達が偽者の陽の巫女を掲げておいて、宵宮の力不足とはよく言ったものよ。だが、安心せよ。宵宮は二度とおまえ達の前に姿を現さぬ」

「は、それは……どういうことでしょうか?」

「宵宮がこの国に生まれることは二度とない。そして我々も客人としてこの国を訪れることは二度とないだろう。ちょうどこの場には陽の神がいらっしゃるのだ、そうお願いしておこう」


 主様は陽の神様と視線を交わす。彼は諾とうなずいた。


「予定であれば次の神渡りは二百年後。二百年もあれば準備期間は十分にある。二百年分の穢れを祓う方法を自分たちの手で見つけ出せばよいだけのことだ、簡単なことじゃないか……まあ、そこまでこの国が保てばよいが」


 日は傾き、それにともない少しずつ明るさを失っていく玉峰の間。それはまるでこの国のたどる未来を暗示しているかのようだった。


「そして彼女の最大の罪とされたのは、自らを宵宮と偽るため、本来ならば宵宮となるはずであった伯爵家の娘を雇ったならず者に襲わせ殺害させたことだそうだな?」


 主様は心底軽蔑するような表情を浮かべた。視線の合った宰相は、びくりと肩を揺らす。実際は陽の巫女であるお嬢様と取って代わるために宰相と娘が画策したことだというのは判明している。だが私が取って代わったという作り話を誰もが信じてしまうような素地があった。


「その娘は平民、普通であればこの場所には立てない者です」


 それは身分。生まれついたもので、努力では超えられない壁だった。それを盾にして罪を犯したかのように語られると、なんとも虚しい気持ちになる。主様は冷ややかな目で、身分が足りないことを指摘した帝と彼を支持してきたのだろう周囲の人々を見回す。


「……本当に何にも教えられていないのだな。そこまで愚かに育てられたとすれば、むしろ哀れにすら思える」


 そして唐突に私の唇へと顔を寄せると深く口付けた。息もできないほど濃厚な口付けに意識が飛んでしまいそうになる。軽く体を押すと、唇を離した主様が艶やかな表情で笑う顔が視界いっぱいに広がった。


「こんな人目のある場所で、ひどいわ!」

「かわいらしいくて、ついな」


 予期せぬ行動を取った主様に人々は呆然として、言葉を失った。主様は私の顎を指先で掴んで、軽く上へと向ける。彼の漆黒の瞳には、私だけが映っている。……彼は私のものだわ。独占欲が満たされ、私は花が綻ぶような笑みを浮かべた。


「おまえ達はとんでもない思い違いをしているようだから、あえて言わせてもらう。そもそも入れ替わりなど必要ない。彼女こそが我がために陽の神によって造られた我が花嫁、冥府の主に寄り添うことができる唯一無二の存在だ。むしろ彼女以外が宵宮を騙れば、どれほど身分の高い人物であっても、その者こそが偽者となる」

「そんな、馬鹿な……」

「馬鹿なことがあるか。なぜ我らがおまえ達の嗜好に合わせて偽者を寵愛せねばならない?」

「そ、それはそのほうがよいかと思い……」

「愚かな。私は冥府の主、寝る間もないくらい多忙でな、偽者に時間を割く余裕はない。はなから偽者だったというのなら、私がこれほどに彼女を寵愛するか。それどころか二度も冥府を謀ったのだ、呆れ果て速やかに帰っただろう。つまり、私が戸を引き開け、神渡りの闇を守った理由こそ、彼女が対価にふさわしい本物の花嫁だったから」


 魂の片割れであり、ただ一つ我を満たせるもの。甘い声でそう囁く主様から、熱を孕んだ視線が私にだけ注がれる。彼の指が顔を赤らめた私の唇をゆっくりとなぞる。どこか扇情的な感触が気恥ずかしくて、たまらず視線を逸らした。


「容姿の美しさや抜き出た才能など、生まれ持った使命の前では全く意味がないのだ。ついでにいうと、おまえ達がどこまでもこだわる身分とやらも、正直どうでもいい」

「では美しく教養深い貴族の娘が現れても心は揺らがないと?」

「侍られても面倒としか思わんな」

「俺のときもそう伝えたのですけれどね。宵宮でない女に用はない、と」


 羅刹鬼孤月は呆れたようにため息をついた。


「宵宮に身分は関係ない。それは人が六百年前のときに学んだ知識のはず。おまえ達はなぜ、その知識を正しく後世に伝え受け継いでこなかったのだろうな?」

「それは……」

「本物が偽物にわざわざ入れ替わる必要はないのだから、彼女が伯爵令嬢を殺す理由はない。これで我が花嫁の命を奪おうとした理由は全て捏造であると判明したな。ここまで作為的だと、むしろ彼女の命を奪うことが目的だったと考えざるを得ない……こんな結末になることを想像していなかったから、非常に残念だよ」

「そんな! 貴族でも地位の低い者は、そんなことが起きているなんて知らなかったのだ! それを一緒くたに罪人とくくるのは冥府の主人といえど、乱暴すぎではないか?」


 どこからか、そんな声が上がった。口には出さないけれど、中位から下位の貴族達は皆同じような表情をしている。さすが慣れたもので、声を上げた人物を特定した主様は冷ややかな視線を向けた。


「だからなんだ? 犯した罪を平民の女一人の力で成すのは難しいとわかっていただろうに、どうして誰も異議を申し立てない? 主君が道を誤ったとき、諌めて正しい道を指し示すのが臣下であろう?」

「っ、ですが我々の立場では調べるにも限界があるのです」

()()()()()()()私の配下はこの短い期間でこれだけの証拠を揃えることができたぞ? まあいい、調査に限界があったとして、それでもなぜ処刑場に残ったのか?」

「それは……」

「調べきれなかったというのであれば、有罪であるとする確たる物的証拠もなかったはずだ。状況証拠だけであれば、冤罪とは考えなかったのか? おそらく神殿や宰相の言葉を盲信しただけのことであろう? それが違うというのなら、有罪であると判断した根拠を聞こうではないか。まさか身分が平民だからだなどとはいうまいな?」

「それは……」

「選択肢は、おまえ達にある。こうなる前に、この場を立ち去った者がいたというではないか。ならばここに残った者は皆、権力におもねり、大切な目と耳を塞ぐことを選んだ者だということになる。知らないことは罪を免ずる理由とならない」


 つまり担ぎ上げていたおまえ達も同罪ということだ。言葉の意味が理解できると皆が顔色を悪くする。主様は足元に転がる小鎚を睨んだ。


「そのうえ()()()()()私に会わせまいと画策して宵宮の魂を砕こうとするとはな。おおかた双面に客人と宵宮の約定を教えられ、魂の繋がりを断とうとしたか」


 主様は銀に光る小鎚を足で踏み付けた。


 バキバキッ。跡形もなく砕けた小鎚が粉状になって空を舞う。人々の顔に再び恐怖が浮かんだ。


「この小鎚は陽の神が作り、陽の巫女に与えた神器である。だが定められた儀式を行わねば使えない。なぜだと思う?」


 必死で人々は考えたが、当然のごとく答えを知る者はいない。その時何事かに思い至った宰相が極限まで目を見開き、叫んだ。


「まさか儀式によって冥府に知らせが……!」

「なんだ、この期に及んでようやくか。宰相を名乗るわりに頭の回転が悪い男だ。」


 主様は冷ややかな笑みを浮かべた。宰相は噛み締めた唇から血を流し、主様を睨みつける。


「この国に生まれ落ちる陽の巫女は、陽の神の代行者だ。よって陽の巫女がなすことは陽の神の意思となり、砕かれた魂は陽の神自らが再生を望まぬものとみなされ裁きの対象から外れる。その手続きをするのが冥府なのだよ。だから儀式の目的は陽の神に裁きを申し立てるためではなく、私に誰の魂を砕くか知らせることなのだ。もし陽の巫女が正規の手順を踏んで儀式を執り行えば冥府として受け入れるしかない……ただ、魂を砕くという罰はあまりにも残酷な刑であり、慈悲深い歴代の陽の巫女も使用した者は誰もいなかった」


 それが今回初めて使われようとしているのだ。極刑を受けるほどの罪はいかほどかと冥府は騒然となった。ところが調べてみると不審な点がいくつも見つかっただけでなく、つじつまの合わない罪状の申立てに、陽の巫女が執り行ったとは思えぬほど拙く心のこもらない儀式の手順……。


「もっと細かく調べるようにと命じたところ、今度はまとまった数の死者の魂が到着したという。処刑されたのだという魂に事情を聞けば、なんと彼らの生前は宵宮の家族や親戚だったというではないか!」


 明らかに彼女の身に危険が迫っていると判断し、取り急ぎ羅刹鬼孤月と氷雨を遣わした。そして自分はできるだけ速やかに裁きを終わらせて、別の世界へと彼らの魂を送り出し、あとを追った。


「両親も親族も皆、優しい人たちばかりだったのに……」

「ご両親や親族は転生する最後の瞬間まで、君の無実を訴えていたよ」


 主様が語る彼らの姿に、涙があふれ出した。心優しい人達が、自分のために死なねばならなかったことが口惜しい。主様は小鎚のあった場所を冷めた目で見つめた。


「今世の陽の巫女は偽者。それゆえに神器は正しく機能せず、小鎚で魂が砕かれることはないだろう」

「それならば我らに慈悲を、怒りを収めて……」

「だが、それでも許すまじ!」


 帝が懇願するも、主様は一蹴する。それだけでなく、彼の身体から、ゆらりと殺気が立ち昇った。


 許せるものか。

 届いた罪状の申立書の最後に、第三者の手で彼女の真名が記されていたのだ。


 もし私が彼女の真名を知らなかったら?

 恥ずかしそうに手のひらへと指を這わせる彼女のいじらしい姿が脳裏によみがえる。


 彼女と知らずに罰を受け入れてしまっていたら、どうなったか?

 もし冤罪と気がつかずに受け入れてしまえば、自らの花嫁の魂が砕かれるのを手伝ったことになる。


「おまえ達は己が欲望のために、冥府の主たる私を嵌めようとしたのだ。それだけじゃない、おまえ達にわかるか? 魂を砕かれようとする者が我が花嫁であると知ったときの絶望が……!」


 彼女だと気がついた、次の瞬間。彼は怒りに全てを忘れた。己が職責も、使命すらも何もかも。冥府の主であることすら忘れ、ただ一人の男として怒りに震えた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そんなことになれば自分が許せないし、いつしか狂っていただろう。


「そうなれば荒振神として降臨し、憎いこの世界を草木一つ残さず破壊し尽くしてやる」


 飽くなき破壊を止められるのは唯一、冥の花嫁だけ。その命を奪おうとしたのだ。

 人々は息を呑んだ。冥府の主だろうと一度魂が砕かれてしまえば二度と会えない。このときようやく人々は、自分達がどうあっても許されないと悟ったのだ。

 主様の怒気にあてられて側に控える悪鬼の如き形相をした羅刹鬼孤月の剣が、ゴウと火を吐く。すると正気に戻ったはずのご婦人が再びバッタリと倒れた。


「おっと悪い、我が身に置き換えてつい力が入ってしまってな」


 ……またか。影を負い、とぼとぼと歩く氷雨を羅刹鬼孤月が不器用な手つきで慰める。どうしてかしら。裁きが進むほど、氷雨に申し訳ない気持ちになるのよね。私の肩を抱く主様の手に力が籠る。とはいえ主様の怒りはもっともだ。逆の立場であれば私だって怒り狂ったに違いない。


「最後に反論があれば聞こう。誰でもかまわんぞ? ()()()我へ異議を申立てるという、二度とない機会だ」


 誰もが口を開きかけて、閉じる。今さら、何が言えるだろうか。そして言ったとしても裁きの結果は覆らない。一同を見回した主様が、厳かに口を開く。


「それでは裁きを言い渡す、呼ばれた者は前に出よ」




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